ユーロコミュニズム【Eurocommunism】
ユーロコミュニズム
ユーロコミュニズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 03:32 UTC 版)
「エンリコ・ベルリンゲル」の記事における「ユーロコミュニズム」の解説
イタリア共産党の指導者を務めた1970年代から1980年代にかけては、アルマンド・コスッタ元委員長を筆頭とした党内の急進派の反対を押しのけて、プロレタリア独裁を放棄し、ソ連型社会主義と決別するいわゆる「ユーロコミュニズム」路線を推し進めた。これにより近隣諸国のみならず世界各国から高い人気を得た。 さらに、1980年に行われたソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を公然と批判するなど独自の外交を進めたほか、当時レオニード・ブレジネフ書記長体制下で硬直化したソビエト連邦と一線を画す方針を取り、冷戦下の西側ヨーロッパにおいて高い評価を受けた。 また、ユーロコミュニズム路線の一環として、同じ民主主義国のスペイン共産党のサンティアゴ・カリージョ書記長や、フランス共産党のジョルジュ・マルシェ書記長など、近隣の西側諸国の共産党との連携を推し進めた。 これらの既存の共産主義政党の枠を超えた活動を推し進めた結果、イタリア国内におけるPCIへの支持を伸ばし、ボローニャやフィレンツェなどの大都市の首長の座をPCIが占めただけでなく、国会の議席も急増するなどPCIの躍進の原動力となり、その現実的な主張と手腕は国際的にも高い評価を受けた。
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