同君連合とは? わかりやすく解説

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どうくん‐れんごう〔‐レンガフ〕【同君連合】

読み方:どうくんれんごう

二つ上の国家同一君主のもとに連合すること。身上連合人的連合)と物上連合物的連合)がある。君合国


同君連合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/01 08:58 UTC 版)

同君連合(どうくんれんごう)は、複数の君主国君主が同一人物である状態・体制のことである。同君連合の形態は大きく2つに分けることができる。同君連合の各構成国がそれぞれ独立した主権をもち続ける人的同君連合 と、各構成国を超えた中央政府が置かれて一元的にコントロールされる物的同君連合 の2つである。




「同君連合」の続きの解説一覧

同君連合(17世紀)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 18:17 UTC 版)

エディンバラの歴史」の記事における「同君連合(17世紀)」の解説

1603年ジェームス6世イングランド王位継承しイングランド・スコットランド同君連合誕生した一方でスコットランドの独立ある程度保たれスコットランド議会依然として存在したジェームズ6世ロンドン移り住み枢密院スコットランドの支配一任した。ジェームズ6世3年一度スコットランド帰ることになっていたが、実際に1617年一度戻ったのみであった1550年から1650年の間、エジンバラの街議会は、商人によって管理されていた。事務所設置する資格を得る最も重要な要因は、第一に社会的地位、その次に富であり、宗派大きな要因ではなかった。 ディングウァルによると、男性76%が父親義理の父からそうした権利継承していた。 17世紀になっても、エディンバラの街は16世紀イングランド侵略時に築かれ防壁囲まれており、壁中には140エーカー(0.56平方メートル)ほどの土地かなった限られた土地増加する人口帰結として、エディンバラ建築高層化し場合によっては15階建ての建物もあった. 1706年1707年では、 合同法によってイングランドスコットランド議会通過し二つ王国グレートブリテン王国として統合された。 結果としてスコットランド議会イングランド議会合併しロンドンイギリス議会設置される至った。この連合には多くスコットランド人反対し、街中暴動頻発したことが記録されている。

※この「同君連合(17世紀)」の解説は、「エディンバラの歴史」の解説の一部です。
「同君連合(17世紀)」を含む「エディンバラの歴史」の記事については、「エディンバラの歴史」の概要を参照ください。

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