米沢藩とは?

米沢藩

読み方:ヨネザワハン(yonezawahan)

出羽置賜郡米沢の藩名。


米沢藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/20 20:50 UTC 版)

米沢藩(よねざわはん)は、出羽国明治維新以降の羽前国置賜郡(現在の山形県東南部置賜地方)を治めた。藩庁は米沢城米沢市)。藩主は外様大名上杉氏石高は当初30万石で国主大名だったが、1664年に15万石に減封される。幕末に一時的に18万7千石に加増されるも戊辰戦争後に14万7千石に減封となり、その石高で廃藩置県を迎えた。


注釈

  1. ^ 佐渡で金鉱が発見されたのは、上杉氏改易後の1601年である。
  2. ^ 吉川弘文館の「上杉鷹山」や「山形県史」などでは徳川宗勝が諭したとしており、これが通説になっているが、そもそも宗勝は宝暦11年に死去している。
  3. ^ ただし、中老職は他藩では非常置であることが多く、単純に臨時の役職であった可能性もある。

出典

  1. ^ 小野 2006, p. 12.
  2. ^ 小野 2006, p. 36.
  3. ^ 小野 2006, p. 38.
  4. ^ 小野 2006, p. 39.
  5. ^ 小野 2006, p. 40.
  6. ^ 小野 2006, p. 46.
  7. ^ 小野 2006, p. 49.
  8. ^ 小野 2006, p. 50.
  9. ^ 小野 2006, p. 51.
  10. ^ a b c 小野 2006, p. 59.
  11. ^ 小野 2006, p. 69.
  12. ^ a b c d e f 小野 2006, p. 70.
  13. ^ 野口 2006, p. 16.
  14. ^ a b 野口 2006, p. 17.
  15. ^ 坂本 2011, p. 13.
  16. ^ 糠澤 2010, p. 12.
  17. ^ 野口 2006, p. 19.
  18. ^ 文禄4年(1595年)の蒲生騒動により、上杉家は新川と東蒲原を交換し越後・佐渡を完全領有した(前田は越中を完全領有。能登・加賀には他領あり)。朱印状では「越後、佐渡二国に信濃川中島四郡、出羽庄内三郡、他に上方に台所入(軍役外)の在京領」
  19. ^ 糠澤 2010, p. 13.
  20. ^ 天正19年に豊臣秀吉から発給された領知朱印状・領知目録 「安芸 周防 長門 石見 出雲 備後 隠岐 伯耆三郡 備中国之内、右国々検地、任帳面、百拾二万石之事」『毛利家文書』天正19年(1591年)旧暦3月13日付(『大日本古文書 家わけ文書第8 毛利家文書之三』所収)。
  21. ^ a b c d e 小野 2006, p. 71.
  22. ^ 野口 2006, p. 20.
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  63. ^ 日本歴史学会編「明治維新人名辞典」より「廃藩置県」
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  73. ^ a b c d e 小野 2006, p. 92.
  74. ^ 『酒田市史 改訂版』上
  75. ^ 松尾正人『維新政権』吉川弘文館〈日本歴史叢書〉、1995年。
  76. ^ 金1両=銀60匁のため(市場相場はさらに上がる)兌換率は額面の十割二分を超す
  77. ^ 日本銀行貨幣博物館展示および公式web
  78. ^ 1869年(明治2年)2月15日の「現米申告」。米成が「現米五万石以上」により伯爵に相当。
  79. ^ a b c 小野 2006, p. 173.
  80. ^ a b c d 小野 2006, p. 174.
  81. ^ 小野 2006, p. 181.
  82. ^ 享保8年(1723年)、「憲英(世子・家督時は弾正少弼)」から将軍綱吉の偏諱を受けて「宗憲」に改名の際に叙任。
  83. ^ 上杉氏・大岡氏は越前家の「越前守」独占の例外。
  84. ^ 将軍家茂の京都上洛に御供および二条城警護就任による
  85. ^ 貴族院議員での功績による
  86. ^ 六本木は上杉氏はじめ青木氏、一柳氏、片桐氏、朽木氏、高木氏の六大名の屋敷が存在したことに由来する説あり。
  87. ^ 幕府から拝領した屋敷ではなく、自費で調達した屋敷
  88. ^ 偶然だが、男谷信友および勝海舟の生家は本所にあり旧吉良邸に近い。
  89. ^ 横山 1968.
  90. ^ 福島城などは一国一城令でも破却されること無く、天領を経てのちに福島藩板倉家の居城として使用されている。


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