文禄とは?

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ぶんろく【文祿】

安土桃山時代後陽成天皇の代の年号天正二〇年(一五九二)一二八日改元、文祿五年(一五九六)一〇月二七日至って次の慶長となる。出典は「杜氏通典職官祿秩」の「凡京文武官毎歳給祿」。


文禄

読み方:ブンロクbunroku

安土桃山時代年号(1592~1596)。


文禄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/28 18:52 UTC 版)

文禄ぶんろく旧字体文祿)は日本元号の一つ。天正の後、慶長の前。1593年[注 1]から1596年までの期間を指す。この時代の天皇後陽成天皇、将軍は不在。




注釈

  1. ^ 天正から文禄への改元はグレゴリオ暦1593年1月10日に行われた。和暦が新年を迎えないうちに西暦だけが新年を迎えている期間であった。文禄元年は西暦1593年1月10日から同2月1日までの短期間であるため、和暦と西暦を一対一で対応させようとする場合、天正20年=文禄元年=西暦1592年、文禄2年=西暦1593年となり、実際とはずれがある。
  2. ^ 最長は称光天皇の即位16年後で、これは将軍足利義持が代始改元を阻止しその死まで延期せざる得なかったため。結局、称光天皇が代始した正長の元号は3か月後の天皇崩御により一年で終わった。2番目に長いのは霊元天皇の即位10年後で、これは践祚の直前、内裏の火災という災異で改元したばかりであることによる。結局、再び内裏で火災が起こり改元に至った。
  3. ^ 文禄4年に改元を願い出たが朝廷が拒否。

出典

  1. ^ 三鬼清一郎 「豊臣秀吉文書に関する基礎的研究」(『名古屋大学文学部研究論集史学』34号、1988年)
  2. ^ 神田裕理『戦国・織豊期の朝廷と公家社会』(校倉書房、2011年) ISBN 978-4-7517-4300-3 第一部第一章「織豊期の改元」


「文禄」の続きの解説一覧

文禄

出典:『Wiktionary』 (2021/08/21 06:38 UTC 版)

固有名詞

ぶんろく

  1. 日本元号一つ天正次で慶長の前。1592年12月8日から1596年10月27日までの期間のこと。

由来

通典職官十七




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