尾張藩とは?

尾張藩

読み方:オワリハン(owarihan)

尾張愛知郡名古屋の藩名。

別名 名古屋藩


尾張藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/31 15:37 UTC 版)

尾張藩(おわりはん)は、愛知県西部にあって尾張一国と美濃三河及び信濃木曽の山林)の各一部を治めた親藩徳川御三家中の筆頭格であり、諸大名の中で最高の格式(家格)を有した。尾張国名古屋城(愛知県名古屋市)に居城したので、明治の初めには「名古屋藩」とも呼ばれた。藩主は尾張徳川家。表石高は61万9500石。




  1. ^ 尾張藩角川日本地名大辞典(旧地名編)
  2. ^ ただし明治維新後に、稲葉騒動が起きている
  3. ^ 『圓覺院様御伝二十五箇条』近松茂矩記
  4. ^ 『圓覺院様御伝二十五箇条』近松茂矩記
  5. ^ 吉宗から三か条の詰問を受けたにも関わらず、宗春は無視して政策を推し進めたとする説もあるが、吉宗から咎めを受けたという公式記録は存在していない。
  6. ^ 『徳川実紀』
  7. ^ 『軍書合鑑』徳川義直著
  8. ^ 『一条兼香公記』には、紀州藩を批判し、尾張藩を持ち上げる記述が散見される。
  9. ^ 第4代藩主吉通の長女信受院千姫は、五摂家の九条家に嫁ぎ、その血筋は多くの家に繋がっていった。現在の皇室にも繋がっている。また、御附家老竹腰家にも第2代藩主光友の血筋は伝わっている。
  10. ^ 市ヶ谷川田窪に江戸屋敷を構えたことに由来する。定府
  11. ^ 梶川勇作「尾張藩における「給人領」とその給人(後編)」(金沢大学文学部論集 史学・考古学・地理学篇、18号、1998年)P.44
  12. ^ 梶川勇作「尾張藩における「給人領」とその給人(前編)」(金沢大学文学部論集 史学科篇、10号、1990年)P.44
  13. ^ 梶川勇作「近世の尾張藩における尾張衆とその知行地(後編)」(金沢大学文学部 地理学報告, No.8,1997年)P.40、P.50


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