久米邦武とは?

くめ‐くにたけ【久米邦武】


くめ‐くにたけ【久米邦武】


くめくにたけ 【久米邦武】

明治期歴史学者佐賀藩の子。号は易堂。江戸昌平坂学問所学び藩校弘道館教授明治になり岩倉具視遣外使節宗教取調係として随行、のち東京帝大教授になったが、「神道祭天古俗」との論文発表保守派攻撃され免官。のち早大日本史教えた。著『日本古代史神道との関係』他。(一八三九~一九三一

久米邦武


久米邦武

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/17 06:07 UTC 版)

久米 邦武(くめ くにたけ、1839年8月19日天保10年7月11日) - 1931年昭和6年)2月24日)は、日本歴史学者[1]。幼名を泰次郎、のち丈一郎。易堂と号す。洋画家の久米桂一郎は子、外交官の久米邦貞は曾孫に当たる。


  1. ^ 朝日日本歴史人物事典「久米邦武」
  2. ^ 岡田俊裕著『日本地理学人物事典 [ 近代編 1 ] 』 原書房 2011年 34ページ
  3. ^ 内容構成は、視察日記文を軸とし、歴訪国と首都の「総説」を付けている。訪問しなかったスペインポルトガルは「略記」を補って全欧州の地理書としている。加えて五巻に及ぶ欧州「総論」を詳述し、それらの自然・人文・社会等の分野にも言及し、充実した欧米地誌に仕上げている。(岡田俊裕著『日本地理学人物事典 [ 近代編 1 ] 』 原書房 2011年 34-35ページ)
  4. ^ 上杉聰 2018, p. 50.
  5. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)11頁
  6. ^ 違和感の日本史 本郷和人
  7. ^ 『官報』第1952号「叙任及辞令」1889年12月28日。


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