尾張肥田氏
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織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え尾張大納言義直付属となる。孫左衛門家は、尾張徳川家の城代家老を拝命する 菩提寺は政秀寺(名古屋市中区) 肥田文左衛門 - 織田信長公より3000石を賜り名古屋家中中老職。尾張肥田氏の祖となる。 肥田忠親 - 忠政嫡男、金森長近臣となるも金森家断絶により1612年(慶長17年)徳川家康に召されて仕える。1000石。 肥田孫左衛門忠重 - 徳川家康の命により尾張徳川家家老、2000石。名古屋城三の丸10居住。 肥田利勝 - 忠重の子。母は生駒利豊の娘。母の生家へ戻り、養子として生駒宗家を継ぐ(=第6代生駒家当主・生駒大膳利勝)。→生駒氏 肥田孫三郎忠寅 - 尾張徳川家家老、尾張徳川家徳川義直より2000石。源氏物語資料を収集。名古屋城三の丸75居住。 肥田喜内 - 尾張徳川家家臣、名古屋城三の丸90居住。
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