吉川英治とは?

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よしかわえいじ よしかはえいぢ吉川英治 ○

1892~1962 小説家横浜市生まれ本名は英次(ひでつぐ)。「鳴門秘帖」「宮本武蔵」により大衆文学第一人者となり、以後国民作家と呼ぶにふさわしい作品数多く生んだ。代表作新書太閤記」「新平家物語」「私本太平記

吉川英治

吉川英治の俳句

苗代の青や近江は真つ平ら
 

吉川英治

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吉川英治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/26 23:20 UTC 版)

吉川 英治(よしかわ えいじ、1892年明治25年〉8月11日 - 1962年昭和37年〉9月7日)は、日本小説家。本名、吉川 英次(よしかわ ひでつぐ)。現在の神奈川県横浜市中区出身。




  1. ^ 「吉川英治と明治の横浜 : 自伝小説『忘れ残りの記』を解剖する」(横浜近代文学研究会編)は、山元町商店街の「梅ノ湯」という銭湯の辺りとする。現在ではマンション「ランドシティ横濱」
  2. ^ 『回想の日本海軍』(原書房)所収の、「吉川英治先生と海軍」
  3. ^ 「吉川英治氏が250万円で筆頭 芸能人の所得番付」『日本経済新聞』昭和24年4月12日2面
  4. ^ 「吉川英治記念館 入館者減で閉館 20日最終日」毎日新聞2019年3月17日
  5. ^ 異説として、日本の敗戦が影響したという見解がある。その根拠に、1945年8月23日掲載分をもって作品が中絶していること、および中田耕治が指摘しているように「吉川英治も、戦争に協力した作家の一人と見られて、戦後はほとんど沈黙していた。」(中田耕治「異端作家のアラベスク」青弓社、1992年7月1日。143頁)ことが挙げられる。この点について葉室麟は次のように指摘している。「戦前生まれの作家って多かれ少なかれ「戦争協力」せざるを得なかった、これはある意味当然のことだと思います。吉川さんについて言えば『新書太閤記』で豊臣秀吉を書いているのですが、「小牧・長久手の戦い」が終わったあたりでフッと終わっていきます。何が起きたかというと、そこで日本が戦争に負けたんです。」(「戦時の小説家が行っていた「戦争協力」とは?」2015年10月11日15時配信、2020年3月16日閲覧)実際に吉川は、日中開戦後の1937年に「東京日日新聞」の従軍記者としていち早く中国に行き「迷彩列車」という戦争文学を発表して戦争に協力している。





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