大網藩とは?

大網藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/11 19:37 UTC 版)

大網藩(おおあみはん)は、明治維新期の短期間、上総国に存在した[1][2]。藩庁は山辺郡大網村(現在の千葉県大網白里市)に置かれた。




注釈

  1. ^ 長瀞周辺の出羽国の所領は6400石余であった。旧高旧領取調帳によれば、羽前国4村・上総国9村・下総国5村。
  2. ^ 長瀞藩は第3代藩主米津政易・第4代藩主米津政明兄弟が庄内藩酒井家から養子に迎えられた人物であるために庄内藩と近い関係にあり(当時の庄内藩主酒井忠篤は米津政敏の従弟にあたる)、庄内藩寄りの立場をとった。なお、陣屋で生活していた前藩主政明以下、陣屋詰めの人々は庄内藩領鶴岡に退避しており、死傷者は出していない[3]。その後結成された奥羽越列藩同盟には加盟しなかった。
  3. ^ 相給のうち[4]

出典

  1. ^ a b c 2.幕末・明治初期の房総諸藩”. 県民の日パネル. 千葉県. 2019年9月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 府・藩・県制のもとで (1) 大網藩(大網白里町史)”. 大網白里市/大網白里市デジタル博物館(ADEAC所収). 2019年9月11日閲覧。
  3. ^ 加藤貞仁. “飛び地領の人々(下)”. 幕末とうほく余話. 無明舎. 2019年9月11日閲覧。
  4. ^ a b c 町域村々の領主支配の変遷 (1) 村々の所領状況 大網村(大網白里町史)”. 大網白里市/大網白里市デジタル博物館(ADEAC所収). 2019年9月11日閲覧。
  5. ^ a b 大網陣屋 (pdf)”. 千葉県教育振興財団研究紀要 第28号 房総における近世陣屋. 千葉県教育振興財団. p. 82 (2013年3月). 2018年4月1日閲覧。


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