安永6年 (ひのととり 丁酉)
年(年号) |
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| ●1764年 (明和元年) | ■江戸大火 |
| ●1772年 (安永元年) | ■目黒行人坂火事 |
| ●1783年 (天明3年) | ■浅間山噴火 |
| ●1789年 (寛政元年) | ■棄捐令 |
| ●1790年 (寛政2年) | ■石川島に人足寄場を設置 |
| ●1791年 (寛政3年) | ■江戸市中銭湯の男女混浴を禁止 |
| ●1797年 (寛政9年) | ■湯島聖堂を昌平坂学問所と改称 |
1777年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/06 14:19 UTC 版)
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1750年代 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 |
| 年: | 1774年 1775年 1776年 1777年 1778年 1779年 1780年 |
1777年(1777 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、水曜日から始まる平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 1月3日 - アメリカ独立戦争: プリンストンの戦い行われる。
- 1月15日 - ニューコネチカット共和国(バーモント共和国)建国。
- 1月20日 - アメリカ独立戦争: ミルストーンの戦い行われる。
- 4月13日 - アメリカ独立戦争: バウンドブルックの戦い行われる。
- 4月27日 - アメリカ独立戦争: リッジフィールドの戦い行われる。
- 6月14日 - 星条旗がアメリカ合衆国の国旗に制定される。
- 6月26日 - アメリカ独立戦争: ショートヒルズの戦い行われる。
- 7月7日 - アメリカ独立戦争: ハバードトンの戦い行われる。
- 8月16日 - アメリカ独立戦争: ベニントンの戦いが行われる。
- 9月11日 - アメリカ独立戦争: ブランディワインの戦い行われる。
- 9月 - サラトガの戦い勃発。
- 10月6日 - アメリカ独立戦争: クリントン砦とモントゴメリー砦の戦いで英軍勝利。
- 12月20日 - アラウィー朝モロッコ、アメリカ合衆国の船舶との交易を承認。世界で初めてアメリカ合衆国と外交関係を結ぶ国となった(正式な国交樹立は1787年)。
- 12月25日 - ジェームス・クックがキリスィマスィ島に到達。
誕生
- 1月13日 - エリザ・ボナパルト[1]、トスカーナ大公(+ 1820年)
- 2月8日 - ベルナール・クールトア[2]、フランスの化学者(+ 1838年)
- 2月12日 - フリードリヒ・フーケ[3]、ドイツ後期ロマン派の作家(+ 1843年)
- 4月12日 - ヘンリー・クレイ[4][5]、アメリカ合衆国国務長官(+ 1852年)
- 4月30日 - カール・フリードリヒ・ガウス[6]、ドイツの数学者、天文学者(+ 1855年)
- 5月4日 - ルイ・テナール[7]、フランスの化学者(+ 1857年)
- 5月17日 - ロジャー・トーニー[8]、アメリカ合衆国司法長官・財務長官(+ 1864年)
- 6月24日 - ジョン・ロス[9]、イギリスの探検家(+ 1856年)
- 7月14日(安永6年6月10日) - 田能村竹田[10]、南画家(+ 1835年)
- 7月23日 - フィリップ・オットー・ルンゲ[11]、ドイツの画家(+ 1810年)
- 8月14日 - ハンス・クリスティアン・エルステッド[12]、デンマークの物理学者(+ 1851年)
- 8月14日 - フランチェスコ1世[13]、両シチリア王(+ 1830年)
- 9月16日 - ネイサン・メイアー・ロスチャイルド[14]、銀行家(+ 1836年)
- 9月29日(安永6年8月28日) - 田中大秀[15]、国学者(+ 1847年)
- 10月11日 - カジミール=ピエール・ペリエ[16]、フランスの政治家、銀行家(+ 1832年)
- 10月18日 - ハインリヒ・フォン・クライスト[17]、ドイツの劇作家(+ 1811年)
- 11月8日 - デジレ・クラリー、スウェーデン王カール14世ヨハンの妃(+ 1860年)
- 12月2日 - ヘンドリック・ドゥーフ[18]、長崎出島のオランダ商館長(+ 1835年)
- 12月10日(安永6年11月11日) - 伊沢蘭軒[19]、儒学者、医者(+ 1829年)
- 12月12日 - アンリ・ブランヴィル[20]、フランスの動物学者、解剖学者(+ 1850年)
- 12月17日 - フランソワ=マリウス・グラネ[21]、フランスの画家(+ 1849年)
- 12月23日 - アレクサンドル1世[22]、ロマノフ朝第10代ロシア帝国皇帝(+ 1825年)
- 朝寝坊むらく[23][24][25]、落語家(+ 1831年)
- 清元延寿太夫(初代)[26]、清元節の創設者(+ 1825年)
- 三笑亭可楽[27]、落語家(+ 1833年)
- 巻菱湖[28]、書家(+ 1843年)
死去
- 2月24日 - ジョゼ1世[29]、ポルトガル王(* 1714年)
- 7月1日(乾隆42年5月27日) - 戴震[30]、清の学者(* 1724年)
- 7月14日(安永6年6月10日) - 加藤美樹[31]、国学者・歌人(* 1721年)
- 9月25日 - ヨハン・ハインリヒ・ランベルト[32]、ドイツの数学者・物理学者・天文学者(* 1728年)
- 10月14日(安永6年9月14日 - 賀川玄悦[33]、医師(* 1700年)
- 12月12日 - アルブレヒト・フォン・ハラー[34]、スイスの生理学者、解剖学者、医師、植物学者、詩人(* 1708年)
- 12月30日 - マクシミリアン3世ヨーゼフ[35]、バイエルン選帝侯(* 1727年)
脚注
注釈
出典
- ↑ Elisa-Bonaparte - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『クールトア』 - コトバンク
- ↑ 『フケー』 - コトバンク
- ↑ 『クレイ』 - コトバンク
- ↑ 『クレー』 - コトバンク
- ↑ 『ガウス』 - コトバンク
- ↑ 『テナール』 - コトバンク
- ↑ 『トーニー』 - コトバンク
- ↑ John-Ross-British-explorer - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『田能村竹田』 - コトバンク
- ↑ 『ルンゲ』 - コトバンク
- ↑ 『エルステッド』 - コトバンク
- ↑ Francis-I-king-of-the-Two-Sicilies - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ロスチャイルド家』 - コトバンク
- ↑ 『田中大秀』 - コトバンク
- ↑ 『ペリエ』 - コトバンク
- ↑ 『クライスト』 - コトバンク
- ↑ 『ドゥーフ』 - コトバンク
- ↑ 『伊沢蘭軒』 - コトバンク
- ↑ 『ブレーンビル』 - コトバンク
- ↑ Francois-Marius-Granet - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『アレクサンドル』 - コトバンク
- ↑ 『朝寝坊夢楽』 - コトバンク
- ↑ 『朝寝坊夢羅久』 - コトバンク
- ↑ 『三笑亭夢楽』 - コトバンク
- ↑ 『清元延寿太夫』 - コトバンク
- ↑ 『三笑亭可楽』 - コトバンク
- ↑ 『巻菱湖』 - コトバンク
- ↑ 『ジョゼ1世』 - コトバンク
- ↑ 『戴震』 - コトバンク
- ↑ 『加藤美樹』 - コトバンク
- ↑ 『ランベルト』 - コトバンク
- ↑ 『賀川玄悦』 - コトバンク
- ↑ 『ハラー』 - コトバンク
- ↑ Maximilian-III-Joseph - ブリタニカ百科事典
関連項目
1777年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 18:13 UTC 版)
王室建造物局総監を継いだダンジヴィレ伯爵(英語版)と国王首席画家・アカデミー院長ジャン=バティスト・マリー・ピエールは、「大様式」と呼ばれる古典主義的な歴史画の再興を図った。1775年、アカデミーで、歴史画と偉人の大理石彫像の制作を奨励し、完成作は買い取るとともにサロンに展示するという方針が発表された。これを受けて、1777年から1789年にかけてのサロンで奨励制作の作品が発表された。
※この「1777年」の解説は、「サロン・ド・パリ」の解説の一部です。
「1777年」を含む「サロン・ド・パリ」の記事については、「サロン・ド・パリ」の概要を参照ください。
「1777年」の例文・使い方・用例・文例
- ロシアの皇帝で、ロシアの政府を自由化する計画がナポレオンとの戦争のため実現されてなかった(1777年−1825年)
- アメリカ独立戦争における英国の軍司令官で、1777年にタイコンデロガ砦を攻略したがサラトガの戦いで負けた(1722年−1792年)
- 米国の政治家で、自由州と奴隷州の間のミズーリ協定に関与した(1777年−1852年)
- 数の理論を開発して、数学を電磁気学、天文学、および測地学に適用したドイツ人の数学者(1777年−1855年)
- ドイツの劇作家で、その作品で理性と情緒の間で引き裂かれる人々にを扱った(1777年−1811年)
- デンマーク人の物理学者(1777年−1851年)
- スコットランドの探検家で、北西航路を捜し求めながらに、北極探検を率い、地理的発見をもたらした(1777年−1856年)
- 1777年の米国国旗の採用を記念する
- 1777年のページへのリンク
