二・二六事件〜鈴木貫太郎襲撃〜とは? わかりやすく解説

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二・二六事件〜鈴木貫太郎襲撃〜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 14:03 UTC 版)

安藤輝三」の記事における「二・二六事件〜鈴木貫太郎襲撃〜」の解説

詳細は「鈴木貫太郎」を参照 事件3年前1933年昭和8年)に、安藤日本青年協会富永半次郎青木常磐と共に鈴木貫太郎邸を訪問し時局について話を聞いた事があり面識があった。 鈴木安藤親しく歴史観国家観説き諭し安藤大きな感銘受けた面会後、安藤鈴木について「噂を聞いているのと実際に会ってみるのでは全く違ったあの人鈴木)は西郷隆盛のような人で懐の深い大人物だ」と語っている。後に鈴木座右の銘にしたいという安藤要望応えて書を送っている。事件に際して安藤鈴木一時的に監禁することで済ませることはできないか考えていた。 決起に対して慎重な態度取り続け、あくまで合法的闘争の道を主張したため、磯部らは一時安藤抜きで計画検討した。しかし、安藤最終的に成功見込みが薄いとは知りながらも、同志見殺しにすることをよしとせず、直前23日になって参加決断した。だが反乱巻き込まれ部下達は、後に忌避され前線送られ死ぬ者が多かった決断後は積極的に同志集め叛軍最大勢力である歩3を統率して見せた。歩3からは全反乱部隊の総兵力60%が参加した午前5時頃に鈴木貫太郎襲撃した。はじめ安藤の姿はなく、下士官兵士たち発砲命じた鈴木は三発を左脚付根、左胸、左頭部被弾し倒れ伏した血の海の中となった八畳間に安藤が入ると、「中隊長殿、とどめを」と下士官一人促した安藤軍刀を抜くと、部屋の隅で兵士押さえ込まれていた鈴木の妻・たかが「お待ちください!」と大声叫び、「老人ですからとどめは止めてください。どうしても必要というならわたくしが致します」と気丈に言い放った安藤うなずいて軍刀収めると、「鈴木侍従長閣下敬礼する気をつけ捧げ銃」と号令し、たかの前に進み出てまことにお気の毒なことをいたしました。我々は閣下に対して何の恨みもありませんが、国家改造のためにやむを得ずこうした行動をとったのであります」と静かに語った。 たかの「あなたはどなたです」の問い官職もなにも付けず安藤輝三」とのみ答えた伝えられるこの後女中にも自分後で自決をする意思伝え兵士引き連れて官邸引き上げた鈴木安藤処刑後に「首魁のような立場にいたから、止むを得ずああいうことになってしまったのだろうが、思想という点では実に純真な惜し若者死なせてしまったと思う」と記者に対して述べている。また「安藤がとどめをあえて刺さなかったから自分生きることができた。彼は私の命の恩人だ」とも語っている。

※この「二・二六事件〜鈴木貫太郎襲撃〜」の解説は、「安藤輝三」の解説の一部です。
「二・二六事件〜鈴木貫太郎襲撃〜」を含む「安藤輝三」の記事については、「安藤輝三」の概要を参照ください。

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