琉球王国とは?

琉球王国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/26 06:37 UTC 版)

琉球王国(りゅうきゅうおうこく)、琉球國(りゅうきゅうこく)は、1429年宣徳4年・正長2年、永享元年)から1879年光緒4年・明治12年)の450年間、琉球諸島を中心に存在した王国




注釈

  1. ^ 中山王としての即位は1421年である
  2. ^ 形式上は琉球国の領域とされるも直轄統治を受け事実上割譲された奄美群島を除く。また、薩摩藩による軍事行動を除き、琉球の人民の検束などは「掟十五条」に反するものであっても、代官でも無闇にできるものではなく、例えば貿易に関する不正があった場合も捜査、取り調べおよび検束は琉球王府に断りを入れてする必要があった。
  3. ^ 建国当時はマジャパヒト王国との交易があったことが知られているが、のムスリム・鄭和の保護下で新興イスラム国家・マラッカ王国が急速に貿易の主導権を奪い、琉球はマラッカ王国と貿易するようになった。
  4. ^ (福建人ならびに福建省客家
  5. ^ このような姿勢は、漢族や非漢族による、中国地域に成立したいわゆる『中原王朝』に(中原王朝から見て)朝貢していた時代の日本、越南、朝鮮、その他諸国に広くみられる態度である。前近代においては、自国および他国の国家の元首の格付けを、対象とする地域や相手によって、都合よく操作することはよくあることである。
  6. ^ 実際には、後述の中城王子(王世子)の薩摩藩への上国時に提出させられ、そのまま国王となる事による。直接提出を命じられた国王は尚寧王だけである。
  7. ^ 組踊「万歳敵討」。敵役である登場人物が、競馬がらみのトラブルで主役の兄弟の父親を殺害している。

出典

  1. ^ 本田惣一朗監修『日本の家紋大全』 梧桐書院2008年
  2. ^ 安里進・山里純一「古代史の舞台 琉球」 上原真人他編『古代史の舞台』<列島の古代史1>岩波書店 2006年 391頁
  3. ^ 最古級の日本全図、室町初期作か”. 読売新聞 (2018年6月15日). 2018年6月15日閲覧。
  4. ^ 小玉正任『琉球と沖縄の名称の変遷』 琉球新報社 2007年
  5. ^ 浮縄の嶽(浮縄御嶽・オキナワノ嶽) | 那覇市観光資源データベース” (日本語). 那覇市観光情報 (2018年6月26日). 2019年4月3日閲覧。
  6. ^ 東恩納寛惇 南島風土記 pp.16 地名概説『沖縄』
  7. ^ 石川捷治「復帰運動における「沖縄的」アイデンティティと「日本的」アイデンティティの変容と相剋」『法政研究』第68巻第1号、九州大学法政学会、2001年7月、 179-200頁、 doi:10.15017/2240ISSN 03872882NAID 110006262689
  8. ^ 国王頌徳碑(石門之東之碑文) [拓本]
  9. ^ 矢野美沙子、「為朝伝説と中山王統」『沖縄文化研究』 2010年 35巻 p.1-48, NCID AN0003370X, NAID 120003142293, 法政大学沖縄文化研究所, ISSN 1349-4015
  10. ^ 真境名安興『真境名安興全集』第一巻19頁参照。元の文は「「此国人生初は、日本より為渡儀疑無御座候。然れば末世の今に、天地山川五形五倫鳥獣草木の名に至る迄皆通達せり。雖然言葉の余相違は遠国の上久敷融通為絶故也」。
  11. ^ 伊波普猷『琉球古今記』 刀江書院 1926年
  12. ^ 朝日新聞 2010年4月16日
  13. ^ “現代沖縄人DNAの遺伝系統「日本本土に近い」”. 琉球新報. (2014年9月17日). https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-231707.html 
  14. ^ “沖縄の人々、ルーツは「日本由来」 南方系説を否定”. 沖縄タイムス+プラス. (2014年9月17日). https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/44163 
  15. ^ “ゲノム多様性データから明らかになった先史琉球列島人の移動における取材について” (PDF) (プレスリリース), 琉球大学, (2014年9月16日), http://www.u-ryukyu.ac.jp/univ_info/announcement/data/press2014091601.pdf 
  16. ^ “やはりアイヌ人と琉球人の方が本土人よりも遺伝的に近かった - 東大など”. マイナビニュース. (2012年11月2日). https://news.mynavi.jp/article/20121102-a126/ 
  17. ^ “アイヌ民族と沖縄の人、遺伝的な特徴に共通点”. 朝日新聞デジタル. (2012年11月1日). オリジナルの2013年7月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130729213058/https://www.asahi.com/culture/update/1101/TKY201210310836.html 
  18. ^ トメ・ピレス『東方諸国記』を読む篠原陽一「海上交易の世界と歴史」- 『東方諸国記』(生田滋他訳注、大航海時代叢書5、岩波書店、1966) はトメ・ピレス著"Suma Oriental que trata do Mar Roxo até aos Chins"(紅海からシナまでを取り扱うスマ・オリエンタル)の日本語訳
  19. ^ 中島楽章「ゴーレス再考」『史淵』第150巻、九州大学大学院人文科学研究院、2013年3月、 69-116頁、 doi:10.15017/26231ISSN 0386-9326NAID 120005227295
  20. ^ 『琉球王国評定所文書』
  21. ^ 琉球國王尚泰ヲ藩王トナシ華族ニ陞列スルノ詔
  22. ^ 琉球藩ヲ廃シ沖縄県ヲ被置ノ件国立公文書館
  23. ^ 真境名安興『沖縄一千年史』記載の「職制創設年表」の一覧(318、319頁)には「表十五人」の職制はない。
  24. ^ 真境名安興『真境名安興全集』第一巻、392-394頁参照。
  25. ^ 新城俊昭『琉球・沖縄史』東洋企画
  26. ^ 新城俊昭『教養講座 琉球・沖縄史』編集工房 東洋企画
  27. ^ 上里(2002)
  28. ^ 浮島神社 | 沖縄県神社庁
  29. ^ 『浦添市史』〈浦添市教育委員会、1983年3月〉231頁
  30. ^ 略縁起|護国寺
  31. ^ 天王寺跡(テンノウジアト) : 那覇市歴史博物館”. www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp. 2019年4月3日閲覧。
  32. ^ 天界寺跡(テンカイジアト) : 那覇市歴史博物館”. www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp. 2019年4月3日閲覧。
  33. ^ 琉球と袋中上人展 - エイサーの起源をたどる -
  34. ^ 東本願寺沖縄別院
  35. ^ 新城俊昭「琉球・沖縄史」東洋企画



琉球王国

出典:『Wiktionary』 (2014/07/28 12:17 UTC 版)

固有名詞

琉球 王国りゅうきゅうおうこく

  1. かつて琉球列島存在していた王国尚巴志建国1872年琉球藩設置により消滅1429年 - 1872年



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