倉本聰とは?

倉本聰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/12 04:50 UTC 版)

倉本 聰(くらもと そう、1934年12月31日[注 1] - )は、日本脚本家劇作家演出家。本名、山谷馨東京府(現・東京都)出身。東京大学文学部美学科卒業。夫人は女優の平木久子(演劇集団 円所属)。




注釈

  1. ^ 戸籍上は1935年1月1日[1]
  2. ^ NHKとはこのトラブルから20年以上絶縁状態にあったが、1999年の『玩具の神様』で復帰した。
  3. ^ この移住に際しては、向田邦子から「あんたバカなことおやめなさい。東京を離れたら仕事なンて来ないわよ」と説教されたという[14]。倉本は当時を振り返って「仕事はもうどうでもよくなっていた」と述べている。
  4. ^ このときの経験について後年、「もう二度と監督はやらない」と述べている[15]
  5. ^ 倉本は日活の契約ライターだった時代にプロデューサーから「ナレーションと回想は卑怯な手法」と叩き込まれてそれを忠実に守っていた。山田太一が『それぞれの秋』(1973年)でナレーションを使っているのを見て「こんな手もありだな」と思い、導入することにしたという。その際、山下清の口調を模倣したことで「 - なわけで」といった文体が出ることになった[28]
  6. ^ ただ、語尾については「語尾は性格を表現するので、語尾ほど大事なものはない」とも語っている。

出典

  1. ^ エッセイ集『北の動物園』(扶桑社、2004年)「生年月日」の章を参照 72頁
  2. ^ ファミリーヒストリー 2016年12月8日放送回”. gooテレビ番組 (2016年12月8日). 2018年4月4日閲覧。
  3. ^ 『獨白 2011年3月』p142
  4. ^ “【天風録】倉本聡さん - 中国新聞”. 中国新聞. (2010年5月1日). http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te201005010094.html 
  5. ^ 『獨白 2011年3月』p44、p129
  6. ^ 『獨白 2011年3月』p130
  7. ^ 『獨白 2011年3月』p129
  8. ^ 倉本 聰さんが金光を訪れる 倉本 聰金光ファンの会”. 笠岡放送. 2014年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。
  9. ^ a b ペンネーム「倉本聰」が会社に内緒で脚本執筆していたころ - dot.・2012年12月22日
  10. ^ 『東芝スーパーサウンドグラフィティ The History of the Radio』(ニッポン放送、1989年1月1日)
  11. ^ 『波瀾万丈の映画人生 岡田茂自伝』、角川書店、2004年、165-166頁
  12. ^ 『愚者の旅』(理論社、2002年)
  13. ^ a b c 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(1)」 『毎日新聞』 2009年11月16日、13版、5面。
  14. ^ 『獨白 2011年3月』p14
  15. ^ 『獨白 2011年3月』p186 - 187
  16. ^ a b 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(5)」 『毎日新聞』 2009年11月24日、13版、9面。
  17. ^ a b 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(2)」 『毎日新聞』 2009年11月17日、12版、9面。
  18. ^ 渕沢貴子 (2016年1月12日). “倉本聰さん、舞台演出を引退意向「しんどくなってきた」”. 朝日新聞デジタル. http://www.asahi.com/articles/ASJ1D5RGDJ1DIIPE020.html 2016年5月31日閲覧。 
  19. ^ “脚本家倉本聡氏が演劇引退 17年1月舞台が最後”. 日刊スポーツ. (2016年11月17日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1739148.html 2016年11月17日閲覧。 
  20. ^ “倉本聰さん最後の舞台演出 全国公演「走る」富良野で幕 「長い休息」宣言”. 北海道新聞. (2017年3月9日). http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/dohoku/1-0376724.html 2017年4月5日閲覧。 
  21. ^ 「走る」大千秋楽公演(2017年3月7日)終演後のカーテンコールより 富良野GROUP主宰・倉本聰の挨拶”. 走る 2017. 倉本聰 界隈. 2017年4月5日閲覧。
  22. ^ “テレ朝会長 中高年向け昼ドラ「少なくとも1年間は続ける」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2017年3月28日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/28/kiji/20170328s00041000154000c.html 2017年4月5日閲覧。 
  23. ^ 佐藤剛志 (2017年4月4日). “倉本聰×浅丘ルリ子 若者にこびない「昼ドラ」”. 朝日新聞デジタル. http://www.asahi.com/articles/ASK3P2PP2K3PUCVL004.html 2017年4月5日閲覧。 
  24. ^ 『A-Studio』(TBSテレビ、2010年10月15日)内で二宮和也が証言
  25. ^ 『倉本聰 テレビドラマ集-1 うちのホンカン』(バップ出版、1976年)
  26. ^ a b 『獨白 2011年3月』p10 - 13
  27. ^ 『三谷幸喜のありふれた生活3 大河な日日』(朝日新聞社、2004年、100頁)
  28. ^ 『獨白 2011年3月』p51 - 52
  29. ^ 『獨白 2011年3月』p265。
  30. ^ 『獨白 2011年3月』pp224 - 229
  31. ^ 別冊宝島『シナリオ入門』(宝島社、2004年)
  32. ^ 『逃げていく街』(新潮文庫、1998年)
  33. ^ テレビドラマデータベース
  34. ^ “テレビ朝日、シニア世代向けに帯ドラマ枠を新設 第1弾は倉本聰氏オリジナル作品”. ORICON STYLE. (2016年6月30日). http://www.oricon.co.jp/news/2074293/full/ 2016年6月30日閲覧。 


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