盛岡藩とは?

盛岡藩

読み方:モリオカハン(moriokahan)

陸奥岩手郡盛岡の藩名。


盛岡藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/09 23:40 UTC 版)

盛岡藩(もりおかはん)は、陸奥国北部(明治以降の陸中国および陸奥国東部)、すなわち現在の岩手県中部から青森県東部にかけての地域を治めた。藩主が南部氏だったため南部藩とも呼ばれるが、江戸時代後期に盛岡藩に改称した。




  1. ^ 天正20年(1500年)7月27日付豊臣秀吉朱印状南部信直宛(盛岡市中央公民館蔵) (PDF)
  2. ^ 南部家第46代当主 「前田利家への恩義から歴代当主の名前には『利』をつけた」 〈週刊朝日〉” (日本語). AERA dot. (アエラドット) (20140523T070000+0900). 2019年9月7日閲覧。
  3. ^ 『弘前城築城四百年』長谷川成一著など
  4. ^ 準国主とは - はてなキーワード
  5. ^ 平成・南部藩ホームページ”. www.tonotv.com. 2019年9月7日閲覧。
  6. ^ 盛岡藩の廃藩置県の折に課せられた70万両の納付は減免されており、藩の借金も盛岡に限らず1843年までは破棄、1844年以降の物は明治政府が国債3,000万円を起債し肩代わりするなど救済措置も見られた。
  7. ^ 『藩史大事典』
  8. ^ 【いわての住まい】武家
  9. ^ (むつ市史) 近世編
  10. ^ 『むつ市史』、1988
  11. ^ 『岩手県史』
  12. ^ 文化7年11月15日条 藩日記
  13. ^ (むつ市史)近世編
  14. ^ (近世こもんじょ館)八戸藩の村役人制度-名主・大下書・田屋について
  15. ^ 「青森県史」資料編 近世篇 4 南部1盛岡藩
  16. ^ (岩手県博物館)北上川の舟運
  17. ^ (日本財団)郡山河岸と小操舟
  18. ^ 「森嘉兵衛著作集 七 南部藩百姓一揆の研究(昭和10年(1935年))」 (法政大学出版局 1992出版)
  19. ^ (岩手県博物館)百姓一揆を禁じた制札
  20. ^ a b c d 『大間町史』
  21. ^ 工藤祐董著『八戸藩の歴史』八戸市、1999
  22. ^ 「吾妻鏡」文治5年9月17日条
  23. ^ (岩手大学研究年報) 第61巻第2号, 2001 公儀御馬買衆と盛岡藩
  24. ^ (岩手県図書館) 岩手の古地図 南部九牧之図
  25. ^ あきた(秋田県広報誌)通巻121号、1972年(昭和47年)6月1日発行
  26. ^ 『新編八戸市史 近世資料編1』八戸市、2007、426P
  27. ^ 八戸藩の範囲八戸市博物館
  28. ^ 岩手県の誕生 (PDF)岩手県立博物館だよりNo.101 2004年4月)





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「盛岡藩」の関連用語

盛岡藩のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



盛岡藩のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの盛岡藩 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS