だて【伊達】
伊達氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/04 16:23 UTC 版)
伊達氏(だてし/いだてし)は、武家・華族だった日本の氏族。鎌倉時代に朝宗が陸奥国伊達郡を与えられて伊達と称したのに始まる[4]。陸奥の有力豪族となり、戦国時代には戦国大名と化し、政宗の代に陸奥の南半分を征服したが、豊臣秀吉の天下統一で領国を削減された[4]。江戸時代には宗家が仙台藩藩主家、政宗の庶長子・秀宗の家系が宇和島藩藩主家となり、明治維新後には侯爵に叙された宇和島伊達家を筆頭に7家が華族に列した(侯爵家1家、伯爵家1家、子爵家1家、男爵家4家)[5]。
- 1 伊達氏とは
- 2 伊達氏の概要
伊達氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/20 19:36 UTC 版)
仙台伊達家など伊達氏が使用する竹に雀の紋は、もともとは上杉定実が伊達家から養子を迎えるに当たって、伊達実元へ贈った上杉笹から派生した家紋である。上杉笹をアレンジした紋は実元の子伊達成実(伊達政宗の重臣)の家系(実元流伊達氏)が独占して使用していたが、後に伊達宗家への使用も一部色の変更(雀を柿色にするように)という条件付で認められた。この成実のころの竹に雀の紋は、抱き竹笹に対い雀という宇和島笹〔図2-2〕に近い図案であった。宗家の竹に雀は、江戸期には笹の葉を外側に描いた竹輪笹の中央に対い雀を描く図案の仙台笹(せんだいざさ)〔図2-1〕になった。現在は「竹に雀」、図案を「仙台笹」とその類似図形に指定して伊達家伯記念會株式会社(伊達家)が商標を登録、管理している。 伊達政宗の庶長子である伊達秀宗を祖とする伊予国宇和島伊達家も竹に雀を使用するがこちらは宇和島笹と称する。竹輪ではなく抱き竹に笹の葉を描き、中央に同様の二羽雀を描く。秀宗の五男伊達宗純を初代とする吉田伊達家(伊予吉田藩)は竹輪に九枚笹に二羽雀を描いた吉田笹と称する上杉笹や山口笹に近い図案の竹に雀を使用する。 最上義守(義光の父)の娘義姫が伊達輝宗(政宗の父)に嫁いだ際にも伊達家の竹に雀の紋が贈られている。最上氏の竹に雀は、上杉氏の米沢笹に類似する図案である。 〔図2-1〕仙台笹 〔図2-2〕宇和島笹
※この「伊達氏」の解説は、「竹紋」の解説の一部です。
「伊達氏」を含む「竹紋」の記事については、「竹紋」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
- 伊達氏のページへのリンク