佐倉藩とは? わかりやすく解説

佐倉藩

読み方:サクラハン(sakurahan)

下総印旛郡佐倉藩名


佐倉藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/25 06:07 UTC 版)

佐倉藩(さくらはん)は、下総国印旛郡の佐倉(現在の千葉県佐倉市周辺)に置かれた。徳川家康の関東入国以来、佐倉地域は江戸東方の要衝として重視され[1]、一門・譜代大名が配置された。1610年に入封した土井利勝は、近世佐倉城とその城下町(現在の佐倉市中心地区)を築いた。江戸時代前期から中期にかけては幕閣の封地となり、藩主家は頻繁に交替したが、1746年に堀田氏が再封されて定着し、廃藩置県まで続いた[2]。藩史の過半を占める堀田氏の石高はおおむね11万石で、現在の千葉県域では最大の藩であった[1]


注釈

  1. ^ 中村孝也『徳川家康の研究』では、佐倉に封じられた人物を「三浦監物義次」とある。『寛政重修諸家譜』によれば、佐倉に封じられた三浦氏の人物は「三浦監物重成」である。『大網白里町史』は「義次とこの重成が同一人物であるかどうかは、現在のところ判定しえない」としている(本文では佐倉に封じられた人物として「重成」を採用)[7]
  2. ^ 『佐倉市史』によれば、天正19年(1591年)に知行割りが行われ、上総国大網(現在の大網白里市大網)・本納(現在の茂原市本納)および下総国佐倉で1万石が宛がわれた[7]
  3. ^ 現在の佐倉城址公園。城跡の一画に国立歴史民俗博物館が建つ。
  4. ^ 印旛県庁は最終的に現在の千葉県流山市に置かれた(葛飾県印旛県庁跡参照)。佐倉には支所が置かれた。

出典

  1. ^ a b c d 城下町のなりたち”. 佐倉市 (2018年5月1日). 2022年3月8日閲覧。
  2. ^ a b 佐倉藩”. 日本大百科全書(ニッポニカ). 2020年11月10日閲覧。
  3. ^ 平成29年度特別展「戦国時代の千葉氏―古文書が語る争乱―」”. 千葉市立郷土博物館. 2022年2月26日閲覧。
  4. ^ 『日本歴史地名大系 千葉県の地名』, p. 376.
  5. ^ a b c 本佐倉城と千葉氏”. 酒々井町. 2020年11月11日閲覧。
  6. ^ 佐倉藩”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. 2020年11月10日閲覧。
  7. ^ a b 家康の関東支配と上総武士の去就 (2) 三浦監物の町域支配 大網村(大網白里町史)”. 大網白里市/大網白里市デジタル博物館(ADEAC所収). 2019年9月11日閲覧。
  8. ^ 佐倉藩”. 世界大百科事典 第2版. 平凡社. 2020年11月10日閲覧。
  9. ^ a b 佐倉藩”. 百科事典マイペディア. 平凡社. 2020年11月10日閲覧。
  10. ^ 佐倉藩”. 藩名・旧国名がわかる事典. 講談社. 2020年11月10日閲覧。
  11. ^ 本佐倉城跡”. 国指定史跡ガイド. 2020年11月15日閲覧。
  12. ^ 本佐倉城”. 日本の城がわかる事典. 2020年11月15日閲覧。
  13. ^ 13.佐倉城と国立歴史民俗博物館”. 千葉県教育委員会. 2020年11月15日閲覧。
  14. ^ 柴田龍司 1986, p. 441.
  15. ^ a b 『房総における近世陣屋』, p. 26, PDF版 28/313.
  16. ^ 柴田龍司 1986, p. 442.
  17. ^ a b c d e f g h i j k l m n 佐倉藩(近世)”. 角川日本地名大辞典(旧地名)(JLogos所収). 2020年11月15日閲覧。
  18. ^ 大多和四郎右衛門(義人・東金名主)(東金市史)”. 東金市/東金市デジタル歴史館(ADEAC所収). 2019年9月11日閲覧。
  19. ^ 西山形コミュニティセンター”. 山形市. 2020年11月15日閲覧。
  20. ^ 佐倉 オランダ 長崎”. 田上市長のホッとトーク(市長コラム). 長崎市 (2014年11月28日). 2020年11月15日閲覧。
  21. ^ a b c d 西山形の史跡案内”. 社会福祉法人やまがた市民福祉会. 2020年11月15日閲覧。
  22. ^ 平清水”. 山形市観光協会. 2020年11月15日閲覧。
  23. ^ a b 私立病院「順天堂」を開かせた西洋好きの堀田正睦”. 週刊朝日(AERAdot) (2014年8月16日). 2020年11月15日閲覧。


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幕末の人物一覧」の記事における「佐倉藩」の解説

堀田正睦(佐倉藩主。老中首座)) 堀田正倫(佐倉藩主。正睦の四男) 平野縫殿家老大築尚志藩士

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