コンセプチュアル‐アート【conceptual art】
コンセプチュアル・アート
コンセプチュアル・アート
【英】:CONCEPTUAL ART
概念芸術。マルセル・デュシヤンにその源を発し、1961年にアメリカの美術家ヘンリー・フリントが「コンセプト・アート」という言葉を用い、1967年に同じくアメリカの美術家ソル・ルウィットが「概念芸術論」を著わし一般化した用語。狭義には、言語による記述、写真や図表による表示など、1960年代末のイリュージョンを最小限にしようとしたミニマル・アート以後の現代美術のひとつの傾向を示す言葉である。ここではコンセプチュアルとは、作品の物質的、視覚的側面に対して、観念的な面の強調を示しており、観念芸術(IDEA ART)と呼ばれたこともある。また、ここで問題とされているのは、なによりも芸術の概念(コンセプト)についてであるという意味においては、アメリカのジョセフ・コススやイギリスのアート・ランゲージに見られるような、芸術の概念そのものにかかわる芸術、芸術の芸術による定義の試みともいえる。日本の作家としては、河原温(かわら・おん)がよく知られている。
コンセプチュアル・アート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/18 23:41 UTC 版)
コンセプチュアル・アート (Conceptual art) は、1960年代から1970年代にかけて欧米を中心に展開した芸術動向(アート・ムーブメント)である。作品の物質的形態よりも、アイデアや概念、言語的構造を重視する点に特徴がある。
しばしば「アイデア重視の芸術」と説明されるが、その本質は、芸術作品の成立条件—作者性、物質性、展示制度、言語—を自己反省的に問い直す点にある。この動向はミニマル・アート以後の展開として現れ、のちの制度批判や言語的実践へと大きな影響を与えた。
アイデア・アート (Idea art) とも呼ばれた。その後メディアアートにも関心を持ったゲンジョ・グランが別途「Idea art」を定義した[1]。
前史
コンセプチュアル・アートの前史は、1910年代のマルセル・デュシャン (Marcel Duchamp)のレディメイドに遡ることができる。[2]既製品を作品として提示する行為は、美術作品の物質的固有性や作者の手仕事を相対化する契機となった。
ネオダダのアーティスト、ロバート・ラウシェンバーグはウィレム・デ・クーニングに提案してドローイングをもらい、それを丹念に消し去って『消去されたデ・クーニングのドローイング』(1953年)という作品を制作した(共同制作というべきだが、ラウシェンバーグは自分の作品であるとしている)。
1950年代後半には、ネオ・ダダやポップアートがデュシャンを再評価し、芸術の定義そのものを揺さぶった。さらに1960年代のミニマルアートは、作品の形式的還元を通じて芸術の条件を分析対象とした。この文脈の中で、物質的オブジェクトそのものを解体し、概念や指示、言語を中心に据える動向としてコンセプチュアル・アートが形成された。
理論的特徴
アイデアと実行の分離
コンセプチュアル・アートの代表的命題は、ソル・ルウィット (Sol LeWitt)が1967年の『Paragraphs on Conceptual Art』で示した、「アイデアが芸術を生み出す機械となる」という言葉に集約される。『アート・フォーラム』誌、1967年夏号に発表されたエッセイで、これが「コンセプチュアル・アート宣言」と位置づけられた。[3]よく引用されるフレーズは以下である。
- コンセプチュアル・アートにおいては、アイデアまたはコンセプトがもっとも重要である。作者がコンセプチュアルな芸術形式を用いたとき、それはプランニングや決定がすべて前もってなされているということであり、制作行為に意味はない。アイデアが芸術の作り手となる。(In conceptual art the idea or concept is the most important aspect of the work. When an artist uses a conceptual form of art, it means that all of the planning and decisions are made beforehand and the execution is a perfunctory affair. The idea becomes a machine that makes the art.)
ここでは、作品の計画や概念が本質とされ、制作行為は従属的なものと位置づけられた。この立場は、芸術の価値を物質的完成度ではなく、構想や思考の構造に求める点で画期的であった。
この理論的立場は、1970年代のアート・アンド・ランゲージ (Art & Language) における言語や議論を中心とした実践にも反映され、作品よりも言説や文書の価値を重視する方向性を強く促した。さらに21世紀には、ケネス・ゴールドスミス (Kenneth Goldsmith) らによる既存テクストの転用・再構成を伴う文学的実践(コンセプチュアル・ライティング)にも影響を与え、概念重視の表現が視覚芸術から文芸まで拡張される契機となった。[4]
言語とメタ批評
ジョセフ・コスース (Joseph Kosuth)は『Art after Philosophy』において、芸術を定義の問題として扱い、芸術そのものが芸術を定義する自己言及的構造を持つと論じた。
また、アート・アンド・ランゲージ (Art & Language)は、理論的テクストや議論そのものを作品化し、芸術実践と批評の境界を曖昧にした。ここでは、作品制作よりも言説の生成が重視され、芸術は制度的・言語的枠組みの内部で自己分析を行う場となった。彼らは初のコンセプチュアル・アートの展覧会と称して、1970年に「コンセプチュアル・アートとコンセプチュアル・アスペクツ」展(ニューヨーク文化センター)を行った。
制度的条件の可視化
ローレンス・ウェイナー (Lawrence Weiner)は「私の作品は一度見ればその人のものだ。頭の中に入って取り除くことはできない」と述べた。このためジョナサン・ボロフスキーの「1から無限へのカウンティング」(原題:Counting from 1 to Infinity、または単にCountingシリーズ;1969年~)はその典型例とみなされよう。
ローレンス・ウェイナーやロバート・バリー (Robert Barry)の実践は、物質的対象を最小化し、テクストや不可視的な構造を通じて作品を成立させた。これにより、美術館やギャラリーといった展示制度の役割が意識化されるようになった。
この問題意識は、1970年代以降の制度批判(インスティテューショナル・クリティーク)へと接続していく。
国際的展開
コンセプチュアル・アートはアメリカやイギリスを中心に展開したが、日本やヨーロッパ各地でも独自の展開を見せた。
日本では「日本概念派」として、松澤宥 (Yu Matsuzawa)、高松次郎 (Jiro Takamatsu)、河口龍夫 (Tatsuo Kawaguchi)、柏原えつとむ らといった作家が、「概念芸術」と呼ばれる実践を行い、物質的対象を極度に削減した作品を制作した。[5][6]
イギリスではアート・アンド・ランゲージ (Art & Language)が理論的議論を主導し、芸術の制度的枠組みを分析対象とした。
こうした国際的展開は、コンセプチュアル・アートを単一の様式ではなく、理論的問題系として理解する必要性を示している。
理論的評価と展開
1970年代以降、コンセプチュアル・アートは単なる様式ではなく、ネオ・アヴァンギャルドの理論的再編として理解されるようになった。美術史家のベンジャミン・H・D・ブクロー (Benjamin H. D. Buchloh)は、コンセプチュアル・アートを近代主義の自己批判的段階として位置づけ、制度やメディア条件の分析へと接続した。[7]
また、ハル・フォスター (Hal Foster)は、著書『The Return of the Real』において、ネオ・アヴァンギャルドを「遅延された批判」として再評価し、コンセプチュアル・アートを歴史的アヴァンギャルドの問題を再演する実践として読解した。[8]
このように、コンセプチュアル・アートは制度批判(インスティテューショナル・クリティーク)や1970年代美術批評の理論的基盤となり、現代美術における自己反省的実践の出発点とみなされている。
トリビア
アメリカ美術がヨーロッパ美術を乗り越えたとして、抽象表現主義をさかんに称揚したグリーンバーグ(アメリカの美術評論家)のフォーマリズム理論が、当時のヨーロッパでいかに反感を持たれたかを示すパフォーマンスにつぎのようなものがある。
- ロンドンのセント・マーティン美術学校で講師をしていたジョン・レイサムは、グリーンバーグの著書『芸術と文化』が生徒の間で大きな影響力をもっていることを憂慮し、学校の図書館からそれを借りだした。そして生徒と美術関係者を自宅に集め、同書の任意のページを噛ませた。吐き出した紙は容器に入れ、塩酸と水酸化ナトリウムと酵母を加えてどろどろになるまで溶かし、一年後、その状態で学校に返却した。その結果、彼は学校を馘になった(『Still and Chew』(1965年))。
関連アーティスト(グループ)
- 先駆者
- 中心アーティスト
- ミニマル・アーティスト系
- 外縁アーティスト
- 日本概念派
- その他
-
- インスティテューショナル・クリティーク(制度批判)
参考文献
- 『芸術倶楽部』No.8、フィルムアート社、1975年。
- トニー・ゴドフリー『コンセプチュアル・アート』岩波書店〈岩波 世界の美術〉、2001年。ISBN 4000089277。
- 山本 浩貴『現代美術史-欧米、日本、トランスナショナル』中央公論新社、2019年10月16日、318頁。ISBN 4121025628。
脚注
- ↑ Idea art definition by Genco Gulan - ウェイバックマシン(2016年8月7日アーカイブ分)Open Space
- ↑ Tony Godfrey, Conceptual Art, London: 1998. p. 28
- ↑ ただしルウィットは物理的な作品を制作するので、厳密にはコンセプチュアル・アーティストではなくミニマル・アートの方角に近かった。彼の作品Four-Sided Pyramid, National Gallery of Art所蔵を参照せよ。
- ↑ Nicholas James Melville (2018年). “The Imperative Commands: the poetics of imperatives and assertions in everyday life”. 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 原田裕規. “ART WIKI|日本概念派”. 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 千葉成夫『現代美術逸脱史 1945~1985』晶文社、1986年。
- ↑ Buchloh (1990). “Conceptual Art 1962–1969: From the Aesthetic of Administration to the Critique of Institutions”. October 55.
- ↑ Foster (1996). The Return of the Real: The Avant‑Garde at the End of the Century. MIT Press
外部リンク
- 松岡正剛の千夜千冊—『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー
- コンセプチュアル・アート:現代美術用語辞典 - artscape
- 『コンセプチュアル・アート』 - コトバンク
「コンセプチュアルアート」の例文・使い方・用例・文例
コンセプチュアル・アートと同じ種類の言葉
| アートに関連する言葉 | オプアート フラワーアート コンセプチュアルアート モダンアート ジェネレーティブアート |
- コンセプチュアル・アートのページへのリンク
