長府藩とは?

長府藩 (ちょうふはん)

江戸時代萩藩に置かれた、毛利一門[もうりいちもん]がおさめる独立した小さな藩(支藩[しはん])の1つです。現在の下関市豊浦町豊北町一部菊川町豊田町一部にあたります。長府藩の一部1653年清末藩[きよすえはん]として独立しています。


長府藩

読み方:チョウフハン(choufuhan)

長州藩支藩

別名 豊浦藩府中藩


長府藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/20 16:00 UTC 版)

長府藩(ちょうふはん)は、現在の山口県下関市長府江戸時代に存在したのひとつである。長州藩支藩で、長門府中藩(ながとふちゅうはん)ともいう。須原屋武鑑の居城・在所表記では当初は長門長府で、宝暦年中より長門府中に改称されている。藩庁は櫛崎城(長府城、長府陣屋)に置かれた。




  1. ^ 慶長5年の検地による石高。慶長10年(1605年)の毛利家御前帳にも同様の石高が記載。
  2. ^ 慶長18年(1613年)、検地では53万9千石余を打ち出したが、山代地方(現岩国市錦町本郷町)では一揆も起きている事や広島藩福島正則49万8000石とのつりあい等を考慮して、幕府は、検地石高の7割である36万9千石を表高として公認した


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