マニエリスムとは? わかりやすく解説

マニエリスム【(フランス)maniérisme】

読み方:まにえりすむ

ルネサンスからバロックへの移行期興った絵画中心とする芸術様式社会的な混乱による精神的危機反映し錯綜(さくそう)した空間構成非現実的な色彩法、幻想的寓意(ぐうい)性など、極度技巧性・作為性を特色とする。ポントルモ・ティントレット・エル=グレコなどが代表的画家マニエリズモ


マニエリスム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/21 06:39 UTC 版)

ガブリエル・デストレとその妹》。典型的なマニエリスムの様式で描かれている。

マニエリスム: Manierismo ; : Maniérisme ; : Mannerism)とは、ルネサンス後期の美術で、イタリアを中心にして見られる傾向を指す言葉である。マンネリズムと語源を等しくする[1]。美術史の区分としては、盛期ルネサンスバロックの合間にあたる。イタリア語の「マニエラ(maniera:手法・様式)」に由来する言葉である[2][3]ヴァザーリはこれに「自然を凌駕する行動の芸術的手法」という意味を与えた[2]

概念

成立の経緯

ミケランジェロに代表される盛期ルネサンスの成果は圧倒的であり、芸術は頂点を極め、今や完成されたと考えられた。ミケランジェロの弟子ヴァザーリはミケランジェロの「手法(マニエラ maniera)」を高度の芸術的手法と考え、マニエラを知らない過去の作家に対して、現在の作家が優れていると説いた。 レオナルド・ダ・ヴィンチラファエロ、ミケランジェロら盛期ルネサンスの巨匠たちは古典的様式を完成させた。これをヴァザーリは普遍的な美の存在を前提とし、「最も美しいものを繋ぎ合わせて可能な限りの美を備えた一つの人体を作る様式」として、「美しい様式(ベルラ・マニエラ)」と定義づけた。

1520年頃から中部イタリアでは前述の巨匠たちの様式の模倣が目的である芸術が出現し、「マニエラ」は芸術作品の主題となった。その結果盛期ルネサンス様式の造形言語の知的再解釈が行われ、盛期ルネサンス様式は極端な強調、歪曲が行われるようになった。一方で古典主義には入れられなかった不合理な諸原理を表現する傾向も表れるようになった[4]フィレンツェにおけるマニエリスムの発生は、1512年ジュリアーノ・デ・メディチの追放とそれによるメディチ家のフィレンツェへの復帰、それらの社会的な緊張感の発生と芸術家への発注数の増加[5]ミケランジェロ・ブオナローティラファエロ・サンティローマへの移動によって起きたフィレンツェの伝統からの解放をハウザーは挙げている[6]。またこの変化の中でマニエリスム様式の模範を作る重要な役割を果たした芸術家としてハウザーはヤコポ・ダ・ポントルモを示している[6]

しかし、17世紀のピエトロ・ベッローリはミケランジェロの「マニエラ」の模倣者たちを非難し、やがて型にはまった生気の欠けた作品という評価が支配的となった。この考え方は19世紀まで引き継がれ、マニエリスムは1530年頃からのローマやフィレンツェにおける絵画の衰退を意味する言葉として扱われた[7]

その後1956年オランダアムステルダムにて催された『ヨーロッパ・マニエリスムの勝利』などをきっかけとして[8]、20世紀ドイツにおけるドイツ表現主義や抽象主義の隆盛により[9]、マニエリスムも独立した表現形態であり、抽象的な表現に見るべきものがあるとして再評価されるようになった。

定義

ハンガリーの芸術社会学者であるアーノルド・ハウザーは、自著の中でマニエリスムの定義に関する重要なものとしてウォルター・フリートレンダー英語版の研究に触れている[10]。フリートレンダーはマニエリスムを根本的に反古典主義的なものであると定義し、加えて逆説的な形式でのみその問題を語ることができるものであるとしている[11]。またマニエリスムの研究で知られている美術史家のマックス・ドヴォルシャックはマニエリスムの本質を精神性であるとしており[12]、ハウザーはこれに加えてこれが世界を形作るだけではなく捻じ曲げる要素としての働きをしたとしている[13]

特徴

ブロンズィーノ愛のアレゴリー》(1540 - 1545年)。マニエリスムの特徴として、寓意が含まれた作品として挙げられる。

マニエリスムは、盛期ルネサンス芸術の明快で調和の取れた表現とも、バロック芸術の動感あふれる表現とも異なった特有の表現として位置づけることができる。

絵画

諸原理の抽象化
遠近法、短縮法、明暗法などが抽象化されている[4]
巨匠の個人的様式の誇張的模倣
歪められた空間
消失点の高低を極端に設置した遠近法、奥行きが閉ざされ平面化された空間などが挙げられる[4]
蛇状体「フィグーラ・セルペンティナータ」
曲がりくねり、引き伸ばされた人体表現が使われている[4]
明暗のコントラスト[14]
パルミジャニーノ《長い首の聖母》(1534 - 1540年)。聖母の抱いているイエスを見ると、身体が強く引き伸ばされている。

建築

古典主義では同じ大きさの柱を並べるのが一般的であったが、ヴィニョーラは、古典的形態要素を自由に組み合わせ大胆な平面の建物を設計し、パラディオファサードの列柱の柱を大小混在させた。盛期ルネサンスまでの芸術作品は教会や広場など公共施設に置かれることが多かったが、マニエリスム期の作品の多くは宮廷などの閉じたサークル内で鑑賞された。また様々な寓意をちりばめた理知的、晦渋な作品が好まれた。

その他

元々は16世紀美術に対する概念であるが、現代美術(シュルレアリストの作品など)にマニエリスムと共通する性格を認め(例:ホッケ「迷宮としての世界」)、広義に用いる場合もある。 文学においても、グスタフ・ルネ・ホッケの『文学におけるマニエリスム』が1959年に出版されるなど[15]、美術のみならず影響を及ぼしていることが分かる。

マニエリスム期の作品

マニエリスム手法を採用した作品

脚注

  1. ^ マンネリズムとは - コトバンク
  2. ^ a b 美術出版社; 美術出版社編集部; 藤原えりみ; 高階秀爾『西洋美術史: カラー版』(7版)美術出版社、2008年2月10日、93頁。ISBN 4568400643NCID BA60025262 
  3. ^ ヤマザキマリ『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』集英社、2015年、101頁。 ISBN 978-4-08-720815-3 
  4. ^ a b c d Brill, Paul; Goya, Francisco; Greco; 愛知県美術館, 東武美術館, 横浜美術館, 横浜美術館学芸部『バロック・ロココの絵画 : ヴェネツィア派からゴヤまで リール市美術館所蔵』朝日新聞社、1993年、31頁。 NCID BN09889898 
  5. ^ ハウザー 1990b , pp. 274-275.
  6. ^ a b ハウザー 1990b , p 275.
  7. ^ 八代 1965, p. 308.
  8. ^ 美術検定実行委員会『美術検定過去問題集:四択マークシート』美術出版社、2008年7月、186頁。 ISBN 978-4-568-24024-5NCID BA88611716 
  9. ^ 八代 1965, p. 309.
  10. ^ ハウザー 1990a , p 28.
  11. ^ ハウザー 1990a , p 31.
  12. ^ ハウザー 1990a , p 35.
  13. ^ ハウザー 1990a , p 36.
  14. ^ 美術用語詳細情報 マニエリスム”. 徳島県立近代美術館 (2006年). 2016年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月18日閲覧。
  15. ^ 三宅雅明「詩におけるマニエリスムとT・S・エリオットの詩 : その二」『大阪府立大学紀要(人文・社会科学)』第20巻、大阪府立大学、大阪、1972年3月30日、106頁、 ISSN 04734645NAID 400003064502016年7月31日閲覧 

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク


マニエリスム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 05:41 UTC 版)

彫刻」の記事における「マニエリスム」の解説

詳細は「マニエリスム」を参照 絵画同様にイタリア初期マニエリスム彫刻は、ルネサンス隆盛期成果彫刻においては本質的にミケランジェロ意味する)を上回る独自様式を見つけようとする試みで、これを達成するため多く奮闘フィレンツェシニョーリア広場にある他の空間ミケランジェロダビデ像の隣)を埋めるための依頼行われたバッチョ・バンディネッリヘラクレスカークス像の事業師匠から受け継ぎ、それは今ほど人気がなくてベンヴェヌート・チェッリーニからは悪意込めてメロンの袋」と比較されたが、彫像台座浮彫りパネル初め導入したことで長期的な影響及ぼした。彼や他のマニエリスム芸術家作品同じく、それはミケランジェロがやったよりも遥かに元々のブロック多く削り取っている(要は彫像体形細身になった)。ベンヴェヌート・チェッリーニの『メドゥーサの頭を持つペルセウス』という傑作ブロンズ像は、8方向から設計されたもので、もう一つのマニエリスムの特徴としてミケランジェロドナテッロ作のダビデ像比較する実際のところマンネリである。もともと金細工師だった彼の有名な金と琺瑯でできた『サリエラ塩入れ)』 (1543)が彼の最初彫刻で、その才能を最も発揮している。これらの例が示すように、この時代肖像画超えた大型作品世俗的な主題範囲広がり神話上の人物が特に好まれた。これらは以前だと大部分小型作品発見されていた。 収集向けの小型ブロンズ像は、しばしば(裸体を含む)神話的な主題であり、ルネサンス様式人気博したジャンボローニャこの世紀の後半才能現し等身大彫刻製作しており、うち2つシニョーリア広場コレクション加わった。彼とその弟子は、多く場合2人蛇のように絡み合う細長い「フィグーラ・セルペンティナータ」の作品考案したフォンテーヌブロー宮殿の扉上にあるスタッコ。恐らくフランチェスコ・プリマティッチオ楕円内を描いた)の設計、1530-1540年代 ベンヴェヌート・チェッリーニ作『メドゥーサの頭を持つペルセウス』1545-1554年 ジャンボローニャ作『サムソンペリシテ人1562年ジャンボローニャ作『サビニの女たちの略奪1583年。高さ4.1mの大理石像(イタリアフィレンツェ

※この「マニエリスム」の解説は、「彫刻」の解説の一部です。
「マニエリスム」を含む「彫刻」の記事については、「彫刻」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「マニエリスム」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「マニエリスム」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「マニエリスム」の関連用語

マニエリスムのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



マニエリスムのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
徳島県立近代美術館徳島県立近代美術館
Copyright:徳島県立近代美術館.2025
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマニエリスム (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの彫刻 (改訂履歴)、模倣 (改訂履歴)、ルネサンス建築 (改訂履歴)、ヤコポ・バッサーノ (改訂履歴)、フォンテーヌブロー宮殿 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS