広島藩とは?

広島藩

読み方:ヒロシマハン(hiroshimahan)

安芸国安芸郡広島の藩名。


広島藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/29 06:44 UTC 版)

広島藩(ひろしまはん)は、安芸国一国と備後国の半分を領有した大(国持ち大名)で、現在の広島県の概ね半分にあたる。藩庁は広島城(現在の広島市)に置かれた。芸州藩(または安芸藩)と呼ばれることも多い。




  1. ^ 毛利貞親・親衡は越後の毛利領を拠点に南朝に味方し活動。
  2. ^ 吉田郡山城の築城者といわれる時親が曾孫の元春を後見した。
  3. ^ 慶長12年(1607年)、再検地で36万9千石に高直しされ、これが長州藩の表高となる。
  4. ^ 光永氏や木戸氏ら、越後以来の譜代は毛利氏と共に萩に移り、長州藩の上士となったが、元就からの家臣である土豪は、所領や俸禄の削減や年貢の増加が予想できること(実際に長州藩では検地に反対する一揆が起きた)、主筋だった大内領への移住よりは父祖代々の土地に残りたいこと、福島氏は加増による入部のため人材の登用が期待できること等で安芸国に残るものが少なからずいた。
  5. ^ 大石大三郎は大身の浅野一門を二度も離縁した。大石るりも浅野一門を迎えるが、藩主に連なる血脈を残せなかった。
  6. ^ 宇和島伊達や鳥取池田と同様、本家が既に持っていた自領を割いて立藩した大名ではない。
  7. ^ 大名である無城の支藩と幕府を憚り、小早川時代の呼称「要害」と称す


「広島藩」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「広島藩」の関連用語

広島藩のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



広島藩のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの広島藩 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS