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加藤幸子 (作家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/09 23:05 UTC 版)

加藤 幸子
生誕 (1936-09-26) 1936年9月26日
日本の旗 日本北海道札幌市
死没 (1936-09-26) 1936年9月26日(-88歳没)
日本の旗 日本東京都
国籍 日本の旗 日本
教育 農学
出身校 北海道大学農学部
職業 小説家ナチュラリスト
活動期間 1981年 - 2024年
時代 昭和後期 - 令和
雇用者 農林省農業技術研究所日本自然保護協会
団体 日本野鳥の会(理事)
著名な実績 芥川賞受賞
東京港野鳥公園の設立に貢献した市民運動
代表作 『野餓鬼のいた村』
『夢の壁』
『長江』
『尾崎翠の感覚世界』 他
流派 純文学ネイチャーライティング
活動拠点 東京港野鳥公園ほか
加藤静夫
受賞 新潮新人賞
芥川賞
芸術選奨文部大臣賞
毎日芸術賞
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加藤 幸子(かとう ゆきこ、1936年9月26日 - 2024年3月30日[1])は、日本小説家芥川賞毎日芸術賞受賞。

劇作家加藤道夫の姪[2]鉱床学者加藤武夫の孫[3]かもしか学園西川町)園長[4]

生涯

出生と北京時代

父は、農林技師・農業昆虫学者の加藤静夫(かとう しずお、1906年 - 1962年[5])。 1936年(昭和11年)、父の勤務先の北海道札幌市に生まれる[6]。なお、父自身は米沢の出身[7]

1941年(昭和16年)に父静夫が北京大学理学院の教授に就任[5]したことにより、5歳から11歳までの間を北京で過ごした[6][8]。 幸子は日本軍政下の北京にあった国民学校に入学する。 家族が北京にいた時期は、日中戦争から敗戦、そして戦後の時期にあたる[9]

日本の敗戦に伴い、父静夫は北京大学を退職したが、専門性が買われ、中華民国農林部華北農事試験場に病虫係として留用された[5]。そのため、幸子も含め家族は、戦後も北京に留まることとなる。 また、敗戦により北京の統治権は中華民国政府に移り、北京の国民学校は閉鎖となった。加藤幸子が後年、北京時代の体験をベースに小説『夢の壁』や『北京海棠の街』などを創作するが、そこでは主人公佐智は、国民学校が閉鎖の後、北京のカトリック系国際学校に通い、様々な国籍の子供との交流を経験する[10]

父静雄の留用は2年間で終了し、1947年(昭和22年)に加藤一家は日本に引き揚げた[6][11]北海道立文学館は、この北京での特異な少女時代の体験こそが「加藤文学の原点となった」と評している。父親の外地勤務という巡り合わせが、後年の代表作『夢の壁』をはじめとする作品世界の土台を形づくったという[11]

帰国後は、東京都世田谷区にあった祖父・加藤武夫(鉱床学者)の家で育った[12]恵泉女学園高等学校[1]在学中には、同居していた叔父、即ち三島由紀夫らとも交流があった劇作家の加藤道夫が自殺し、大きな衝撃を受けたという[13]

北海道大学時代と自然保護協会勤務

北海道大学農学部に進学し[6]、在学中は文学登山に親しむ活動的な学生生活を送った。この時期に自然へのまなざしや旅への関心が育まれたとされる[11]。同大学卒業後、農林省農業技術研究所[6]を経て、日本自然保護協会に勤務し、自然保護を学ぶことになる[7]。 その後、結婚して大田区に新居を構え、出産を機に同協会を退職した。[14]

子育て中の加藤幸子は大田区の近所のママさんたちと共に、子どもを連れて自然の中で過ごすための会「小池しぜんの子」を結成した。1972年から1989年まで同会代表を務めた[15]

作家活動

1982年、「野餓鬼のいた村」で新潮新人賞受賞[6]、続いて1982年下半期(1983年1月)、「夢の壁」で芥川賞受賞[6]。1991年、『尾崎翠の感覚世界』で芸術選奨文部大臣賞受賞[6]、2002年、『長江』で毎日芸術賞受賞[6]。自然と人間の共生を主要なテーマとする。2013年には未知谷より『加藤幸子自選作品集』全5巻が刊行された。

野鳥愛好家としても知られ、日本野鳥の会理事を務め、東京港野鳥公園の設立にも尽力した[16]

2024年3月30日に心不全により死去。87歳没[17]

著書

単著

  • 『夢の壁』新潮社 1983 のち文庫
  • 『翡翠色のメッセージ』新潮社 1983
  • 『鳥よはばたけ』学習研究社 1984
  • 『北京海棠の街』新潮社 1985
  • 『私の花鳥賦』文化出版局 1985
  • 『野鳥の公園奮闘記 わが町東京』三省堂 1986
  • 『自然連祷』文藝春秋 1987
  • 『時の筏』新潮社 1988
  • 『わたしの動物家族』朝日新聞社 1988
  • 『2020年トキオの森』新学社全家研(少年少女こころの図書館) 1989
  • 『尾崎翠の感覚世界』創樹社 1990 萬書房 2015
  • 『極楽蜻蛉一家の贈り物』講談社 1990
  • 『私の自然ウォッチング』朝日新聞社 1991 のち文庫
  • 『苺畑よ永遠に』新潮社 1993
  • 『翼をもった女』講談社 1996
  • 『森は童話館』桐原書店 1996
  • 『鳥のことば人のことば』KSS出版 1998
  • 『ジーンとともに』新潮社 1999 『心ヲナクセ体ヲ残セ』角川文庫 
  • 『茉莉花の日々』理論社 1999
  • 『夢の子供たち』講談社 2000
  • 『ナチュラリストの生きもの紀行』DHC 2001
  • 『長江』新潮社 2001
  • 『池辺の棲家』講談社 2003 角川文庫、2007 
  • 『鳥よ、人よ、甦れ 東京港野鳥公園の誕生、そして現在』藤原書店 2004
  • 『家のロマンス』新潮社 2006
  • 『蜜蜂の家』理論社、2007
  • 『自然連祷 加藤幸子短篇集』未知谷 2008
  • 『〈島〉に戦争が来た』新潮社 2010
  • 『くさはら』酒井駒子絵 福音館書店 2011
  • 加藤幸子自選作品集』全5巻 未知谷 2013
  • 『十三匹の犬』新潮社、2016 

共著・編集

  • 『キビとゴマ 中国女流文学選』辻康吾共編 研文出版 1985
  • 兎追いし日々 光文社 1989(「光る話」の花束)
  • 『鳥たちのふしぎ・不思議』浜田剛爾,島田璃里,樋口広芳共著 (晶文社 1993

翻訳

脚注

  1. 1 2 加藤幸子(かとうゆきこ)【小説家】」『人物名鑑オンライン』株式会社ジテンオン。2026年4月14日閲覧
  2. 加藤道夫(かとうみちお)【劇作家】」『人物名鑑オンライン』株式会社ジテンオン。2026年4月14日閲覧
  3. 加藤武夫(かとうたけお)【鉱床学者】」『人物名鑑オンライン』株式会社ジテンオン。2026年4月14日閲覧
  4. 座会『集客交流産業による地域振興』ハイライフ研究所、平成13年2月19日
  5. 1 2 3 長谷川仁「明治以降物故昆虫学関係者経歴資料集 - 日本の昆虫学を育てた人々」『昆蟲』第35巻第3号、東京昆蟲學會(現 日本昆虫学会)、1967年、27-28頁、 ISSN 0915-5805
  6. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 加藤幸子 | 著者プロフィール | 新潮社
  7. 1 2 加藤幸子とは”. コトバンク(デジタル版 日本人名大辞典+Plus). 講談社. 2026年9月3日閲覧。
  8. 加藤幸子著『自然連祷』未知谷
  9. 日中戦争の時代であるが、この時期は既に前線が大きく南下しており、北京での大きな戦闘はおさまっていた
  10. 『夢の壁』 加藤幸子 | 新潮社
  11. 1 2 3 追悼 加藤幸子氏”. 北海道立文学館. 2026年9月3日閲覧。
  12. 異類だらけの景色 ——加藤幸子のまなざし—— (4/11) (PDF)立教大学。2026年4月14日閲覧
  13. 加藤道夫(カトウミチオ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 平凡社(百科事典マイペディア). 2026年9月3日閲覧。
  14. 『ナチュラリストの生きもの紀行』(DHC)第1章 ナチュラリストへの道
  15. 加藤幸子(かとうゆきこ)【小説家】”. 芥川賞のすべて・のようなもの. 2026年9月3日閲覧。
  16. 作家の加藤幸子さん死去 「夢の壁」で芥川賞、野鳥愛好家としても”. 朝日新聞デジタル (2024年4月4日). 2024年4月4日閲覧。
  17. 芥川賞作家の加藤幸子さん死去、87歳…「夢の壁」「長江」”. 読売新聞オンライン (2024年4月4日). 2024年4月4日閲覧。

参考文献




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