ロマン主義とは? わかりやすく解説

ロマン‐しゅぎ【ロマン主義】

読み方:ろまんしゅぎ

romanticism18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパ興った芸術上の思潮古典主義合理主義反抗し感情個性自由などを尊重自然と一体感神秘的な体験や無限なものへのあこがれ表現した文学ではシュレーゲル兄弟・ホフマン・ワーズワース・バイロン・ラマルティーヌ・ユゴーら、絵画ではジェリコー・ドラクロワら、音楽ではシューベルト・シューマン・ショパンらがその代表。日本では明治中期の「文学界」「明星」などを中心に展開した文学運動をさす。浪漫主義ロマンチシズムロマンチスム

「ロマン主義」に似た言葉

ロマン主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 06:12 UTC 版)

ロマン主義(ロマンしゅぎ、: Romanticism: Romantisme: Romantik: Romanticismo西: Romanticismo: Romantismo)は、主として18世紀末から19世紀前半にヨーロッパで、その後にヨーロッパの影響を受けた諸地域で起こった精神運動のひとつである。それまでの理性偏重、合理主義などに対し感受性や主観に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす。恋愛賛美、民族意識の高揚、中世への憧憬といった特徴をもち、近代国民国家形成を促進した。その動きは文芸美術音楽演劇などさまざまな芸術分野に及んだ。のちに、その反動として写実主義自然主義などをもたらした。


  1. ^ ROMANTICISM-Dictionary of the History of Ideas、2009-08-20閲覧。
  2. ^ Romanticism. Retrieved 30 January 2008, from Encyclopædia Britannica Online
  3. ^ ドミニック・ランセ『十九世紀フランス文学の展望』、白水社文庫クセジュ、1980年、pp.9-10。
  4. ^ 中込純次 (1982年7月29日). “ルソー、ユゴーから鴎外へ「仏ロマン主義運動と日本文学」” (日本語). 財団法人山人会. 2006年6月16日閲覧。
  5. ^ 澁澤龍彦『小ロマン派群像』(「悪魔のいる文学史」〔中公文庫〕所収)
  6. ^ a b ドミニック・ランセ『十九世紀フランス文学の展望』、白水社文庫クセジュ、1980年、p.83。
  7. ^ ドミニック・ランセ『十九世紀フランス文学の展望』、白水社文庫クセジュ、1980年、p.25。
  8. ^ ドミニック・ランセ『十九世紀フランス文学の展望』、白水社文庫クセジュ、1980年、pp.9-85。
  9. ^ a b c d e f g h i 岩本和子、「ベルギーにおけるロマン主義運動ー想像の「国民文化」形成ー」『国際文化学研究 : 神戸大学国際文化学部紀要』 1999年3月 11号 p.1-35, 神戸大学国際文化学部
  10. ^ 田所(1993:150)
  11. ^ ジョゼ/高見訳(1975:44)
  12. ^ ジャック・ジョゼ/高見英一、鼓直:訳『ラテンアメリカ文学史』白水社(文庫クセジュ)、1975/07 p.38
  13. ^ a b c シッコ・アレンカール、マルクス・ヴェニシオ・リベイロ、ルシア・カルピ/東明彦、鈴木茂、アンジェロ・イシ:訳『ブラジルの歴史 ブラジル高校歴史教科書』明石書店、2003/01 p.255
  14. ^ a b c d 田所清克「ナショナル・アイデンティティー構築の歴史とその構想者たち」『ブラジル学への誘い その民族と文化の原点を求めて』田所清克、世界思想社、2001/09
  15. ^ a b c d e 田所清克「ブラジル浪漫主義の思想と主題」『ブラジル学への誘い その民族と文化の原点を求めて』田所清克、世界思想社、2001/09
  16. ^ シッコ・アレンカール、マルクス・ヴェニシオ・リベイロ、ルシア・カルピ/東明彦、鈴木茂、アンジェロ・イシ:訳『ブラジルの歴史 ブラジル高校歴史教科書』明石書店、2003/01 p.254
  17. ^ ドミニック・ランセ『十九世紀フランス文学の展望』、白水社文庫クセジュ、1980年、p.41。


「ロマン主義」の続きの解説一覧

ロマン主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/03/23 18:02 UTC 版)

ウルグアイ文学」の記事における「ロマン主義」の解説

ロマン主義の時代はアドルフォ・ベロ(スペイン語版)とフアン・ソリージャ・デ・サン=マルティンスペイン語版英語版)の二人によって導かれた。アレハンドロ・マガリニョス・セルバンテス(スペイン語版英語版)は小説『カラムル』(1848)で、白人男性インディオ女性婚姻描きインディオ文学名を残した

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ロマン主義(1836-1881)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/24 00:54 UTC 版)

ブラジル文学」の記事における「ロマン主義(1836-1881)」の解説

ナポレオン戦争による1808年ポルトガル王室のリオ・デ・ジャネイロ移転1822年ブラジル帝国独立政治的な独立の達成続き知識人文化的な独立求めていたブラジルにも当時ヨーロッパ席巻していたロマン主義がもたらされた。ブラジルにおけるロマン主義の導入は、1836年詩人ゴンサウヴェス・デ・マガリャンイス(ポルトガル語版英語版)がパリで刊行されていた雑誌ニテロイ』に発表した詩的ため息郷愁 Suspiros Poéticos e Saudades』(1836)にその起源遡るブラジルのロマン主義はシャトーブリアンラマルティーヌヴィクトル・ユーゴーなどフランスの影響強くヨーロッパのロマン主義の中で理想化され中世の騎士ブラジルには存在しなかったため、中世の騎士代わりにインディオ称揚するインディアニズモ(pt:Indianismo)の潮流生まれた。 詩においては導入となったゴンサルヴェス・デ・マガリャンイスの他に、インディアニズモやブラジル大地への愛に溢れた詩作行ったゴンサウヴェス・ジアス(ポルトガル語版英語版)が第一世代として挙げられる。続く第二世代としては、国民主義観点やインディアニズモから離れて苦悩する自我内面描いたアルヴァレス・デ・アゼヴェード(ポルトガル語版英語版)や、幼少時代を陽として描いたカズミーロ・デ・アブレウ、自然を描いたファグンデス・ヴァレーラの名を挙げることができる。19世紀後半奴隷制度廃止運動積極的に参加したカストロ・アウヴェス(ポルトガル語版英語版)は更に続く第三世代である。 ブラジル小説文学は、ジョアキン・マヌエル・デ・マセードがブラジル最初の大衆小説小麦色の娘』(1844)を出版したことによって始まり迎えたジョゼ・デ・アレンカールは「ブラジル語」の創造ブラジル文学文化的独立目指しながら創作続け地方主義やインディアニズモ小説傑作となる多くの作品著した。『イラセマ』や『グアラニー』などはその一例に過ぎないその他に奥地を描くことに専念し、『女奴隷イザウーラ』で奴隷制廃止論をも主張したベルナルド・ギマランイスや、地方主義的な観点から長髪の男』で北部カンガセイロ匪賊)を描いたフランクリン・ターヴォラ、『イノセンシア』で詳細な風景描写したトゥネイ子爵などの名をロマン主義小説家として挙げることができる。正当なロマン主義からは僅かに距離を置いた地点では、後の写実主義に通じる『ある在郷軍曹思い出』でリオの上階級写実的に風刺し慣習小説創造したマヌエル・アントニオ・デ・アルメイダの名が特筆される戯曲においては多くヨーロッパ模倣直輸入の域を出なかったが、マルティンス・ペーナはブラジル現実に即した大衆的な劇を作劇した。

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ロマン主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 18:49 UTC 版)

ロシア帝国下のグルジア」の記事における「ロマン主義」の解説

1830年代にアレクサンドレ・チャフチャヴァゼ(英語版)、グリゴル・オルベリアニ(英語版)、ニコロズ・バラタシビリなどの詩人グルジア文学復活し、そこにロマン主義の要素を取り入れた。彼らは昔のグルジア黄金時代インスピレーションの源とした。バラタシュヴィリは詩「ベディ・カルトリサ」(グルジア語: ბედი ქართლისა、「グルジア運命」)でロシアとの連合に対する愛憎を「かごの中にいたら、ナイチンゲール栄光にどんな喜び見出すか?」(グルジア語: რა ხელ-ჰყრის პატივს ნაზი ბულბული, გალიაშია დატყვეებული?)と表現したグルジアロシア文学でも主題1つになった1829年ロシア詩人アレクサンドル・プーシキングルジア訪れその時経験彼のいくつかの詩に影響与えたプーシキンより少し後の時代ミハイル・レールモントフ1840年カフカース地方追放された。同年書かれ彼の小説現代の英雄』においてグルジア異国風満ち冒険繰り広げられる地と表現され詩の「ムツイリ」(ロシア語: Мцыри)は駆け出し僧侶厳し宗教規則から逃れ自然界に自由を見出したことを描写したが、レールモントフはそこでもグルジアの山がちな自然風景称賛した

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ロマン主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 08:17 UTC 版)

アルゼンチン文学」の記事における「ロマン主義」の解説

その後アルゼンチン独立と同時に内戦突入し1829年フアン・マヌエル・デ・ロサス独裁の下で一定の小康状態に入ると、アルゼンチンの文学者はロサス独裁との関係の中で創作を行うことになったこの時期にロマン主義を導入したのはエステバン・エチェベリーアであり、アルゼンチンイスパノアメリカ唯一スペイン経由しないでロマン主義を導入した国となったフランス帰りエチェベリーアは『エルビアもしくはエル・プラタの恋人』(1832)や『調べ』(1837)などでアルゼンチンにロマン主義をもたらしパンパを唱いながら政治的にロサス敵対したそのためにウルグアイ亡命することになり、その地でロサス暴力文学的に表現した『エル・マタデーロ』(1840)を著している。他に同様のテーマ扱った作品に、ホセ・マルモルの『アマリア』が存在する後に大統領となるドミンゴ・ファウスティーノ・サルミエントは、ロサスロサス支え地方諸州カウディーリョガウチョ敵対する立場から、亡命先チリで『ファクンド』を著したラ・リオハ州カウディーリョ、フアン・ファクンド・キロガの伝記と、ヨーロッパ流の自由主義ロサスガウチョ象徴される土着を「文明野蛮」とみなす思考から描かれる独特の作品は、単なる政治コミュニケに留まらず、サルミエント文学傑作となったサルミエントガウチョへの評価を巡って後の1853年憲法事実上の起草者であるフアン・バウティスタ・アルベルディとの論争行ないアルベルディ後に政治的な小説昼の光巡歴もしくは新世界における真理の旅と冒険』(1871)を著している。 1853年ロサス失脚しロサス打倒しウルキーサ失脚してミトレサルミエントといった自由主義者権力握りアルゼンチン土着との敵対ヨーロッパ文明導入急加速させると、サルミエント反対し、ガウチョ擁護する立場からホセ・エルナンデスは『マルティン・フィエロ(英語版)』(1872)、『マルティン・フィエロの帰郷』(1879)を著しアルゼンチンに於けるガウチョ文学英語版)の大成となった

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ロマン主義(1796年 - 1835年頃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/31 08:18 UTC 版)

ドイツ文学」の記事における「ロマン主義(1796年 - 1835年頃)」の解説

ロマン主義の時代は、初期盛期後期晩期四つに一応分類できるが、時代区分作家どの時期に属するかもはっきりと分類するのは難しい。 初期ロマン主義は、文学的展望が最も興味深いものになった時代といえる交友のあった作家たち、アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲルフリードリヒ・シュレーゲル兄弟ヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンローダールートヴィヒ・ティークノヴァーリス筆名で創作活動行ったフリードリヒ・フォン・ハルデンベルクなどの作家たちは、いくつもの共通傾向示した。たとえば小説や詩、バラード、短い物語など混在させるなどである。これには先行する若きウェルテルの悩み』や『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代のような大作からも影響を受けているフリードリヒ・シュレーゲルは、これを「発展的普遍文学」と呼んで文学における多様なジャンル学問分野互いに結びつけ自身の批評活動をもこれに含めたこのような文学状況において「イロニー」の表現は、古典主義理論基づ理想像人間らしさ解離していること、そしてそのような理想像によって表現される作品はもはや信用がならないということ表明する手段として現れた盛期ロマン主義の代表者としてアヒム・フォン・アルニムクレメンス・ブレンターノ挙げられるかれらは、『少年の魔法の角笛』というタイトルドイツの民謡集発表したアルニム夫人でありブレンターノの妹であるベッティーナ・フォン・アルニムは『ゲーテある子供との往復書簡』を編集し1835年発表した。この作品ベッティーナは、ゲーテ人気を伝えるばかりでなくドイツの社会的政治的欠陥幾度も指摘して話題にしている。(『貧民の書』、『この本は王に帰属する』の特に最初の部分、および『ポーランドパンフレット』) ヤーコプ・グリムヴィルヘルム・グリムグリム兄弟が『民話集』を収集したのもこのころであり、ティークこの時期に分類できる後期ロマン主義者で最も有名なのはE.T.A.ホフマンである。『牡猫ムルの人生観』と『砂男』においてロマンイロニー現代のように心理的側面向かい観念的詩学兆しはもはや見られない後期ロマン主義詩人にはヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフがいる。 ハインリヒ・ハイネはロマン主義とそのモチーフにしばしば皮肉な態度取ったが、これによりハイネは、初期リアリズム分類されるのが一番ふさわしいだろう

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