せっちゅう‐よう〔‐ヤウ〕【折衷様】
折衷様
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/25 07:11 UTC 版)
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折衷様 (せっちゅうよう)は、日本の伝統的な中世の仏教寺社建築様式の一つ。和様、 大仏様、 禅宗様 の三者を折衷した様式。厳密には大仏様、禅宗様の手法を和様に応用したもの。13世紀後半から流行し、14世紀には純粋な和様建築の例は減少している。
瀬戸内海沿岸に多く折衷様の寺院が見られ、兵庫県の鶴林寺本堂や、広島県明王院本堂、愛媛県太山寺本堂などがその例である。
概要
豪放な大仏様、伝統的な和様、宋からの禅宗様(唐様)の組み合わせである。鶴林寺には、大仏様の貫や挿肘木、そして禅宗様の詰組などの要素が加わり折衷様ならではの造りが見られる。 また、和様をベースに大仏様のみの特徴を加えた造りは「新和式」と呼ばれ折衷様と区別されることもある。
なお、折衷様式で立てられた寺院の例に観心寺が挙げられ、折衷様を「観心寺様」と呼ぶことが往往にしてあるが、必ずしも大阪府にある観心寺は折衷様の代表例とは言えないため、不適切との見解もある。
脚注
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折衷様
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 01:13 UTC 版)
日本の和様に大陸から鎌倉時代の末ごろ伝えられた新様式である大仏様の構造と禅宗様の装飾を部分的に取り入れた様式を折衷様と呼んでいる。また観心寺様とも呼ばれる。和様・大仏様・禅宗様が混在した様式を折衷様と称し、和様に大仏様の細部が混入したものを新和様と称する場合もあるが、両者の区別は必ずしも厳密なものではない。明王院本堂(広島県福山市)、浄土寺本堂(広島県尾道市)などがこの時代の折衷様の典型例である。南北朝時代に下るものとしては観心寺金堂(大阪府河内長野市、国宝)、鶴林寺本堂(兵庫県加古川市)などがある。 明王院本堂(広島県福山市) 1321年(元応3年)の建立。蟇股は和様、柱の粽や頭貫上に台輪を用いる点は禅宗様、桟唐戸や断面が円形に近い虹梁などは大仏様の要素である。
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