倉本聰とは? わかりやすく解説

倉本聰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/11 14:26 UTC 版)

倉本 聰(くらもと そう、1934年12月31日[注 1] - )は、日本脚本家劇作家演出家。本名、山谷馨。東京都渋谷区出身。妻は女優の平木久子(演劇集団 円所属)。父は俳人・日新書院取締役の山谷太郎。祖父は医学博士・日新医学社社長の山谷徳治郎。大伯父は衆議院議員の山谷虎三


注釈

  1. ^ 戸籍上は1935年1月1日[1]
  2. ^ NHKとはこのトラブルから20年以上絶縁状態にあったが、1999年の『玩具の神様』で復帰した。
  3. ^ この移住に際しては、向田邦子から「あんたバカなことおやめなさい。東京を離れたら仕事なンて来ないわよ」と説教されたという[17]。倉本は当時を振り返って「仕事はもうどうでもよくなっていた」と述べている。
  4. ^ このときの経験について後年、「もう二度と監督はやらない」と述べている[18]
  5. ^ 倉本は日活の契約ライターだった時代にプロデューサーから「ナレーションと回想は卑怯な手法」と叩き込まれてそれを忠実に守っていた。山田太一が『それぞれの秋』(1973年)でナレーションを使っているのを見て「こんな手もありだな」と思い、導入することにしたという。その際、山下清の口調を模倣したことで「 - なわけで」といった文体が出ることになった[43]
  6. ^ ただ、語尾については「語尾は性格を表現するので、語尾ほど大事なものはない」とも語っている。

出典

  1. ^ エッセイ集『北の動物園』(扶桑社、2004年)「生年月日」の章を参照 72頁
  2. ^ a b c d e f 斎藤明美『家の履歴書:文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、149-158頁。
  3. ^ 倉本聰・碓井広義『ドラマへの遺言』新潮社〈新潮新書〉、2019年。
  4. ^ 『獨白 2011年3月』p142
  5. ^ “【天風録】倉本聡さん - 中国新聞”. 中国新聞. (2010年5月1日). http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te201005010094.html 
  6. ^ 『獨白 2011年3月』p44、p129
  7. ^ 『獨白 2011年3月』p130
  8. ^ 『獨白 2011年3月』p129
  9. ^ 倉本 聰さんが金光を訪れる 倉本 聰金光ファンの会”. 笠岡放送. 2014年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。
  10. ^ 倉本聰『見る前に跳んだ』日本経済新聞出版社、2016、43-44頁。
  11. ^ "【放送事故伝説】レジェンド脚本家の神業で大事故を回避?". リアルライブ. REAL LIVE. 2 October 2022. 2022年10月2日閲覧
  12. ^ a b ペンネーム「倉本聰」が会社に内緒で脚本執筆していたころ - dot.・2012年12月22日
  13. ^ 『東芝スーパーサウンドグラフィティ The History of the Radio』(ニッポン放送、1989年1月1日)
  14. ^ 『波瀾万丈の映画人生 岡田茂自伝』、角川書店、2004年、165-166頁
  15. ^ 『愚者の旅』(理論社、2002年)
  16. ^ a b c 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(1)」 『毎日新聞』 2009年11月16日、13版、5面。
  17. ^ 『獨白 2011年3月』p14
  18. ^ 『獨白 2011年3月』p186 - 187
  19. ^ a b 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(5)」 『毎日新聞』 2009年11月24日、13版、9面。
  20. ^ a b 「時代を駆ける:倉本聰:SOH KURAMOTO(2)」 『毎日新聞』 2009年11月17日、12版、9面。
  21. ^ 渕沢貴子 (2016年1月12日). “倉本聰さん、舞台演出を引退意向「しんどくなってきた」”. 朝日新聞デジタル. http://www.asahi.com/articles/ASJ1D5RGDJ1DIIPE020.html 2016年5月31日閲覧。 
  22. ^ “脚本家倉本聡氏が演劇引退 17年1月舞台が最後”. 日刊スポーツ. (2016年11月17日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1739148.html 2016年11月17日閲覧。 
  23. ^ “倉本聰さん最後の舞台演出 全国公演「走る」富良野で幕 「長い休息」宣言”. 北海道新聞. (2017年3月9日). http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/dohoku/1-0376724.html 2017年4月5日閲覧。 
  24. ^ 「走る」大千秋楽公演(2017年3月7日)終演後のカーテンコールより 富良野GROUP主宰・倉本聰の挨拶”. 走る 2017. 倉本聰 界隈. 2017年4月5日閲覧。
  25. ^ “テレ朝会長 中高年向け昼ドラ「少なくとも1年間は続ける」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2017年3月28日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/28/kiji/20170328s00041000154000c.html 2017年4月5日閲覧。 
  26. ^ 佐藤剛志 (2017年4月4日). “倉本聰×浅丘ルリ子 若者にこびない「昼ドラ」”. 朝日新聞デジタル. http://www.asahi.com/articles/ASK3P2PP2K3PUCVL004.html 2017年4月5日閲覧。 
  27. ^ “倉本聰さん展示 6テーマで 演劇工場隣に 富良野・施設整備へ基本構想案”. どうしん電子版 (北海道新聞). (2019年8月27日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/338380 2019年8月30日閲覧。 
  28. ^ 山田太一”. みんな子どもだった 倉本聰. BS-TBS. 2016年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月4日閲覧。
  29. ^ 出典により「蔵元」とも
  30. ^ “嫌煙ヒステリーと禁煙ビジネスを斬る!”. iRONNA (産業経済新聞社). (2013年10月31日). https://ironna.jp/article/812 2020年12月25日閲覧。 
  31. ^ 倉本聰「タバコの表現削れと言われたら筆を折る」 ネットで「時代の変化が分かっていない!」と大バッシング
  32. ^ 喫煙シーン検閲「たばこ描けないなら作品書かぬ」と倉本聰氏
  33. ^ 創作の源は「怒りのパッション」 脚本家・倉本聰が語る令和のメッセージ
  34. ^ 僕は煙草を吸う 倉本 聰(脚本家、演出家)”. 愛煙家通信. 喫煙文化研究会. 2020年10月11日閲覧。
  35. ^ 質問・討論コーナー「北の国から元気を出す工夫」”. 北海道心臓協会 (2012年2月). 2022年5月17日閲覧。
  36. ^ 『A-Studio』(TBSテレビ、2010年10月15日)内で二宮和也が証言
  37. ^ “森のささやき点描画に 倉本聰さん徳島市で個展 15日から 「北の国から」の自然表現”. 徳島新聞. (2018年11月14日). https://www.topics.or.jp/articles/-/125374 2019年8月30日閲覧。 
  38. ^ 森のささやきが聞こえますか 倉本聰の仕事と点描画展 (PDF)”. Web東奥. 東奥日報社 (2019年4月25日). 2019年8月30日閲覧。
  39. ^ a b 『週刊文春』2003年3月6日号掲載「連続告発企画 テレビが病んでいる4」pp.168-169
  40. ^ 『倉本聰 テレビドラマ集-1 うちのホンカン』(バップ出版、1976年)
  41. ^ a b 『獨白 2011年3月』p10 - 13
  42. ^ 『三谷幸喜のありふれた生活3 大河な日日』(朝日新聞社、2004年、100頁)
  43. ^ 『獨白 2011年3月』p51 - 52
  44. ^ 『獨白 2011年3月』p265。
  45. ^ 『獨白 2011年3月』pp224 - 229
  46. ^ 別冊宝島『シナリオ入門』(宝島社、2004年)
  47. ^ 『逃げていく街』(新潮文庫、1998年)
  48. ^ テレビドラマデータベース
  49. ^ “テレビ朝日、シニア世代向けに帯ドラマ枠を新設 第1弾は倉本聰氏オリジナル作品”. ORICON STYLE. (2016年6月30日). https://www.oricon.co.jp/news/2074293/full/ 2016年6月30日閲覧。 
  50. ^ 倉本聰の森と老人〜北海道・富良野〜”. NHK (2021年5月18日). 2021年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月22日閲覧。


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倉本聰

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さだまさし」の記事における「倉本聰」の解説

公私共に仲が良くお互い「先生」「まさし」と呼び合う仲である。さだは倉本脚本手がけた人気ドラマ北の国から』の主題歌北の国から〜遥かなる大地より〜」を作曲している。また、倉本骨折した際、さだはライブツアー中で見舞いにも行けず倉本再会できたのはギプス外れてほぼ完治に近い状態であった。しかし、ギプス装着されていた部分体毛以前より濃くなっていたことに気がつき、「まさし、おまえ頭を骨折しろ!」と叫んだとのこと。これも、さだが得意とするステージトークでの自虐ネタとして使用していると共に2人仲の良さ証明しているものである

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倉本聰

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禁煙ファシズム」の記事における「倉本聰」の解説

脚本家の倉本聰は、2010年に『愛煙家通信No.2』において、レストランロビー良い席は常に禁煙とし、喫煙者を悪い席へ追いやる行為は「サービス業に於いてやってはならぬことである」と主張している。かつてのアメリカ白人席と黒人席を分けていたことと同様差別行政後押ししていると持論展開し、「見えないファシズムへのかすかな足音」と表現している

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