小林一茶とは?

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こばやしいっさ 【小林一茶】 ○

1763~1827江戸後期俳人幼名弥太郎、名は信之。別号俳諧寺など。信濃国柏原生まれ。一五歳で江戸に出、俳諧葛飾派の二六庵竹阿に学び、のち夏目成美庇護を受ける。方言俗語を交え、不幸な境遇反映して屈折のある異色作風示した。老年帰郷結婚したが、不遇の中に没した。著「おらが春」「父の終焉日記」など。

小林一茶

読み方こばやし いっさ

江戸後期俳人信濃生。幼名弥太郎、諱は信之、号に俳諧寺・蘇生坊等。江戸へ出て二六庵竹阿に俳諧を学ぶ。句日記七番日記』、俳諧集『おらが春』等のほか発句はニ万句以上に及ぶ。文政10年(1827)歿、65才。

小林一茶

小林一茶の俳句

家なしも江戸の元日したりけり
 

小林一茶

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小林 一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日1763年6月15日) - 文政10年11月19日1828年1月5日))は日本の俳人信濃国柏原で中農の子として生まれた。本名は小林弥太郎[† 1]、一茶とは俳号である。15歳の時に奉公のために江戸へ出て、やがて俳諧と出会い、「一茶調」と呼ばれる独自の俳風を確立して松尾芭蕉与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師の一人となった[2]。別号は圯橋[3]、菊明[3]、新羅坊[4]、亜堂[4]。庵号は二六庵[5]、俳諧寺[6]




注釈

  1. ^ 「父の終焉日記」の前書き部分で、一茶は自らのことを「信之」と名乗っているが、信之という名乗りはこの時のみである上に、農民の名として似つかわしくないことから、小林(1986)p.23では一茶の作り話としている。
  2. ^ 寛政4年(1792年)の柏原本村の戸数148戸、人口は694名、文化14年(1817年)の戸数、人口はそれぞれ148戸、702名であった。
  3. ^ 弟、仙六は専六という資料もあり、そして後に弥兵衛と呼ぶ。ここでは基本的に矢羽(2004)、青木(2013a)、高橋(2017)での記述に従って仙六とする。
  4. ^ 津田(1966)p.271によれば、津田左右吉は一茶は継母から虐待を受けていたと判断している。
  5. ^ 矢羽(1995)p.49では、小林一茶の研究家の丸山一彦、小林計一郎が、天明7年の渭浜庵執筆一茶は小林一茶ではなく他の一茶を名乗った人物なのではないかとの疑問を紹介している。しかし小林計一郎は後の自著、「一茶 その生涯と文学」p.105、p.182において天明7年の渭浜庵執筆一茶は小林一茶であるとし、すでに定説となっていると認めており、また大谷(2010)p.14、一茶記念館刊行の「解説 一茶の生涯と文学」p.25でも同様の紹介がなされている。ここでは天明7年(1787年)春に刊行された真砂古に入集している渭浜庵執筆一茶は、小林一茶であることは有力な説であるとの記述とする。
  6. ^ 矢羽(1995)p.27によれば、一茶という俳号を名乗った人物は、小林一茶以前から同年代までに6名、そして死後に1名の計7名いたことが確認されている。
  7. ^ 本文でも既述したように「寛政三年紀行」は一茶29歳の寛政3年に原本が作られ、40代半ばに改作されたものが残っている。金子(2012)p.98では、寛政三年紀行で述べられている一茶の思想は、29歳時点ですでに形作られつつあって、40代半ばの改作時に整理した形として記述されたとしている。
  8. ^ 矢羽(2004)p.162によれば、父の終焉日記という題名は束松露香によるものであり、束松の命名が定着している。
  9. ^ 父の終焉日記には、父の遺言状について特に記載されていない。後藤、宗村(2016)p.142 では、その後の遺産相続問題の経緯から見て、遺産を均分相続させるとの内容の遺言状が実在したことは間違いないと判断している。
  10. ^ 青木(2012)p.54によれば、随斎とは夏目成美の別号である。
  11. ^ 一茶園月並の実施期間は、残存資料から文化元年(1804年)4月から文化2年(1805年)6月までの1年あまりとされている。矢羽(1994)p.8では前後もう少し長い期間行われていた可能性もあるとしている。
  12. ^ 矢羽(2013)p.25、玉城(2013)p.333で説明がされているように、句中のきりぎりすはコオロギのこと。
  13. ^ 花嬌の生年は不明であるが、矢羽(1993)p.515では一茶よりも一回り程度年長であると推定している。ただし小林(2002)p.135によれば、研究者によって推定年齢にはかなりの幅があり、矢羽の推定よりも10歳前後年長、年少の推定もあり、最も高齢の推定と年少の推定では20歳程度の開きがある。最も年少の推定によれば、花嬌は一茶よりも数年年長程度となる。
  14. ^ 遺産分割解決の時期は、矢羽(1993)pp.50-51では8月、小林(2002)p.63では11月とされている。ここでは合意文書である「取極一札之事」が11月に交わされたとの記述とする。
  15. ^ 高橋(2017)p.94によれば、文化10年(1813年)4月25日、問題の訴訟は柏原宿など三宿側の実質勝訴で決着した。
  16. ^ 矢羽(1993)p.77によれば、一茶は弟仙六から引き渡された布団にはぼろ布切れなどが詰めてあったのに対し、門人からは鳥毛の布団が贈られたと記録している。
  17. ^ いいづな歴史ふれあい館(2012)p.6によれば、芋川の門人草間由水が慶応2年(1866年)当時「俳諧寺由水一茶継承者」を自称し、さらに由水の門人にあたる古町(飯綱町)の上野一翁が明治32年(1899年)俳諧寺二世襲名披露を企画したが、一翁に対抗していた泥ノ木(長野市豊野町)の丸山可秋が先手を取り一茶家子孫の許しを得て二世を襲名してしまったため、一翁は三世を自称した。
  18. ^ 栗山(1976)pp.294-296では、近代俳句の中でオノマトペを上手く用いたとされる川端茅舍と一茶の句との比較検討がされている。

出典

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