支倉常長とは?

はせくらつねなが 【支倉常長】

江戸前期の仙台藩士。山口常成の子与市自筆文書には六右衛門長経とあり、常長という名はない。伯父支倉時正養子となり、文禄の役伊達政宗仕え出陣したという。一六一三慶長一八)年政宗の命で遣欧使節正使として宣教師ソテロと共にメキシコ経てスペインイタリア渡り一六一五年マドリード国王フェリーペ三世に、ローマ教皇パウロ世に謁し、政宗書状奉呈した。二〇(元和六)年仙台に帰ったが、仙台藩ではその直前禁教令出しており、不遇のうちに病没。(一五七一~一六二二)

支倉常長

作者小川国夫

収載図書海からの光
出版社沖積舎
刊行年月1988.9


支倉常長

読み方:ハセクラツネナガ(hasekuratsunenaga)

作者 小川国夫

初出 昭和42年

ジャンル 小説


支倉常長

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/10 03:19 UTC 版)

支倉 常長(はせくら つねなが)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将桓武天皇を祖先とする血筋でありながらも伊達氏の家臣として活躍。慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航し、アジア人として唯一無二のローマ貴族、及びフランシスコ派カトリック教徒となった。幼名は與市、初名は六右衛門長経、洗礼名はドン・フィリッポ・フランシスコ




注釈

  1. ^ 本作品中央に走る縦の剥落および無数の横皺は、藩に没収されたか支倉家で秘匿する際、枠から外され、2つ折りされた上で巻かれたため生じたと推測される。
  2. ^ MASTERキートン』10巻の「CHAPTER 7 祈りのタペストリー」に支倉常長がもたらしたとされるタペストリーが出てくる
  3. ^ ラテン語の "Voxv" を現代のローマ字表記に改めると Ōshū となる。これは「奥州」(陸奥国)を指す。
  4. ^ ラテン語の "Idate Masamvne" を現代のローマ字表記に改めると Idate Masamune となる。これは「伊達政宗」を指す。伊達がかつて「いだて」と発音されていたことについては「伊達氏」を参照。

出典

  1. ^ a b 慶長遣欧使節(仙台市博物館)。
  2. ^ http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780468
  3. ^ 支倉常長隊”. 支倉常長隊. 川崎町役場 地域振興課. 2016年7月6日閲覧。
  4. ^ 大泉光一『支倉常長 慶長遣欧使節の悲劇』など。
  5. ^ 樫山巌『支倉常長の謎』
  6. ^ “常長思いハポンの地へ遡る…コリア・デル・リオ(スペイン)”. 読売新聞. (2015年1月15日). http://www.yomiuri.co.jp/life/travel/writer/20150610-OYT8T50592.html 2016年7月6日閲覧。 
  7. ^ http://keizouji.p-kit.com/page240587.html
  8. ^ 松田(1987)。このような例は内藤如安の内藤家系図にも見られる。
  9. ^ 声清らかに常長たたえ 昭和初期の歌が65年ぶり復活 大郷河北新報 2010年8月25日)
  10. ^ 日本奥州國伊達政宗記并使節紀行(国立情報学研究所)
  11. ^ アマティ 『伊達政宗遣欧使節記』京都外国語大学付属図書館)
  12. ^ a b c d e f g h 常長像が〝泣いている〟 三陸河北新報社 2010年1月4日(2010年11月28日時点のアーカイブ
  13. ^ a b 石巻市の歴史年表社団法人石巻観光協会)
  14. ^ a b c d e メキシコの常長像 立ち往生(三陸河北新報社 2007年7月25日)
  15. ^ a b c d e 常夏のアカプルコ②-姉妹都市の象徴「支倉常長像」は今?(青葉城本丸会館「支倉常長の足跡を追う旅」 2008年5月9日)
  16. ^ 来夏メキシコ友好行事(三陸河北新報社 2008年1月26日)
  17. ^ 海上自衛隊練習艦隊のアカプルコ市及びタパチュラ市寄港在メキシコ日本大使館
  18. ^ a b 常長像が海辺に“帰還” 13年ぶり、移設工事完了河北新報 2010年6月23日)
  19. ^ 御宿第600号(2012年8月), p. 4.
  20. ^ 交流発展へ「友好の証し」 メキシコに記念碑寄贈 御宿町”. 千葉日報オンライン版 (2012年7月11日). 2016年7月18日閲覧。
  21. ^ 南スペイン①-コリア・デル・リオにてハポン姓を想い、支倉常長像を憂う- 青葉城本丸会館「支倉常長の足跡を追う旅」 2008年7月10日(2012年5月26日時点のアーカイブ
  22. ^ 大沢慶尋(青葉城資料展示館学芸員) (2013年6月19日). “皇太子殿下、ハポン姓の町コリア・デル・リオをご訪問!”. 学芸員・大沢の研究ノート~支倉常長の足跡を追う旅 Second Season(ブログ). 2016年7月6日閲覧。
  23. ^ 大郷町のあゆみ(略年表)(大郷町)


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