三宅驥一とは? わかりやすく解説

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三宅驥一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/04 09:11 UTC 版)

三宅 驥一(みやけ きいち、1876年11月11日 - 1964年3月30日)は、兵庫県出身の植物学者。理学博士(東京帝国大学)。

1889年同志社普通学校に入学し、1893年に卒業、同志社ハリス理化学校に進む。1896年に同校を卒業するも、その翌年財政難により廃校に至る。三宅はその存続を図るべく尽力したが実現せず、やむなく同志社を去り、1897年東京帝国大学理科植物学科選科に入学した。選科修了後コーネル大学に学び、博士号を取得、さらにボン大学で研究を続ける。帰国後、同志社普通学校講師を経て、1906年に東京帝国大学農科大学講師に就任する。助教授、教授になり、1937年に定年により退職した。

日本水産学会会長、日本遺伝学会会長、同志社校友会第9代会長を務めた。

先代
中瀬古六郎
同志社校友会会長
1906年 - 1907年
次代
原田助



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