津田仙とは? わかりやすく解説

津田仙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/23 09:57 UTC 版)

津田 仙(つだ せん、1837年8月6日天保8年7月6日〉 - 1908年明治41年〉4月24日)は、日本の農学者キリスト者。学農社創立者[1]青山学院大学[1]筑波大学附属盲学校普連土女学校[2]の創立に関わる。また、日本で最初に通信販売を行った人物でもある。同志社大学の創始者新島襄、人間の自由と平等を説いた東京帝国大学教授の中村正直とともに、キリスト教界の三傑とうたわれた。明六社会員。娘に津田梅子津田塾大学を創設)、余奈子(アメリカに移住し、日本語新聞『日米新聞』を発行しサンフランシスコの日系人社会のリーダー的存在だった安孫子久太郎[3][4]と結婚)などがいる。


注釈

  1. ^ 小島善右衛門の禄高は120石[5]。佐倉藩の勘定頭元締を務めた[5]
  2. ^ 肩書きは万国審査官であった[9]
  3. ^ 演説集[14]ならびに年鑑[15]は、国会図書館によりインターネット公開されている。

出典

  1. ^ a b 嶋田 2011, 「津田仙と学農社農学校 」
  2. ^ 普連土学園 | 教育理念・沿革”. www.friends.ac.jp. 2022年4月22日閲覧。
  3. ^ 安孫子 1930, pp. 309–312.
  4. ^ Ichikawa, et al. 1984, pp. 61–96.
  5. ^ a b 山崎 1988, p. 5
  6. ^ 国立国会図書館 近代日本人の肖像 『津田 仙』
  7. ^ 幕末・明治のテクノクラート(technocrat:技術官僚)小野友五郎 『7 再度の渡米 小野使節団』
  8. ^ 並松 2013, pp. 85–122.
  9. ^ 新聞集成明治編年史, p. 114, 「ウインナ博覧會の萬國審査官津田仙、農事大改良意見」明治7年1月.
  10. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 114, (第2巻)「津田仙とホーイブリング三大法」明治7年1月.
  11. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 204, (第2巻)「米三割增收試驗(津田仙の努力)」明治7年9月.
  12. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 459, 「津田仙の女工場開業式」(第2巻).
  13. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 518.
  14. ^ 杉山重義、山鹿旗之進(記)、森本介石 編『日本全国基督教信徒同盟会演説集』(2版)警醒社、明治20年。 インターネット公開
  15. ^ 『基督教年鑑 大正15年』日本基督教連盟、大正14年。 
  16. ^ 松本、津田 1901, 「写真画 津田仙君撮影」.
  17. ^ a b 『農業雑誌』第33巻13(通号1020)、学農社(編)、1908年5月、全国書誌番号:00019396 doi:10.11501/1598760、コマ番号 0016.jp2、0018.jp2-、0024.jp2-、国立国会図書館内/図書館送信。
  18. ^ 「津田仙先生の永眠」、「先生の臨終」206頁、「先生の生涯」208頁-。山鹿旗之進「博愛なる基督信者としての津田先生」214-217頁[17]
  19. ^ 「先生の葬儀」206-207頁 (コマ番号0016.jp2)、本多庸一「無窮の向上――(葬式説教)」213-214頁 (コマ番号0023.jp2)[17]
  20. ^ 嶋田 2010, pp. 91–116.
  21. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 395, 「津田縄の天覧」(第2巻)明治8年9月.
  22. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 449, 「津田仙の学農社諸県に分社増設」(第2巻).
  23. ^ 新聞集成明治編年史 1940, p. 461, 「学農社の演説会」(明治9年1月).
  24. ^ 三好信浩「第2編 農業技術の近代化と教育 第3章 農業の近代化政策と教育 §第2節 西洋農業技術の導入過程 §§2 西洋技術の受容」『日本農業教育成立史の研究』(増補)風間書房、東京、2012年。全国書誌番号:22141224 ISBN 978-4-7599-1938-7
  25. ^ a b 加納 2018, pp. 1–17.
  26. ^ 内田 1965, 「津田仙と学農社」.
  27. ^ 加納 2018.
  28. ^ 普連土学園 1987, p. 9.
  29. ^ 加納 2018, p. 9.
  30. ^ a b 全国篤農家列伝 1910, p. 143.
  31. ^ 大坪 1941, p. 144.
  32. ^ 石川県教育委員会, p. 353.
  33. ^ a b c d e 加納 2018, p. 6.
  34. ^ 岳陽名士伝 1891.
  35. ^ a b c 加納 2018, p. 5.
  36. ^ a b 宇喜多翁.
  37. ^ a b c d e f 加納 2018, p. 7.
  38. ^ 三宅, pp. 330–333.
  39. ^ 内藤 1955.
  40. ^ 豊橋市立商業学校 1943, pp. 159–160.
  41. ^ 忠民翁 1911, pp. 4–5.
  42. ^ 小柳津、小柳津、津田 1888.
  43. ^ 鳥取二十世紀梨 1972, pp. 65–69.
  44. ^ 林檎の碑”. sapporo-jouhoukan.jp. 札幌の歴史・文化情報館. 2022年4月22日閲覧。
  45. ^ 丸山 2004, p. 71.
  46. ^ 加納 2018, p. 8.
  47. ^ 新渡戸 1987, pp. &#91, 要ページ番号&#93, .
  48. ^ 静岡県茶業組合連合会議所 1926, p. 1291.
  49. ^ 岳陽名士伝 1891, pp. 1282–1283.
  50. ^ 三宅, pp. 330–3.
  51. ^ 津田仙(演)『農業雑誌』第170号、学農社(編)、1882年11月、705-718頁、doi:10.11501/1597928全国書誌番号:00019396 コマ番号0002.jp2-、国立国会図書館内/図書館送信。
  52. ^ 津田仙『農業雑誌』第12巻31 (通号282)、学農社(編)、1887年11月、482-484頁、doi:10.11501/1598037全国書誌番号:00019396  コマ番号0002.jp2-、国立国会図書館内/図書館送信。
  53. ^ 『農業雑誌』第17巻19(通号450)、学農社、1892年7月、292頁、doi:10.11501/1598177全国書誌番号:00019396  コマ番号0006.jp2、国立国会図書館内/図書館送信。
  54. ^ 津田仙「渡米隨見錄――(布哇島、布哇產の菓實、桑港、四日間の滊車、シカゴ市)」『農業雑誌』第18巻25(通号492)、1893年9月、385-387頁、doi:10.11501/1598221全国書誌番号:00019396  コマ番号0003.jp2、国立国会図書館内/図書館送信。
  55. ^ 津田仙「米國觀察一斑」『農業雑誌』第18巻35(通号502)、1893年12月、545-547頁、doi:10.11501/1598231全国書誌番号:00019396  コマ番号0003.jp2-、国立国会図書館内/図書館送信。





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