ブリュッケ
【英】:DIE BRUCKE
1905年、ドレスデンでキルヒナー、シュミット=ロットルフ、エーリッヒ・ヘッケルらの表現主義的傾向の若いドイツ人画家たちによって創設された団体。1906年にはノルデ、ペヒシュタインが参加している。1910年には、ノルデの作品がヅェツェッシォーンに出品拒否をされたのをきっかけに、自由出品制の展覧会のための新しいグループを作り、「新分離派」と名のりベルリンに移動した。1912年には「青騎士」展に参加したりするが、1913年キルヒナーの書いた文章から意見の相違が生じ、分裂・解散した。「橋」を意味するグループ名は、彼らの作品が未来の芸術への架け橋になってほしいという願いからつけられたものであるが、その信条、目標は明確にされず、既成の古い力に対する反抗に重点がおかれ、ドイツにおける表現主義運動をつくった。このグループの仕事の中では、版画、とくに木版画の復興が評価され、二次元的平面性と、白と黒の対比による力づよい精神表現の可能性を追求し、高めた意義は大きいものがあった。
ブリュッケ
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ブリュッケ(独: Die Brücke、英: Die Brücke)とは、ドイツ表現主義に属するドレスデンのグループ。1905年に結成。1913年にメンバーが対立し解散。
ブリュッケに属する主要な画家は以下のとおり。
- エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー (Ernst Ludwig Kirchner, 1880-1938)
- フリッツ・ブライル (Fritz Bleyl, 1880-1966)
- カール・シュミット=ロットルフ (Karl Schmidt-Rottluff, 1884-1976)
- エーリッヒ・ヘッケル (Erich Heckel, 1883-1970)
- エミール・ノルデ (Emil Nolde, 1867–1956) ※1906年に加入、1年ほど所属し脱退
- マックス・ペヒシュタイン (Max Pechstein, 1881-1955) ※1906年に加入
- オットー・ミュラー (Otto Müller, 1874-1930) ※1910年に加入
なお、「ブリュッケ」とは、ドイツ語では「橋」の意味であるが、日本語では、「橋派」と訳して呼ばれることよりも、そのまま「ブリュッケ」と呼ばれることの方が一般的である。
ギャラリー
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座る女(1907)
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー -
ポスター
フリッツ・ブライル
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オットー・ミュラー『Landschaft mit Badenden』
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オットー・ミュラー『Am Ufer sitzendes Mädchen』
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オットー・ミュラー『Häuser mit grünen Dächern』
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オットー・ミュラー『Stehendes Liebespaar』
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オットー・ミュラー『Zwei Zigeunerinnen』
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オットー・ミュラー『Vier Akte』
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オットー・ミュラー『Zwei sitzende Mädchen』
関連項目
外部リンク
- ブリュッケ:現代美術用語辞典 - artscpe
- ブリュッケのページへのリンク