森敦とは? わかりやすく解説

もり‐あつし【森敦】


森敦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/09 02:13 UTC 版)

森 敦
(もり あつし)
誕生 1912年1月22日
日本長崎県長崎市銀屋町
死没 (1989-07-29) 1989年7月29日(77歳没)
日本東京都新宿区河田町
墓地 光照寺
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本
最終学歴 第一高等学校中退
活動期間 1934年 - 1989年
ジャンル 小説
代表作月山』(1973年)
鳥海山』(1974年)
『意味の変容』(1984年)
『われ逝くもののごとく』(1987年)
主な受賞歴 芥川龍之介賞(1974年)
野間文芸賞(1987年)
デビュー作 『酩酊船』(1934年)
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森 敦(もり あつし、1912年明治45年)1月22日 - 1989年平成元年)7月29日)は、日本小説家

来歴・人物

長崎市(当時の銀屋町)出身。幼少期は朝鮮・京城府(今のソウル)で暮らし、京城中学校に学ぶ。1931年昭和6年)に旧制第一高等学校に入学するも翌年退学。この頃、菊池寛に見出される。横光利一に師事し、その推薦により1934年(昭和9年)、22歳で東京日日新聞大阪毎日新聞に「酩酊舟〔よいどれぶね〕」を連載、事実上の処女作となる[1]。同年、太宰治檀一雄中原中也中村地平らと文芸同人誌『青い花』の創刊に参加したが、作品の発表には至らず、奈良・東大寺の瑜伽山(ゆかやま)に住む。1941年(昭和16年)5月、横光利一夫妻の媒酌で前田暘〔よう〕と結婚。

1945年(昭和20年)頃から妻の故郷である山形県酒田市に住み、以後同県庄内地方を転々とする。1951年(昭和26年)8月下旬、鶴岡市にある真言宗の古刹・龍覚寺の住職の勧めで翌年春まで湯殿山注連寺に滞在する。尾鷲(三重)、弥彦(新潟)、大山(鶴岡)などを転々とした後、1966年(昭和41年)以降は東京都内に居を構える。印刷会社に勤務の傍ら、同人誌『ポリタイア』に「天上の眺め」その他の短編を発表。『季刊芸術』第26号(1973年7月)に発表した中編「月山」で、1974年に第70回芥川龍之介賞受賞[1]。62歳での受賞は、2013年黒田夏子が75歳で受賞するまで39年にわたって最高齢受賞記録であった。

他に『鳥海山』、『意味の変容』、第40回野間文芸賞受賞の長編『われ逝くもののごとく』などがある。なお、『意味の変容』は、『群像』に連載されていたものを再編し筑摩書房から出版されたもので、同じ時期に『群像』に連載を持っていた柄谷行人の強い要望によって出版が実現した。柄谷は、日本文学史上類例をみない奇跡的な私小説であり、その評価は非常に高いと言う(ちくま文庫の解説には岩井克人浅田彰中上健次等も賛辞を寄せている)。数学者の森毅は、理系的センスを褒めた。また『森敦全集』第2巻(筑摩書房)には先駆稿を含め搭載されている。山形県朝日村名誉村民(現鶴岡市名誉市民)。

森富子ははじめ文学の弟子で、のち養女となり森夫妻の面倒を見た。職業作家としてのデビューはたいへんに遅かったが、手広い交友関係を持ち、また評価者も多かった。殊に小島信夫とは1949年ころからの知り合いであり、作家でシンガーソングライターの新井満は森によって見出された。小島の大長編『別れる理由』は、作中に森敦が登場することによって完結し、その後『群像』で小島と森は対談を連載した。小島の証言によれば、ありし日の文学同人らから「モリトン」と呼ばれていたという。

年譜

著書

  • 月山』(河出書房新社、1974年)、新版再刊
  • 鳥海山』(河出書房新社、1974年)→「月山・鳥海山」(文春文庫、1979年、改版2017年)
  • 『文壇意外史』(朝日新聞社、1974年)→「星霜移り人は去る わが青春放浪」(角川文庫、1979年)
  • 『私家版 聊齋志異』(潮出版社、1979年)→(小学館、2018年)
  • 『わが青春 わが放浪』(福武書店、1982年)→(福武文庫、1986年)→(小学館、2017年)
  • 『わが風土記』(福武書店、1982年)
  • 『意味の変容』(筑摩書房、1984年)→(ちくま文庫、1991年)→「意味の変容・マンダラ紀行」(講談社文芸文庫、2012年)→(新編・ちくま学芸文庫、2024年)
  • 『月山抄』(河出書房新社、1985年)
  • 『マンダラ紀行』(筑摩書房、1986年)→(ちくま文庫、1989年)
  • 『われ逝くもののごとく』(講談社、1987年)→(講談社文芸文庫、1991年)
  • 『十二夜 月山注連寺にて』(実業之日本社、1987年)
  • 『われもまた おくのほそ道』(日本放送出版協会、1988年)→(講談社文芸文庫、1999年)
  • 『浄土』(講談社、1989年)→(講談社文芸文庫、1996年)、短篇集
  • 『わが人生の旅 上 天の遊び』『― 下 百里を行く者』(弘済出版社、1990年)
  • 『天に送る手紙』(小学館、1990年)→(小学館ライブラリー、1996年)
  • 『酩酊船 森敦初期作品集』(筑摩書房、1990年)→(講談社文芸文庫、2008年)
  • 森敦全集』全8巻、別巻1(筑摩書房、1993-1995年)
1-6は作品、7・8はエッセイ、別巻は書簡・書誌・年譜

共著・対談集

  • 『浦島太郎の人間探検記』(青春出版社、1975年)
  • 『森敦のおかっぱ愛情学 どう愛し、どう生きるか』[6](主婦と生活社、1975年)
  • 『一即一切、一切即一 『われ逝くもののごとく』をめぐって』(法蔵館、1988年)
  • 小島信夫『対談・文学と人生』(講談社文芸文庫、2006年)

翻訳

  • 尾崎紅葉金色夜叉』現代語訳『明治の古典』学習研究社、1982年
  • ドナルド・T・ローデン『友の憂いに吾は泣く 旧制高等学校物語』監訳(上下、講談社、1983年)
  • 洪思重『韓国人の美意識』監訳(三修社、1984年)

脚注

  1. ^ a b 森敦|人物”. NHKアーカイブス. NHK. 2023年10月30日閲覧。
  2. ^ 「作家・森敦さん死去」読売新聞1989年7月30日朝刊31面
  3. ^ 森 敦”. www.asahi-net.or.jp. 2024年12月9日閲覧。
  4. ^ 大塚英良『文学者掃苔録図書館』(原書房、2015年)234頁
  5. ^ 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)327頁
  6. ^ 毎日新聞社の週刊誌「サンデー毎日」に連載対談をもっていた

関連書籍

  • 森敦先生文学記念碑建立並びに記念文集刊行実行委員会「森敦と月山」(東北出版企画、1981年)
  • 井上謙『森敦 あれから十年』(文泉堂出版、1984年)
  • 新井満『森敦 月に還った人』(文藝春秋、1992年)
  • 井上謙『森敦論』(笠間書院、1997年)
  • 森富子『森敦との対話』(集英社、2004年)
  • 森富子『森敦との時間』(綜合社、2012年) 
  • 二ノ宮一雄『いのちの場所』(日本随筆家協会、2008年)ISBN 978-4-88933-334-3

関連人物

外部リンク


森敦

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中島敦」の記事における「森敦」の解説

小説家中島敦京城中学校4年のとき、森敦が2年生在学していた。乾物屋の倅だった森敦は、卒業後は山口高等学校進学しようとかと思っていたが、自分の同じ名の「敦」という4年生第一高等学校文科甲類3番合格したというニュース地元新聞京城日報』で知り自分一高合格目指そうと一念発起したという。そして、東京帰国した中島意見求め手紙を出すと、一高勧める親切な返信があったという。

※この「森敦」の解説は、「中島敦」の解説の一部です。
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