花房藩とは?

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花房藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/04 17:59 UTC 版)

花房藩(はなぶさはん)は、明治維新期の短期間、安房国上総国に領地を有した1868年遠江横須賀藩の西尾家が3万5000石で移封され、1871年廃藩置県まで存続した。仮藩庁を安房国長狭郡横渚(よこすか)村(現在の鴨川市横渚)に置き、同郡花房村(現在の鴨川市花房)に築城を開始したが、間もなく廃藩となった。




注釈

  1. ^ 『房総における近世陣屋』には前原陣屋所在地の現在の地名として「横渚字蔵ノ台」「前原字蔵ノ台」「字蔵之台」などの表記が混在している[2]。陣屋がその付近にあったとされる「米倉稲荷神社」の現在の住所は横渚である。前原は横渚村の域内に発展した町場で、明治初年は横渚村の一部であった。前原町が横渚村から分立したのは明治7年(1874年)のことである。鴨川町参照。
  2. ^ 上総国から安房国にかけての外房一帯には、岩槻藩領の飛び地が散在していた(長狭郡内では横渚村や天津村など)。前原陣屋は安房国の飛び地領を統治するための役所であった[2]
  3. ^ 横須賀藩は城持ち大名であった[1]
  4. ^ これを記念して、町村制施行により北小町村などが合併してできた村は由基村(のち主基村に改称)と名乗った。

出典

  1. ^ a b c d e f g 花房陣屋 (pdf)”. 千葉県教育振興財団研究紀要 第28号 房総における近世陣屋. 千葉県教育振興財団. p. 82 (2013年3月). 2018年4月1日閲覧。
  2. ^ a b c 前原陣屋 (pdf)”. 千葉県教育振興財団研究紀要 第28号 房総における近世陣屋. 千葉県教育振興財団. p. 91 (2013年3月). 2018年4月15日閲覧。
  3. ^ a b 主基斎田跡”. 鴨川市役所. 2018年3月28日閲覧。


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