海禁とは?

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かい きん [0] 【海禁】

〔「下海通之禁」の略〕
中国で、私的海外渡航貿易禁止する政策。明では倭寇わこう対策一つとして、清では初期に明の遺王や鄭成功活動をおさえるために実施した。

海禁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/12 02:01 UTC 版)

海禁(かいきん)とは、中国時代に行われた領民の海上利用を規制する政策のことである[1]海賊禁圧や密貿易防止を目的とし、海外貿易等の外洋航海、時には沿岸漁業や沿岸貿易(国内海運)が規制された。本来は下海通蕃の禁と呼び、海禁は略称であった。


注釈

  1. ^ 違禁下海律とは『明律』に収録された法令の一つで、元代の市舶則法を踏襲して定められた貿易を統制する法令である。これは、禁制品の持ち出しや関税納入などの適正な手続きを欠いた貿易を禁止するものであったが、同時に適正な貿易は容認するものでもあった。[8]
  2. ^ モンゴル帝国の成立は東西貿易を活性化させたが、その間に流通媒介であった銀の生産に特段の伸長が有ったわけではなく、元朝は効率的に銀を循環させることでその不足を補っていた。そのため、こうした政策が行き詰まりを見せ元末の混乱の中で銀循環が滞り始めると、「14世紀の危機」と呼ばれる世界的な経済収縮が発生した。こうした中で誕生した明朝は、里甲制を通じて掌握した人民から直接生産物や労働力を徴発し、あるいは不兌換紙幣である宝鈔を発行して銀や銅貨流通の抑制を試みた。この銀に依存しない国内経済を国外貨幣経済の侵食から守るためには、国家による貿易の直接管理が必要であったものと思われる[11]
  3. ^ 民間貿易が禁止されるまでは、海防を受け持つ海禁と貿易統制を行う違禁下海律は別個に機能するものであった。しかし、海禁は応急的な政策として始められたと見えて法的裏付けが与えられておらず、三市舶司廃止後に海禁の法的根拠は違禁下海律に求められ、両者が一体化することで海禁に貿易統制機能が備わった。
  4. ^ a b c 「国初不許寸板下海」は、洪武期の海禁政策は一片の板の下海も許さないほど厳格なものだったとする、明代中期に唱えられた評語である。しかし多くの場合、洪武期の海禁政策は沿岸貿易を容認していたとされ、この評語も明代中期に厳格な海禁を実行するため洪武期の政策を誇張したものと説明される。しかし近年では、洪武期にも一時期は沿岸貿易が禁止されておりこの評語は明初の状態を示したものとして十分根拠があるとも指摘されている[13]。ここでは(佐久間1992)に従い、洪武期に沿岸貿易は容認されていたとする立場から解説を行う。
  5. ^ 洪武帝に国内海運まで禁ずる意図は無かったが、「下海の禁」を字義どおり解釈した地方政府により沿岸貿易まで禁じられることもあった。1392年にはこれを緩和するよう上奏があり、洪武帝勅栽の下、沿岸貿易を認める決定が下されている[注 4][15]
  6. ^ 朝貢使節の持ち込む交易品は国王が明皇帝に贈る「進貢物」と使節団の持ち込む「附搭貨物」に分けられ、進貢物に対しては明皇帝より回賜が反対給付された。貿易の主力は附搭貨物にあったが、こちらはまず明朝が鈔価建てで買い上げを行い(官収買)、朝貢国はその宝鈔(明の紙幣)を使って民間から中国商品を購入した。附搭貨物のうち官収買の残りもまた民間貿易に回された。鈔価建ての官収買は公定価格で行われるものであったが、明代中期には鈔の市価が暴落し、明初の法定価である銀1につき鈔1から、永楽5年には銀1両につき鈔80貫、弘治年間以降は鈔1貫が銀3(0.003両)と3/100にまで下落していた。しかし明朝は鈔価の下落に応じた公定価格の改訂を行わず、明初ほぼそのままに据え置いていた[19]
  7. ^ 明初における罰則は杖百と海賊に対するものとしては軽いものであったが、正統年間には正犯は極刑、親族は辺境へ流刑となっていた[24]
  8. ^ 明朝は元々銀流通を禁止し代りに宝鈔を流通させようとしていた。しかし宝鈔は市場の信用を得られずに鈔価は暴落を続け1530年代に銀流通禁止は解除された。その後、経済成長や銀納の進行、北辺軍事費の増大などの影響から銀需要は拡大を続けるが、銀資源が枯渇していた明国国内では需要を賄うことが出来ず、嘉靖年間には慢性的な銀不足に陥っていた。

出典

  1. ^ 山本2002 135頁、檀上2005 145頁
  2. ^ 許瀚前掲書、33-34頁
  3. ^ a b 英領馬来,緬甸及濠洲に於ける華僑、支那馬来間の交通、明代、P19-20、1941年
  4. ^ 日本から見た東アジアにおける国際経済の成立永積洋子、城西大学大学院研究年報15 ( 2 ) , pp.67 - 73 , 1999-03
  5. ^ 佐久間1992 369頁
  6. ^ 熊1997 90頁
  7. ^ 佐久間1992 197-199頁、熊1997 90頁、檀上2005 147,162頁、上田2005 95頁
  8. ^ 檀上2004 10頁
  9. ^ 檀上2004 9頁、檀上2005 148頁
  10. ^ 佐久間1992 52-53頁、檀上2004 10頁、檀上2005 148頁
  11. ^ 上田2005 91頁、岡本2008 52頁
  12. ^ 佐久間1992 224頁、檀上2005 149-150頁
  13. ^ 檀上2004 22, 33-34頁
  14. ^ 佐久間1992 86-87,200頁、熊1997 90頁、檀上2005 151頁
  15. ^ 佐久間1992 202頁
  16. ^ 佐久間1992 121-122頁、檀上2005 159-163頁、上田2005 152頁
  17. ^ 檀上2005 163頁
  18. ^ 佐久間1992 22,151頁、檀上2005 164-165頁
  19. ^ 佐久間1992 15-20頁
  20. ^ 佐久間1992 13-15頁、檀上2005 165頁
  21. ^ 佐久間1992 21頁、檀上2005 165頁
  22. ^ 佐久間1992 366頁、檀上2005 166-169頁
  23. ^ 佐久間1992 362頁、山根1999 71頁、檀上2005 165頁、上田2005 200頁
  24. ^ 佐久間1992 35頁、檀上2004 14頁
  25. ^ 佐久間1992 227頁、檀上2004 14-15頁、檀上2005 166頁
  26. ^ 佐久間 1992 241頁
  27. ^ 佐久間1992 279頁、熊1997 113-114頁
  28. ^ 佐久間1992 230-238頁
  29. ^ 佐久間1992 230-231頁、熊1997 92,96,100頁
  30. ^ 佐久間1992 248-249頁、熊1997 103頁、濱島1999 162-163頁、上田2005 199頁
  31. ^ 佐久間1992 262頁、熊1997 104-105,108-110頁
  32. ^ 佐久間1992 211-212頁、熊1997 105-107頁
  33. ^ 佐久間1992 362-363頁、熊1997 107-108頁、檀上2004 21頁、上田2005 200-204頁
  34. ^ 佐久間1992 297-299頁、熊1997 110-111頁
  35. ^ 佐久間1992 363頁、檀上2004 22頁
  36. ^ a b 佐久間1992 224,323頁、熊1997 118頁、濱島1999 165頁、檀上2004 22頁
  37. ^ 佐久間1992 37,253,365頁、檀上2005 169頁、橋本・米谷2008 89頁
  38. ^ 佐久間1992 293頁、熊1997 98頁、岡本1999 47-48頁、檀上2005 169,171頁
  39. ^ 佐久間1992 323-343,366-368頁
  40. ^ 佐久間1992 368頁
  41. ^ 檀上2004 21-24頁
  42. ^ 佐久間1992 369頁、劉1993 94頁、細谷1999 332頁、山本2002 136頁、上田2005 302頁、渡辺・杉山2008 118頁
  43. ^ 岡本1999 56頁
  44. ^ 岡本1999 58頁
  45. ^ 劉1993 96頁
  46. ^ 劉1993 95頁、岡本1999 486頁
  47. ^ 蔡1994 211頁
  48. ^ 佐久間1992 370頁、劉1993 96頁、濱島1999 461頁、山本2002 136-137頁
  49. ^ 岡本1999 60-63頁
  50. ^ 劉1993 97頁、山本2002 136頁
  51. ^ 山本2002 137-138頁、上田2005 397頁
  52. ^ 劉1993 110-111頁、松浦1994 174頁、濱島1999 463-464頁
  53. ^ 劉1993 97,112頁、上田2005 399頁
  54. ^ 佐久間 1992 88頁、檀上2005
  55. ^ 熊1997 89頁
  56. ^ 佐久間1992 217-219頁、桃木1997 614-615頁
  57. ^ 桃木1997 614-615頁、大橋 2004
  58. ^ 上田2005 160-164頁、上里2008 62頁
  59. ^ 佐久間1992 227-229頁、檀上2005 154頁
  60. ^ 佐久間1992 133-134頁
  61. ^ 田中1997


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