家なしも江戸の元日したりけり
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評 言 |
人間とくに庶民の生活を、俳諧の伝統や風雅観などにこだわらず、理性味と生気とをもってたくましく、実感を大切にして表現しつづけた、小林一茶の一句である。俳諧(俳句)が時代を超えていけるのかの問いかけに、とある示唆を受ける。それは、社会に生きる人間の実際のありさまを、堂々と描写することが、時代を超えて人間の生きざまにひびき合うからであろう。 作品は元日のもので、半年以上も不在にしていた江戸の借家が、家主によって他人に貸されてしまい、暮れに江戸にもどってみると、一茶は住む家がなくなっていたのである。夏目成美の家に仮寓することで、正月を迎えることができたが、「家なし」の元日となった。 ところが、その元日の夜、左内町とかいう所から火事が起って、折りからの強風によって、正月のために整えた家々と正月の飾りつけも、すべて灰燼に帰してしまった。文化六年あるいは七年のこととされる。住処を焼かれた人々も、家を失って元日の深夜を過さねばならなくなった。江戸の火事は評判のものであったが、元日の夜の六時か七時頃の、残酷な姿が見えてくる。 「元日や我のみならぬ巣なし鳥」とも詠んで一茶は、胸の閊えをおろしてはいるが、一方では、火災で家なし・巣なしになった人々を思い、人生の転変のはげしさに、生きる苦悩をひしひしと味って、自嘲の笑いをもらしている。 この約百八十年後の現在(平成二十一年)、庶民の生活には共通の想いがある。長びく経済不況の影響で「家なし」・「職なし」の人々が正月を迎え、四月から五月へと‥‥ 一笑の骨太の泣き笑いのメッセージを受け止め、俳句は何ができるのかも考えさせられてしまう。 |
評 者 |
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備 考 |
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