雫石
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 雫石 | しずくいし |
| 雫石 | しずくせき |
| 雫石 | しずし |
| 雫石 | しづくいし |
| 雫石 | だせき |
雫石町
(雫石 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/05 21:18 UTC 版)
| しずくいしちょう 雫石町 |
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|---|---|---|---|---|---|
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| 国 | |
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| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 岩手県 | ||||
| 郡 | 岩手郡 | ||||
| 市町村コード | 03301-4 | ||||
| 法人番号 | 8000020033014 | ||||
| 面積 | 608.82km2 |
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| 総人口 | 14,144人 [編集] (推計人口、2026年3月1日) |
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| 人口密度 | 23.2人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | |||||
| 町の木 | 杉 | ||||
| 町の花 | 菊 | ||||
| 町の鳥 | ウグイス | ||||
| 雫石町役場 | |||||
| 町長 | 猿子恵久 | ||||
| 所在地 | 〒020-0595 岩手県岩手郡雫石町千刈田5番地1 北緯39度41分47秒 東経140度58分33秒 / 北緯39.69631度 東経140.97578度座標: 北緯39度41分47秒 東経140度58分33秒 / 北緯39.69631度 東経140.97578度 |
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| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
雫石町(しずくいしちょう)は、岩手県の中部に位置する町。岩手郡に属する。西側は秋田県仙北市と接している。
温泉やスキー場、小岩井農場を擁するなど、観光に力を注いでいる町である。1993年には、雫石スキー場にてアルペンスキー世界選手権雫石大会が行われた。
地理
気候
寒暖の差が大きく、気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は9.7℃である。平年値では猛暑日が0.3日、真夏日が15.9日、夏日が71.1日、真冬日が23.7日、冬日が138.6日となっている[1]。また、12月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-20℃を下回る気温が観測され、2018年2月2日に-20.8℃を観測している[2]。
年平均降水量は1551.0mmである。また、年平均降雪量は480cmである。
年平均日照時間は1531.8時間である。
| 極値[3] | 観測値 | 観測年月日 |
|---|---|---|
| 日最高気温 | 35.8℃ | 1978年8月2日、2025年8月2日 |
| 日最低気温 | -20.8℃ | 2018年2月2日 |
| 雫石(岩手郡雫石町第40地割字千刈田、標高195m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 11.9 (53.4) |
16.1 (61) |
20.8 (69.4) |
28.5 (83.3) |
32.9 (91.2) |
32.6 (90.7) |
35.3 (95.5) |
35.8 (96.4) |
33.4 (92.1) |
27.8 (82) |
23.2 (73.8) |
14.8 (58.6) |
35.8 (96.4) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.0 (33.8) |
2.0 (35.6) |
6.1 (43) |
13.6 (56.5) |
19.6 (67.3) |
23.4 (74.1) |
26.4 (79.5) |
27.6 (81.7) |
23.6 (74.5) |
17.4 (63.3) |
10.2 (50.4) |
3.5 (38.3) |
14.6 (58.3) |
| 日平均気温 °C (°F) | −2.7 (27.1) |
−2.0 (28.4) |
1.5 (34.7) |
7.7 (45.9) |
13.8 (56.8) |
18.2 (64.8) |
21.8 (71.2) |
22.7 (72.9) |
18.3 (64.9) |
11.6 (52.9) |
5.2 (41.4) |
−0.1 (31.8) |
9.7 (49.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −7.2 (19) |
−6.8 (19.8) |
−3.2 (26.2) |
1.8 (35.2) |
8.0 (46.4) |
13.5 (56.3) |
17.9 (64.2) |
18.6 (65.5) |
13.7 (56.7) |
6.2 (43.2) |
0.4 (32.7) |
−3.8 (25.2) |
4.9 (40.8) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −20.6 (−5.1) |
−20.8 (−5.4) |
−15.7 (3.7) |
−10.3 (13.5) |
−1.5 (29.3) |
3.6 (38.5) |
7.6 (45.7) |
8.7 (47.7) |
1.4 (34.5) |
−4.4 (24.1) |
−10.8 (12.6) |
−18.2 (−0.8) |
−20.8 (−5.4) |
| 降水量 mm (inch) | 66.4 (2.614) |
65.6 (2.583) |
95.2 (3.748) |
102.9 (4.051) |
123.0 (4.843) |
134.5 (5.295) |
233.2 (9.181) |
216.7 (8.531) |
174.7 (6.878) |
131.1 (5.161) |
114.7 (4.516) |
95.6 (3.764) |
1,551.0 (61.165) |
| 降雪量 cm (inch) | 154 (60.6) |
130 (51.2) |
90 (35.4) |
4 (1.6) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
9 (3.5) |
93 (36.6) |
480 (189) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 12.3 | 11.0 | 13.3 | 12.2 | 12.0 | 10.1 | 14.0 | 12.4 | 12.6 | 12.7 | 14.8 | 13.4 | 150.3 |
| 平均月間日照時間 | 82.6 | 91.3 | 132.3 | 167.0 | 182.4 | 162.8 | 130.1 | 140.8 | 121.8 | 130.5 | 102.0 | 80.4 | 1,531.8 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1976年 - 現在)[4][5] | |||||||||||||
地名の由来
天喜から康平にかけての時代(1053年 - 1064年)、現在の町内西根にある老杉の根元から湧き出る清水の滴が、岩の上に落ちるたび「タンタン」という音を立てているのを村人が発見し、これを水神として祀った[6]。この場所は「滴石たんたん」と呼ばれるようになり、これが「雫石」の由来となった[7]。
「滴石たんたん」の場所にはその後雫石神社が建立され、老杉は1994年に町の文化財に指定されている[7]。
歴史
氷期の石器が発見されるなど、その歴史は古い。町内各地の遺跡から先史時代にはすでに人々が定着していた形跡がある。大和朝廷の勢力が当地域に至り開拓の手が伸びたのは、延暦20年(801年)の坂上田村麻呂の頃であった。
当地域一帯に住む鬼の長(先住民の酋長)である大武丸を、田村麻呂が西根地域の中野村に兵を集めて攻め滅ぼした、と「巌鷲山縁記」に記載がある。中央が藤原氏の専制で地方政治の統制が緩み、安倍氏などの辺境在住勢力が台頭した。
安倍頼良の六男安倍重任が滴石に在住したが、康平5年(1062年)に安倍氏が衣川柵、厨川柵で敗れると9月17日には戦死した。前九年の役後、清原武則が鎮守府将軍として安倍氏の旧領をほぼ制圧したが、清原一族の内乱から国司源義家の参加した後三年の役が寛治元年(1087年)に起こり清原氏は滅亡、藤原清衡が清原氏の支配地を継承した。
1189年、源頼朝が平泉の奥州藤原氏を滅亡させると、1189年に岩手西部を常陸相馬の平衡盛(戸沢氏)に与えたことで、当地域も戸沢氏の支配下となった。
南北朝争乱の時代、戸沢氏は南部氏・河村氏・和賀氏・葛西氏とともに南朝の北畠顕信に属し、激しく足利方と対立した。南北朝時代には当地域で斯波氏と覇権を争った。その際1341年に顕信が滴石に御所を置いたことが、町内の「御所」地区の由来である。三迫の戦いで敗れた顕信は、石巻の葛西氏を経て、滴石城の河村六郎を訪ねた。1345年には戸沢氏と南部政長が顕信とともに斯波氏を攻めた。南朝側は足利方の吉良氏と畠山氏の不和や足利尊氏と足利直義の不和(観応の擾乱)の間隙をつき、滴石城を拠点として団結し多賀城を陥れているが、その後当地域の記録はない。
室町時代には地方分権的な大名が各地に形成されたが、当地方は戸沢氏の勢力圏として比較的安定していた。戦国時代には手塚氏(一説には戸沢氏)、長山村の長山氏、戸澤館の戸澤十郎などの勢力が台頭、境界をめぐり争乱を繰り返していた。
天文9年(1540年)、三戸南部の南部高信が、沼宮内氏・渋民氏・玉山氏・田頭氏・平舘氏を率いて侵入。戸沢氏のみが服従を拒否したために滴石城が焼失し、戸沢氏は仙北郡に逃亡した。1545年、日詰の斯波氏の斯波詮貞が滴石郷に侵入。一時滴石を支配し、斯波御所(雫石御所)を置いた。このとき初めて「雫石」の文字が使われる。
その後天正12年(1584年)、南部信直の代に当地域の攻略が始まり、天正14年(1586年)に斯波氏は敗れ、雫石城は南部よしゃれの伝説を生み落城、再び南部氏の所領となった。南部氏は小田原で豊臣秀吉に謁見し服従、所領安堵を許された。天正16年(1588年)、雫石城は豊臣秀吉の命令で破却された。
その後、徳川政権のもと南部藩の藩政が280年間、幕末まで続いた。雫石地域は久保田藩との藩境を接していたため争いが絶えず、また秋田街道の交易の利便性から橋場御番所が置かれた。雫石通は元禄8年(1695年)、宝暦5年 - 6年(1755年 - 1756年)、天明3年-天明4年(1783年 - 1784年)、天保年間には飢饉が起こり四大飢饉と呼ばれている。
慶応3年(1867年)、大政奉還を幕府が行うも鳥羽・伏見の戦いが起こり戊辰戦争へと戦火が広がった。盛岡藩は奥羽越列藩同盟に参加し、鹿角口と生保内口に向軍勢を差し向けた。雫石郷からは400名もの農兵が徴発された。盛岡藩は野々村真澄を総大将に生保内口に攻め入り久保田藩と交戦するも、地の利を得ず撤退した。盛岡藩は時勢虚しく、降伏恭順を官軍側に申し出るも、盛岡藩の帰服が正確を欠くとの理由から国見峠に攻め込まれ、橋場口が戦場となった。この戦いで一村が焼け落ち、マタギ猟師であった与吉(よぎ)が、長崎振遠隊斥候隊長福田栄之助を鉄砲で狙撃死させるも、春木場から侵入され雫石郷は占領された。盛岡藩の降伏が受理されて戦争は終わったが、現在に至るまで官軍に占領された時の恐怖が語り継がれている。
明治以降(行政区域の変遷については別記)
- 1891年(明治24年)- 日本鉄道副社長の小野義眞、三菱社社長の岩崎弥之助、鉄道庁長官の井上勝が、雫石村内に大規模農場を開設。3人の名の頭文字をとり小岩井農場と名付けられた。
- 1947年(昭和22年)8月7日:昭和天皇の戦後巡幸があり、小岩井農場の旧岩崎邸に宿泊[8]。
- 1958年(昭和33年)2月2日 - 女助山で雪崩が発生。炭焼小屋3棟が倒壊して6人が死亡[9]。
- 1971年(昭和46年)7月30日 - 千歳発羽田行きの全日空機と飛行訓練中の航空自衛隊の戦闘機が雫石町の上空で衝突し墜落、全日空機の乗客・乗員162名全員が死亡。
→詳細は「全日空機雫石衝突事故」を参照
- 1980年(昭和55年)- 雫石スキー場開業。
- 1998年(平成10年)9月3日 - 岩手県内陸北部地震発生。町内で震度6弱を観測。
- 2013年(平成25年)8月9日 - 秋田・岩手豪雨により国道46号以南の地区を中心に甚大な被害が発生。10日朝までの24時間降水量は268.5 mm(町観測史上最高)。
行政区域の変遷
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行され、雫石村の区域のみで南岩手郡雫石村が成立。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 郡の統合により北岩手郡と南岩手郡が合併し、岩手郡となる[10]。
- 1940年(昭和15年)12月23日 - 雫石村が町制施行し、岩手郡雫石町となる。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 西山村の一部が御明神村へ編入される。
- 1955年(昭和30年)
行政
町の施設
- 町中央公民館「野菊ホール」
- 町立図書館(野菊ホールに併設)
- 町雫石公民館
- 町御所公民館
- 町御明神公民館
- 町西山公民館
- 町総合運動公園
県の施設
- 岩手県営屋内温水プール
警察機関
消防機関
- 盛岡地区広域消防組合消防本部
- 盛岡西消防署雫石分署
- 雫石町消防団(2024年度時点)
- 条例定数 367人
- 実員数 254人
- 消防力
- 水槽付ポンプ車 1台
- ポンプ車 15台
- 小型動力ポンプ付積載車 3台
- 小型動力ポンプ 8台(車両に積載していないもの)
- 本部
- 第1分団(第2 - 5分団の管轄外)
- 第2分団(西安庭・南畑)
- 第3分団(橋場・上野・御明神)
- 第5分団(長山・西根)
- 条例定数 367人
金融機関
指定金融機関は、滝沢市に本所を置く新岩手農業協同組合(JA新いわて)を指定している。町役場内には出納派出所ではなく、JA新いわて雫石支所を母店とする有人出張所が設置されている。
- 岩手銀行雫石支店
- 北日本銀行雫石支店
姉妹都市
富士市(静岡県)- 全日空機雫石衝突事故で全日空機の乗客犠牲者155名のうち125名が富士市の吉原遺族会北海道旅行団一行と添乗員であったことから、慰霊の森での毎年の慰霊祭に最終の2003年(平成15年)の33回忌まで参加、2013年(平成25年)7月30日に災害時相互応援協定を結び、同年11月1日に友好都市提携を締結。
近年[いつ?]、雫石中学校・雫石高校の生徒を中心とし、「ドイツ友好都市青少年留学の翼」の名称でドイツと友好都市派遣団のやりとりを行っている。
産業
企業
郵便局
- 雫石郵便局(集配局、郵便番号020-0599)
- 御所郵便局
- 鴬宿温泉郵便局
- 御明神郵便局
- 岩手西山郵便局
- 西根簡易郵便局
地域
人口
| 雫石町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 雫石町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 雫石町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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雫石町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.83%減の16,981人であり、増減率は県下33市町村中14位。
教育
高等学校
中学校
小学校
※以下は廃校。
- 雫石町立橋場小学校(2018年・御明神小学校へ統合)
- 雫石町立上長山小学校(2018年・西山小学校を統合新設)
- 雫石町立下長山小学校(同上)
- 雫石町立西根小学校(同上)
- 雫石町立安庭小学校(2017年・御所小学校を統合新設)
- 雫石町立大村小学校(同上)
- 雫石町立南畑小学校(同上)
TVチャンネル・ラジオ周波数
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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2026年3月)
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町内の生森山に雫石テレビ中継局が設置されている。滝沢市大釜地区、盛岡市猪去・繋・黒石野地区でも当局を受信している世帯がある。また当町北部では谷地山局も受信可能。なお橋場地区は山陰になって生森山からの電波が届きにくいため紫波新山(盛岡親局)を受信している。
ラジオ放送はAMが盛岡親局(IBC岩手放送矢巾ラジオ送信所・NHK矢巾ラジオ放送所)を良好に受信可能。なお、当町内にFM中継局は未設置なので盛岡親局(紫波新山)を受信する。ただし、山陰の立地により雑音混じりとなる場合があり、紫波新山に向けてFM屋外アンテナを立てている世帯もある。橋場地区の一部では、隣県のABSラジオも秋田親局936 kHz経由で受信可能。高感度ラジオを用いた場合は盛岡市内の一部でもABSラジオ936 kHzを受信可能。なお仙岩トンネル内では、地元IBCラジオ684 kHz・ABSラジオ936 kHz両局を再送信している。
交通
鉄道
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
このうち、雫石駅には秋田新幹線が停車する。
路線バス
- 岩手県交通雫石営業所
- 雫石町あねっこバス
道路
一般国道
県道
主要地方道
一般県道
- 岩手県道131号小岩井停車場線
- 岩手県道162号紫波雫石線
- 岩手県道172号盛岡鶯宿温泉線
- 岩手県道・秋田県道194号西山生保内線
- 岩手県道211号雫石停車場線
- 岩手県道212号雫石東八幡平線
- 岩手県道219号網張温泉線
- 岩手県道234号花巻雫石線
- 岩手県道258号繋温泉線
- 岩手県道266号国見温泉線
- 岩手県道281号矢巾西安庭線
主要施設・観光地
- 小岩井農場
- 鶯宿温泉
- 国見温泉
- 網張温泉
- 玄武温泉
- 葛根田の大岩屋(玄武洞)
- 滝ノ上温泉(葛根田渓谷)
- 雫石高倉温泉
- 南網張ありね温泉
- 御所湖温泉
- ぬくもり温泉
- 極楽乃温泉
- 橋場温泉
- 雫石スキー場
- 網張温泉スキー場
- 岩手高原スノーパーク
- 御所湖(御所ダム)
- 道の駅雫石あねっこ
- けんじワールド(2013年8月をもって閉館)
祭り・芸能
- 雫石よしゃれ祭
- 南部よしゃれ全国大会
マスコットキャラクター
- しずくちゃん(絵本やアニメのしずくちゃんとは異なる)
文学に登場した雫石
宮沢賢治が町内の七ツ森や小岩井農場などにたびたび立ち寄ったという記録がある。小岩井農場の牧歌的な情景は、詩「雨ニモマケズ」にも影響を与えている。雫石町の狼森や笊森などが賢治童話「狼森と笊森、盗森」のモチーフとなった。
浅田次郎の時代小説『壬生義士伝』では、主人公の新撰組隊士吉村貫一郎の妻しずの実家が雫石にあるという設定で物語の舞台となった。
津村秀介の推理小説『北の旅殺意の雫石』、テレビドラマ『弁護士・高林鮎子』シリーズでも雫石川などが舞台となった。西村京太郎の推理小説『秋田新幹線こまち殺人事件』でも雫石が描かれた。生田直親 の推理小説『雫石みちのく呪殺行』では雫石の小岩井農場SL館が舞台になり、修験道、義経伝説などが絡み合った物語が描かれた。
杉村修の雫石作品集『雫石と幻想語り』に収録されている物語の舞台にもなっている。
出身人物
- 上野敬三 - 大日本帝国海軍中将
- 楢山芙二夫 - 小説家
- そのだつくし - 漫画家
- 十二林稔 - キックボクサー
- 白木航 - 実業家、オフィスミル社長
- 川崎清純 - ラグビー選手、7人制日本代表
- 川崎龍清 - ラグビー選手
- 杉村修 - SF作家
- 福田こうへい - 演歌歌手
脚注
- ^ 雫石(平年値)
- ^ 雫石(日ごとの値)
- ^ 雫石(観測史上1~10位の値)
- ^ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2026年4月6日閲覧。
- ^ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2026年4月6日閲覧。
- ^ “滴石たんたん(雫石町)”. 盛岡・八幡平ワイド観光エリア モリハチ旅. 盛岡・八幡平広域観光推進協議会. 2026年3月1日閲覧。
- ^ a b “雫石町指定文化財 記念物(植物) 雫石神社の杉”. 雫石町 (2016年2月23日). 2026年3月1日閲覧。
- ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、399頁。ISBN 978-4-487-74410-7。
- ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年、127頁。 ISBN 9784816922749。
- ^ 『官報』第3822号、明治29年3月30日。
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 雫石町 (@shizukukouhou) - X(旧Twitter)
- 一般社団法人しずくいし観光協会
雫石町に関連する地理データ - オープンストリートマップ
雫石と同じ種類の言葉
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