ナポレオン3世とは?

ナポレオン3世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/26 03:04 UTC 版)

ナポレオン3世Napoléon III, 1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス第二共和政大統領(在任:1848年 - 1852年)、のちフランス第二帝政皇帝(在位:1852年 - 1870年)。本名はシャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルトCharles Louis-Napoléon Bonaparte)であり、皇帝に即位して「ナポレオン3世」を名乗る前は一般にルイ・ナポレオンと呼ばれていた[3]。本項でもそのように記述する。


注釈

  1. ^ ナポレオンが創設したフランス衛星国イタリア王国はナポレオンの敗退とともに崩壊。そのためこの当時イタリアという国家は存在せず、それは地域概念に過ぎなかった。ウィーン体制下では北イタリアロンバルディアヴェネトオーストリア帝国が支配し(ロンバルド=ヴェネト王国)、ピエモンテサルデーニャ島サルデーニャ王国が支配、南イタリアは両シチリア王国が支配していた。それ以外の地域は復活した教皇領や小国の領土になっていた[30]
  2. ^ これについて老練な父ルイ・ボナパルトは「民衆は最強だが、しばしばあらゆる党派の中で最大の不正を犯す。民衆は過激になりやすく、容易に隷属する。民衆は簡単に籠絡され、己にふさわしい者を感じ取ることはまれである」と訂正してたしなめた[44]
  3. ^ ナポレオン3世はこの時にできた私生児の存在を長く隠していたが、結局1870年に私生児の長男ウージェーヌにオルクス伯爵、次男アレクサンドルにラボンヌ伯爵の爵位を与えている[88]
  4. ^ フランス革命期に創設されたブルジョワによる民兵組織。一定額以上の納税をしている者のみを入隊対象者とし、労働者はほとんど参加できなかった[150]。復古王政を打倒してオルレアン家によるブルジョワ王政を樹立した7月革命は彼らが原動力になっていた[151]。1848年革命の際にも彼らがルイ・フィリップに対して曖昧な態度を取ったことによってルイ・フィリップは王位を諦めている[151]。しかしルイ・ナポレオンが大統領に就任した後にはパリ軍事総督シャンガルニエ将軍の指揮下に置かれ、その独自性を失っていった。急速に規模を縮小されていき、1851年までには解散させられた[152]
  5. ^ 建築家ヘンリー・ロバーツ英語版の『労働者階級のための住宅』に影響を受けていたナポレオン3世は、1852年にオルレアン家から没収した財産を使ってロッシュシュアール通りフランス語版58番地に低家賃で住める200世帯の労働者共同住居「シテ・ナポレオン」を建設した[220]。ここは洗濯室と浴槽が共同になっており、低料金で住居外の者も使用できた。当時の労働者階級が住む住居と比べると格段に衛生状態が良かったが、労働者は住み慣れた不衛生な住居の方を好み、この共同住宅への入居希望者は少なく、失敗に終わった[221]
  6. ^ 元老院は国家の改革のために必要があると判断すれば憲法を修正する決議を出すことが可能であった[215]
  7. ^ フランスの法的文書はフランス植民地をまとめて表現する際には「アルジェリア及び植民地」という表現を使用していた[390]
  8. ^ 他のヨーロッパ諸国の植民地支配と比して非常に特殊なことだが、フランスでは1848年革命によって植民地住民にも選挙権が与えられ、フランス本国の議会に規定の数の議員を送り出すことができた。もっとも全ての植民地の議席を合わせても885議席のうち15議席にしかならないため影響力はほとんどなく、またインド植民地はその対象外とされ、アルジェリアも先住民には選挙権が認められず、入植フランス人がアルジェリア枠(3議席)の議員を選出した。第二帝政において植民地住民の本国議会への選挙権ははく奪されたが、第二帝政崩壊後に復活した[392][393][394]
  9. ^ しかしナポレオン3世はアルジェリア先住民に大盤振る舞いに市民権を与えることは嫌がり、「フランスの価値観に近づこうと努力する先住民にのみ市民権を与える」よう指示した[398]。その結果、市民権付与の審査にあたっては申請者自身とその家族に犯罪歴がないかどうか、フランス国家への忠誠心が強いかどうかが重点的にチェックされた[402]。結局こうした手続きの煩雑さや制度の存在の無知、背教と批判される恐れなどからフランス市民権を希望する先住民は少なく、市民権を認められた先住民もごく少数であった[402]
  10. ^ カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』第2版序文の中で「私と同時期にこの対象を論じた著作の中ではヴィクトル・ユーゴーの『小ナポレオン』とプルードンの『クーデター』だけが注目に値する」として2人の著作と自らの著作の違いについて論じている。その中でマルクスは「ユーゴーは(クーデタを)一個人の暴力としか見ていない。この事件の主導権を、世界史上例にないような一個人の暴力に帰することによって、その個人を小さくするどころか、かえって大きくしていることに気づいていない。プルードンはクーデターを歴史的発展の結果としてとらえているが、その歴史的構築がこっそりクーデター主人公の弁護にすり替えられている。それに対して私は中庸でグロテスクな人物が主人公を演じることを許すような事情をフランス階級闘争がいかに創出したかを証明した」としている[565]

出典

  1. ^ Décret impérial du 2 décembre 1852” [1852年12月2日の皇帝勅令] (フランス語). Constitution de 1852, Second Empire. Conseil constitutionnel (1852年12月2日). 2016年2月23日閲覧。 “Article 2. - Louis Napoléon Bonaparte est Empereur des Français sous le nom de Napoléon III”
  2. ^ 秦(2001) p.289
  3. ^ a b c ランツ(2010) p.14
  4. ^ a b 高村(2004) p.23
  5. ^ 鹿島(2004) p.16
  6. ^ 横張(1999) p.10
  7. ^ 野村(2002) p.33
  8. ^ ランツ(2010) p.16
  9. ^ 高村(2004) p.77
  10. ^ a b 鹿島(2004) p.17
  11. ^ 柴田・樺山・福井(1996) 第2巻 p.449-450
  12. ^ a b c d e ランツ(2010) p.18
  13. ^ 柴田・樺山・福井(1996) 第2巻 p.451
  14. ^ a b c d 高村(2004) p.25
  15. ^ a b ランツ(2010) p.19
  16. ^ 高村(2004) p.60
  17. ^ 鹿島(2004) p.18-19
  18. ^ 高村(2004) p.26/27
  19. ^ ランツ(2010) p.19-20
  20. ^ 高村(2004) p.26
  21. ^ a b 鹿島(2004) p.19
  22. ^ 鹿島(2004) p.20
  23. ^ a b 高村(2004) p.27
  24. ^ a b ランツ(2010) p.21
  25. ^ 鹿島(2004) p.22
  26. ^ a b c 高村(2004) p.28
  27. ^ 鹿島(2004) p.21
  28. ^ a b 鹿島(2004) p.22-23
  29. ^ a b c d ランツ(2010) p.22
  30. ^ a b c 鹿島(2004) p.23
  31. ^ a b 窪田(1991) p.47
  32. ^ 高村(2004) p.29
  33. ^ 高村(2004) p.28-29
  34. ^ 高村(2004) p.29-30
  35. ^ a b c 鹿島(2004) p.24
  36. ^ 高村(2004) p.31-32
  37. ^ マルクス(2008) p.213
  38. ^ a b ランツ(2010) p.23
  39. ^ 高村(2004) p.32
  40. ^ 鹿島(2004) p.25
  41. ^ 野村(2002) p.33-34
  42. ^ 鹿島(2004) p.27
  43. ^ 野村(2002) p.42-47
  44. ^ 鹿島(2004) p.26
  45. ^ a b 高村(2004) p.33
  46. ^ ランツ(2010) p.26
  47. ^ 鹿島(2004) p.29
  48. ^ a b 高村(2004) p.34
  49. ^ 鹿島(2004) p.31-32
  50. ^ ランツ(2010) p.24-25
  51. ^ 鹿島(2004) p.32-33
  52. ^ ランツ(2010) p.28-29
  53. ^ a b 鹿島(2004) p.33
  54. ^ a b c ランツ(2010) p.29
  55. ^ a b 高村(2004) p.36
  56. ^ 鹿島(2004) p.34
  57. ^ a b 窪田(1991) p.50
  58. ^ 高村(2004) p.53-54
  59. ^ a b c 鹿島(2004) p.36
  60. ^ 高村(2004) p.36-37
  61. ^ 高村(2004) p.37
  62. ^ 高村(2004) p.38
  63. ^ ランツ(2010) p.30
  64. ^ a b c 鹿島(2004) p.37
  65. ^ ランツ(2010) p.30-31
  66. ^ 高村(2004) p.39
  67. ^ 山口(2007) p.165
  68. ^ 鹿島(2004) p.38
  69. ^ a b c 高村(2004) p.40
  70. ^ 柴田・樺山・福井(1996) 第2巻 p.472
  71. ^ a b c 柴田・樺山・福井(1996) 第2巻 p.471
  72. ^ 窪田(1991) p.51
  73. ^ ランツ(2010) p.31
  74. ^ 鹿島(2004) p.40
  75. ^ 高村(2004) p.41
  76. ^ a b ランツ(2010) p.34
  77. ^ a b 鹿島(2004) p.41
  78. ^ a b ランツ(2010) p.35
  79. ^ 鹿島(2004) p.42
  80. ^ 鹿島(2004) p.42-42
  81. ^ 鹿島(2004) p.42-43
  82. ^ 高村(2004) p.42
  83. ^ a b 鹿島(2004) p.43
  84. ^ ランツ(2010) p.36
  85. ^ a b 鹿島(2004) p.43-44
  86. ^ 高村(2004) p.43
  87. ^ ランツ(2010) p.38
  88. ^ a b 鹿島(2004) p.44
  89. ^ ランツ(2010) p.40-41
  90. ^ 野村(2002) p.34
  91. ^ 鹿島(2004) p.46-47
  92. ^ a b c 横張(1999) p.11
  93. ^ a b ランツ(2010) p.43
  94. ^ a b 鹿島(2004) p.49
  95. ^ 松井(1997) p.113
  96. ^ ランツ(2010) p.42
  97. ^ 鹿島(2004) p.50
  98. ^ ランツ(2010) p.45-46
  99. ^ 鹿島(2004) p.51
  100. ^ a b c d 鹿島(2004) p.52
  101. ^ a b ランツ(2010) p.46
  102. ^ 鹿島(2004) p.53
  103. ^ 鹿島(2004) p.54
  104. ^ 高村(2004) p.47
  105. ^ 鹿島(2004) p.54-55
  106. ^ a b c ランツ(2010) p.47
  107. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.82-83
  108. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.83/86
  109. ^ 鹿島(2004) p.55
  110. ^ 鹿島(2004) p.55-56
  111. ^ 鹿島(2004) p.56
  112. ^ 鹿島(2004) p.57
  113. ^ 鹿島(2004) p.58
  114. ^ a b 高村(2004) p.49
  115. ^ a b ランツ(2010) p.49
  116. ^ 鹿島(2004) p.59
  117. ^ a b c d 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.94
  118. ^ 高村(2004) p.50
  119. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.88
  120. ^ a b 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.90-91
  121. ^ 鹿島(2004) p.59-60
  122. ^ 横張(1999) p.172
  123. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.91
  124. ^ デュヴェルジェ(1995) p.96
  125. ^ a b 鹿島(2004) p.62
  126. ^ ランツ(2010) p.53
  127. ^ a b 高村(2004) p.52
  128. ^ a b ランツ(2010) p.52
  129. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.93
  130. ^ a b 鹿島(2004) p.63
  131. ^ a b デュヴェルジェ(1995) p.97
  132. ^ マルクス(2008) p.99-100
  133. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.92
  134. ^ ランツ(2010) p.54-55
  135. ^ 鹿島(2004) p.64
  136. ^ a b 鹿島(2004) p.66
  137. ^ 横張(1999) p.23
  138. ^ ランツ(2010) p.50
  139. ^ 山口(2007) p.156
  140. ^ ランツ(2010) p.53-54
  141. ^ a b c 鹿島(2004) p.68
  142. ^ a b ランツ(2010) p.55
  143. ^ 鹿島(2004) p.69
  144. ^ ランツ(2010) p.56
  145. ^ 鹿島(2004) p.74
  146. ^ a b マルクス(2008) p.48
  147. ^ a b 窪田(1991) p.78
  148. ^ デュヴェルジェ(1995) p.98
  149. ^ 鹿島(2004) p.72
  150. ^ マルクス(2008) p.207
  151. ^ a b マルクス(2008) p.78
  152. ^ マルクス(2008) p.78-79
  153. ^ マルクス(2008) p.50
  154. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.96
  155. ^ 鹿島(2004) p.78
  156. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.97
  157. ^ a b 鹿島(2004) p.79
  158. ^ a b c ランツ(2010) p.58
  159. ^ a b 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.99
  160. ^ 鹿島(2004) p.80
  161. ^ 鹿島(2004) p.81
  162. ^ マルクス(2008) p.86
  163. ^ ランツ(2010) p.59
  164. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.98
  165. ^ 鹿島(2004) p.84
  166. ^ 鹿島(2004) p.85-86
  167. ^ ランツ(2010) p.60
  168. ^ マルクス(2008) p.100
  169. ^ 鹿島(2004) p.86
  170. ^ a b 鹿島(2004) p.103
  171. ^ a b 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.100
  172. ^ 横張(1999) p.181
  173. ^ マルクス(2008) p.158-159
  174. ^ 鹿島(2004) p.88
  175. ^ a b c マルクス(2008) p.102
  176. ^ 鹿島(2004) p.88-89
  177. ^ 鹿島(2004) p.96-97
  178. ^ 山口(2007) p.176
  179. ^ 鹿島(2004) p.89
  180. ^ 鹿島(2004) p.91
  181. ^ 鹿島(2004) p.92-93
  182. ^ 鹿島(2004) p.98-99
  183. ^ a b c d ランツ(2010) p.61
  184. ^ 鹿島(2004) p.99-101
  185. ^ 鹿島(2004) p.104
  186. ^ 鹿島(2004) p.102
  187. ^ マルクス(2008) p.87
  188. ^ 鹿島(2004) p.105-106/114-115
  189. ^ 鹿島(2004) p.119-121
  190. ^ a b ランツ(2010) p.62
  191. ^ ランツ(2010) p.62-63
  192. ^ マルクス(2008) p.172
  193. ^ 鹿島(2004) p.137-138
  194. ^ a b 松井(1997) p.134
  195. ^ 高村(2004) p.81
  196. ^ ランツ(2010) p.64
  197. ^ ランツ(2010) p.64-65
  198. ^ 高村(2004) p.82
  199. ^ ランツ(2010) p.63
  200. ^ 鹿島(2004) p.107
  201. ^ 辻・丸岡(1981) p.14
  202. ^ 山口(2007) p.178
  203. ^ a b 鹿島(2004) p.138
  204. ^ a b c d 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.101
  205. ^ a b c d 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.102
  206. ^ 高村(2004) p.83-84
  207. ^ a b c デュヴェルジェ(1995) p.100
  208. ^ 野村(2002) p.84-86
  209. ^ a b 松井(1997) p.44
  210. ^ a b ランツ(2010) p.66-67
  211. ^ 高村(2004) p.83
  212. ^ 野村(2002) p.81
  213. ^ a b c d 鹿島(2004) p.139
  214. ^ 松井(1997) p.44-45
  215. ^ a b 高村(2004) p.84
  216. ^ 高村(2004) p.84-85
  217. ^ a b c ランツ(2010) p.67
  218. ^ 高村(2004) p.87
  219. ^ 鹿島(2004) p.139-141
  220. ^ 鹿島(2004) p.192
  221. ^ 鹿島(2004) p.193-194
  222. ^ 鹿島(2004) p.142
  223. ^ 鹿島(2004) p.144
  224. ^ 高村(2004) p.85-86
  225. ^ a b c d e 松井(1997) p.46
  226. ^ a b 高村(2004) p.86
  227. ^ 鹿島(2004) p.143
  228. ^ a b c 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.106
  229. ^ a b c d デュヴェルジェ(1995) p.102
  230. ^ 鹿島(2004) p.149
  231. ^ 鹿島(2004) p.150-152
  232. ^ 鹿島(2004) p.153
  233. ^ a b 高村(2004) p.88
  234. ^ 松井(1997) p.135-136
  235. ^ ランツ(2010) p.68
  236. ^ 鹿島(2004) p.154
  237. ^ 鹿島(2004) p.154-155
  238. ^ 鹿島(2004) p.155
  239. ^ a b 鹿島(2004) p.156
  240. ^ 鹿島(2004) p.156-157
  241. ^ 鹿島(2004) p.157
  242. ^ 野村(2002) p.1
  243. ^ 窪田(1991) p.82
  244. ^ ランツ(2010) p.84
  245. ^ ランツ(2010) p.85
  246. ^ ランツ(2010) p.84-85
  247. ^ ランツ(2010) p.82
  248. ^ 鹿島(2004) p.178
  249. ^ 野村(2002) p.2-3
  250. ^ a b c d e 松井(1997) p.47
  251. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.101/105
  252. ^ ランツ(2010) p.86
  253. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.105
  254. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.105-106
  255. ^ ランツ(2010) p.85-86
  256. ^ 鹿島(2004) p.178-179
  257. ^ a b c d デュヴェルジェ(1995) p.103
  258. ^ a b c 野村(2002) p.82
  259. ^ デュヴェルジェ(1995) p.103-104
  260. ^ 松井(1997) p.46-47
  261. ^ a b デュヴェルジェ(1995) p.105
  262. ^ デュヴェルジェ(1995) p.106
  263. ^ 野村(2002) p.82-83
  264. ^ デュヴェルジェ(1995) p.107
  265. ^ 窪田(1991) p.94
  266. ^ 鹿島(2004) p.160-161
  267. ^ 鹿島(2004) p.161
  268. ^ a b 鹿島(2004) p.165
  269. ^ 窪田(1991) p.6/
  270. ^ 窪田(1991) p.99
  271. ^ 窪田(1991) p.100-102
  272. ^ 窪田(1991) p.106
  273. ^ 窪田(1991) p.109-110
  274. ^ 窪田(1991) p.134/136
  275. ^ a b 野村(2002) p.67
  276. ^ a b ランツ(2010) p.112
  277. ^ 横張(1999) p.207
  278. ^ 鹿島(2004) p.411
  279. ^ 野村(2002) p.181
  280. ^ 野村(2002) p.181-182
  281. ^ 野村(2002) p.182
  282. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.11
  283. ^ 横張(1999) p.195-196
  284. ^ a b c ランツ(2010) p.117
  285. ^ a b 横張(1999) p.196
  286. ^ a b 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.11-12
  287. ^ 横張(1999) p.208-209
  288. ^ a b c 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.12
  289. ^ 横張(1999) p.200-201
  290. ^ ランツ(2010) p.116
  291. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.12-13
  292. ^ a b c 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.13
  293. ^ a b ランツ(2010) p.120
  294. ^ a b ランツ(2010) p.123
  295. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.115
  296. ^ ランツ(2010) p.124
  297. ^ 鹿島(2004) p.211-212
  298. ^ 鹿島(2004) p.212-213
  299. ^ 鹿島(2004) p.214-215
  300. ^ 横張(1999) p.204-205
  301. ^ 鹿島(2004) p.215
  302. ^ 鹿島(2004) p.216
  303. ^ 鹿島(2004) p.216-217
  304. ^ 鹿島(2004) p.216-219
  305. ^ 木下(2000) p.137
  306. ^ a b 木下(2000) p.143
  307. ^ 松井(1997) p.83-85
  308. ^ 鹿島(2004) p.242-245
  309. ^ a b 木下(2000) p.134
  310. ^ 松井(1997) p.254
  311. ^ 松井(1997) p.117
  312. ^ 鹿島(2004) p.276
  313. ^ 鹿島(2004) p.276-277
  314. ^ 松井(1997) p.118-119
  315. ^ 鹿島(2004) p.278
  316. ^ a b 木下(2000) p.135
  317. ^ 松井(1997) p.120
  318. ^ 松井(1997) p.96
  319. ^ 松井(1997) p.181
  320. ^ 松井(1997) p.185-186
  321. ^ 松井(1997) p.186-187
  322. ^ 松井(1997) p.187-188
  323. ^ 松井(1997) p.188-189
  324. ^ 松井(1997) p.196-197
  325. ^ 松井(1997) p.201
  326. ^ 松井(1997) p.202
  327. ^ 鹿島(2004) p.285
  328. ^ 松井(1997) p.190
  329. ^ 松井(1997) p.191
  330. ^ 松井(1997) p.189
  331. ^ 松井(1997) p.186-187/188/190-191
  332. ^ 松井(1997) p.339-340
  333. ^ 松井(1997) p.203
  334. ^ リアー、ファイ(2009) p.141
  335. ^ 松井(1997) p.244
  336. ^ a b リアー、ファイ(2009) p.142
  337. ^ 松井(1997) p.247
  338. ^ 松井(1997) p.114
  339. ^ 鹿島(2004) p.282
  340. ^ 山口(2007) p.175
  341. ^ 松井(1997) p.183
  342. ^ ランツ(2010) p.118
  343. ^ a b ランツ(2010) p.100
  344. ^ ガル(1988) p.542
  345. ^ ランツ(2010) p.97-98
  346. ^ ランツ(2010) p.98
  347. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.108
  348. ^ a b c 鹿島(2004) p.313
  349. ^ ランツ(2010) p.99
  350. ^ 鹿島(2004) p.314
  351. ^ 鹿島(2004) p.315
  352. ^ a b ランツ(2010) p.100-101
  353. ^ 鹿島(2004) p.316
  354. ^ 鹿島(2004) p.317
  355. ^ 鹿島(2004) p.319
  356. ^ 鹿島(2004) p.320
  357. ^ 鹿島(2004) p.321
  358. ^ 鹿島(2004) p.323-324
  359. ^ a b c ウォーンズ(2001) p.231
  360. ^ a b 鹿島(2004) p.328
  361. ^ ランツ(2010) p.101
  362. ^ 鹿島(2004) p.328-329
  363. ^ a b ランツ(2010) p.102
  364. ^ ガル(1988)、p.202
  365. ^ 鹿島(2004) p.333
  366. ^ a b c ランツ(2010) p.103
  367. ^ 鹿島(2004) p.340-342
  368. ^ エンゲルベルク(1996) p.440
  369. ^ 鹿島(2004) p.346-347
  370. ^ 窪田(1991) p.119
  371. ^ 鹿島(2004) p.348
  372. ^ ランツ(2010) p.104-105
  373. ^ エンゲルベルク(1996) p.446
  374. ^ 鹿島(2004) p.349
  375. ^ a b エンゲルベルク(1996) p.452
  376. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.107
  377. ^ 鹿島(2004) p.352-353
  378. ^ a b ランツ(2010) p.105
  379. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.109-110
  380. ^ 鹿島(2004) p.353
  381. ^ a b c ガル(1988)、p.242
  382. ^ a b エンゲルベルク(1996) p.453
  383. ^ 鹿島(2004) p.356
  384. ^ 窪田(1991) p.137
  385. ^ エンゲルベルク(1996) p.469
  386. ^ ランツ(2010) p.106
  387. ^ 平野(2002) p.128-129
  388. ^ アージュロン(2002) p.10
  389. ^ アージュロン(2002) p.13-16
  390. ^ a b c 松沼(2012) p.98
  391. ^ a b 平野(2002) p.127
  392. ^ 平野(2002) p.73-76
  393. ^ 松沼(2012) p.64
  394. ^ 宮本(1997) p.326
  395. ^ 松沼(2012) p.99-100
  396. ^ 平野(2002) p.128
  397. ^ アージュロン(2002) p.49
  398. ^ a b 平野(2002) p.130
  399. ^ アージュロン(2002) p.51-52
  400. ^ a b アージュロン(2002) p.52
  401. ^ 松沼(2012) p.101
  402. ^ a b 松沼(2012) p.107
  403. ^ 平野(2002) p.129-130
  404. ^ アージュロン(2002) p.60
  405. ^ アージュロン(2002) p.66-71
  406. ^ 世界大百科事典「セネガル」の項目
  407. ^ a b 宮本・松田(1997) p.330
  408. ^ 宮本・松田(1997) p.331
  409. ^ 藤野(1997) p.92-93
  410. ^ 藤野(1997) p.96
  411. ^ 藤野(1997) p.97-98
  412. ^ 藤野(1997) p.99
  413. ^ 藤野(1997) p.101-102
  414. ^ 藤野(1997) p.104-105、p.110-111
  415. ^ 藤野(1997) p.112-114
  416. ^ 藤野(1997) p.131-141
  417. ^ 藤野(1997) p.151
  418. ^ 藤野(1997) p.157-158
  419. ^ a b 鹿島(2004) p.441
  420. ^ 鹿島(2004) p.409
  421. ^ a b 世界大百科事典「第二次アヘン戦争」の項目
  422. ^ 高村(2004) p.137
  423. ^ 高村(2004) p.137-138
  424. ^ 石井・桜井(1999) p.229
  425. ^ 高村(2004) p.140
  426. ^ 石井・桜井(1999) p.230
  427. ^ 鹿島(2004) p.410
  428. ^ 桐山・根本・栗原(2003) p.59-60
  429. ^ a b 世界大百科事典「カンボジア」の項目
  430. ^ 高村(2004) p.141
  431. ^ a b ヤコノ(1998) p.65
  432. ^ 石井・桜井(1999) p.276-277
  433. ^ 桐山・根本・栗原(2003) p.83/112/116
  434. ^ 世界大百科事典「フランス」の項目
  435. ^ 高村(2004) p.138
  436. ^ 世界大百科事典「洋擾」の項目
  437. ^ 世界大百科事典「李朝」の項目
  438. ^ ヤコノ(1998) p.64
  439. ^ a b 世界大百科事典「ニューカレドニア」の項目
  440. ^ Pierre Renouvin, La Question d'Extrême-Orient, 1840-1940, Hachette,‎
  441. ^ Alain Cornaille, Le Premier traité franco-japonais : son application au vu des dépêches diplomatiques de Duchesne de Bellecourt, Presses orientalistes de France,‎
  442. ^ Paul Akamatsu, Meiji 1868 : révolution et contre-révolution au Japon, Calmann-Levy,‎
  443. ^ Kikou Yamata, Le mois sans dieux, 5, rue Bugeaud 69005 Lyon, Jacques Andre Editeur,‎ (ISBN 2-907922-61-0), p. 1–11
  444. ^ Christian Polak, Soie et lumières : l'âge d'or des échanges franco-japonais (des origines aux années 1950), Hachette Fujingaho,‎
  445. ^ 窪田(1991) p.143
  446. ^ a b 鹿島(2004) p.412-413
  447. ^ a b 窪田(1991) p.144
  448. ^ a b c ランツ(2010) p.108
  449. ^ 鹿島(2004) p.413
  450. ^ a b c d e 窪田(1991) p.145
  451. ^ 鹿島(2004) p.414
  452. ^ 鹿島(2004) p.415
  453. ^ 鹿島(2004) p.416
  454. ^ 窪田(1991) p.167-168
  455. ^ 時野谷(1945) p.323-326
  456. ^ アイク(1995) 3巻 p.196-197
  457. ^ 時野谷(1945) p.336-339/350
  458. ^ エンゲルベルク(1996) p.547
  459. ^ ガル(1988) p.447-448/458
  460. ^ 鹿島(2004) p.416-419
  461. ^ 鹿島(2004) p.418
  462. ^ 窪田(1991) p.156
  463. ^ アイク(1996) 4巻 p.166
  464. ^ 鹿島(2004) p.418-419
  465. ^ ランツ(2010) p.110
  466. ^ a b アイク(1996) 4巻 p.167
  467. ^ アイク(1996) 4巻 p.168
  468. ^ エンゲルベルク(1996) p.581
  469. ^ ガル(1988) p.474
  470. ^ エンゲルベルク(1996) p.574
  471. ^ 鹿島(2004) p.419-420
  472. ^ a b エンゲルベルク(1996) p.582
  473. ^ a b エンゲルベルク(1996) p.616
  474. ^ エンゲルベルク(1996) p.616-617
  475. ^ a b エンゲルベルク(1996) p.618
  476. ^ 鹿島(2004) p.421
  477. ^ エンゲルベルク(1996) p.619
  478. ^ 鹿島(2004) p.618-619
  479. ^ アイク(1997) 5巻 p.131
  480. ^ ガル(1988) p.541
  481. ^ 鹿島(2004) p.435
  482. ^ アイク(1997) 5巻 p.133
  483. ^ アイク(1997) 5巻 p.133-135
  484. ^ アイク(1997) 5巻 p.135
  485. ^ アイク(1997) 5巻 p.139
  486. ^ a b 鹿島(2004) p.435
  487. ^ a b ランツ(2010) p.133
  488. ^ ランツ(2010) p.132
  489. ^ ランツ(2010) p.127
  490. ^ ランツ(2010) p.132/134
  491. ^ a b アイク(1997) 5巻 p.160
  492. ^ ガル(1988) p.561
  493. ^ アイク(1997) 5巻 p.162-166
  494. ^ ガル(1988) p.561-562
  495. ^ a b ガル(1988) p.562-563
  496. ^ アイク(1997) 5巻 p.165
  497. ^ エンゲルベルク(1996) p.677
  498. ^ ガル(1988) p.563
  499. ^ a b 鹿島(2004) p.439
  500. ^ 鹿島(2004) p.440-441
  501. ^ 窪田(1991) p.177
  502. ^ 鹿島(2004) p.442-443
  503. ^ 鹿島(2004) p.443-444
  504. ^ 鹿島(2004) p.445-446
  505. ^ 鹿島(2004) p.447
  506. ^ 鹿島(2004) p.447-448
  507. ^ エンゲルベルク(1996) p.684
  508. ^ 鹿島(2004) p.452
  509. ^ 窪田(1991) p.184
  510. ^ 鹿島(2004) p.450
  511. ^ a b 窪田(1991) p.179
  512. ^ 鹿島(2004) p.448
  513. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.122
  514. ^ 鹿島(2004) p.450-451
  515. ^ 窪田(1991) p.180-182
  516. ^ ランツ(2010) p.135
  517. ^ a b 鹿島(2004) p.453
  518. ^ a b c ランツ(2010) p.136
  519. ^ 窪田(1991) p.190
  520. ^ 鹿島(2004) p.454-457
  521. ^ 柴田・樺山・福井(1995) 第3巻 p.123-124
  522. ^ 鹿島(2004) p.458
  523. ^ デュヴェルジェ(1995) p.111-112
  524. ^ a b 鹿島(2004) p.458-459
  525. ^ 鹿島(2004) p.459
  526. ^ a b c ランツ(2010) p.137
  527. ^ 鹿島(2004) p.461
  528. ^ a b c d e ランツ(2010) p.138
  529. ^ 鹿島(2004) p.462
  530. ^ a b c 鹿島(2004) p.463
  531. ^ a b 窪田(1991) p.192
  532. ^ a b c 鹿島(2004) p.464
  533. ^ a b 窪田(1991) p.193
  534. ^ 鹿島(2004) p.464-465
  535. ^ 窪田(1991) p.197-198
  536. ^ a b 鹿島(2004) p.466
  537. ^ 窪田(1991) p.199-200
  538. ^ a b c d 鹿島(2004) p.171
  539. ^ 高村(2004) p.27-28
  540. ^ a b 山口(2007) p.172
  541. ^ 窪田(1991) p.45-46
  542. ^ 窪田(1991) p.46
  543. ^ 窪田(1991) p.108/154
  544. ^ a b 鹿島(2004) p.382
  545. ^ 鹿島(2004) p.381
  546. ^ 朝倉・三浦(1996) p.726
  547. ^ 窪田(1991) p.138
  548. ^ 窪田(1991) p.149
  549. ^ 鹿島(2004) p.176
  550. ^ 鹿島(2004) p.172
  551. ^ a b キッシンジャー 1996, p. 135.
  552. ^ 湯浅慎一 1990, p. 146-147.
  553. ^ 両者の関係を当てた評伝に、西永良成『ヴィクトール・ユゴー 言葉と権力―ナポレオン三世との戦い』(平凡社新書、2021年)
  554. ^ マルクス(2008) p.104-105
  555. ^ 横張(1999) p.98/106
  556. ^ 横張(1999) p.192-193
  557. ^ 鹿島(2004) p.90
  558. ^ マルクス(2008) p.173-174
  559. ^ 横張(1999) p.183/186
  560. ^ 新訳に『マルクス・コレクション6 フランスの内乱』筑摩書房、2005年
  561. ^ マルクス(1954) p.88/91
  562. ^ 横張(1999) p.108
  563. ^ 新訳に『ヴィクトル・ユゴー文学館8 小ナポレオン』潮出版社、2001年
  564. ^ a b ランツ(2010) p.10
  565. ^ マルクス(2008) p.198-199
  566. ^ 辻・丸岡(1981) p.72-73
  567. ^ 赤井(1980) p.44
  568. ^ 辻・丸岡(1981) p.75
  569. ^ a b 赤井(1980) p.48
  570. ^ a b 辻・丸岡(1981) p.84
  571. ^ 野村(2002) p.14
  572. ^ マルクス(2008) p.238
  573. ^ 鹿島(2004) p.11-12
  574. ^ キッシンジャー 1996, p. 134.
  575. ^ a b エンゲルベルク(1996)、p.486
  576. ^ キッシンジャー 1996, p. 132-133.
  577. ^ キッシンジャー 1996, p. 139-140.
  578. ^ キッシンジャー 1996, p. 154-155.
  579. ^ キッシンジャー 1996, p. 180.
  580. ^ キッシンジャー 1996, p. 136-137.
  581. ^ 鹿島(2004) p.13
  582. ^ 平野(2002) p.141
  583. ^ 平野(2002) p.136


「ナポレオン3世」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ナポレオン3世」の関連用語

ナポレオン3世のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ナポレオン3世のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのナポレオン3世 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS