伊達氏とは?

だて【伊達】

[一]姓氏の一。

[二]鎌倉から江戸にかけての御家人大名藤原北家の流。朝宗の時、源頼朝奥州征伐に従った功により、当時陸奥(むつ)の伊達郡を与えられ、伊達氏を称したのが始め。のち、政宗のとき東北一の大名となった。伊予の伊達氏は分家

[補説] 「伊達」姓の人物
伊達千広(だてちひろ)
伊達正男(だてまさお)
伊達政宗(だてまさむね)
伊達宗城(だてむねなり)


伊達氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/09 14:24 UTC 版)

伊達氏(だてし/いだてし)は、鎌倉時代から江戸時代まで東北地方南部を本拠とした一族で、藤原北家山蔭流と称する。伊予国但馬国駿河国などに庶流家がある。




  1. ^ 伊達朝宗の四男の為家を祖とする駿河伊達氏の支族。宗光の外交官・政治家としての功により叙爵。
  2. ^ 文書では南朝年号で「えんけん四年」(延元4年)と記されている。
  3. ^ 主な収蔵品(ローマ教皇にあう) - 仙台市博物館
  4. ^ 羽下徳彦「イタテとタテ」(『日本歴史』633号、2001年2月。63 - 65頁)
  5. ^ 国立歴史民俗博物館所蔵、『寒河江市史 大江氏ならびに関係史料』p.390
  6. ^ 真岡市史案内第4号・P69「中村氏」
  7. ^ 茨城県指定史跡の伊佐城跡(茨城県筑西市中館)に行朝の供養塔がある。
  8. ^ 『駿河伊達家文書』では、この時に成宗が奥州探題職を得たとしているが、当時の探題は依然として成宗正室の実家・大崎氏である。
  9. ^ 118 伊達政宗が藤次郎と称したのは何故か”. 要説宮城の郷土誌 (1983年)(仙台市民図書館,種部金蔵 編)p.312. 仙台市 (2014年). 2014年8月19日閲覧。
  10. ^ 加賀藩支藩として富山藩大聖寺藩を分割し、前田宗家の石高は減じている。
  11. ^ 村川浩平『日本近世武家政権論』
  12. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ)『伊達氏』 - コトバンク
  13. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ)『仙台藩』 - コトバンク
  14. ^ 小田部雄次 2006, p. 325.
  15. ^ 小田部雄次 2006, p. 333.
  16. ^ a b 小田部雄次 2006, p. 345.
  17. ^ 小田部雄次 2006, p. 222.
  18. ^ 小田部雄次 2006, p. 223.
  19. ^ 小田部雄次 2006, p. 223-224.
  20. ^ この系統からサンドウィッチマン伊達みきおが出る。
  21. ^ 涌谷伊達氏・村元の次男。
  22. ^ 宇和島藩主・宗城の次男。
  23. ^ 参考文献:『駿河伊達家文書 京都大学文学部・博物館の古文書』
  24. ^ 参考文献:『大日本古文書 家わけ第三 伊達家文書之一』
  25. ^ 元亀の変で討ち死に。
  26. ^ 伊達稙宗の娘婿で天文の乱では稙宗方。
  27. ^ 伊達忠宗の臨終に際し伊達綱宗擁立を推進。伊達騒動では反兵部派として奔走した。
  28. ^ 白河結城氏の末で、一門十席白河家の祖。伊達綱村の乳兄弟にあたる。
  29. ^ 『伊達世臣家譜』の編纂を行った。
  30. ^ 北海道開拓の功により男爵を授爵





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