田中西二郎とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 翻訳家 > 翻訳家 > 日本の翻訳家 > 田中西二郎の意味・解説 

田中西二郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/15 07:03 UTC 版)

田中 西二郎(たなか せいじろう、1907年11月28日 - 1979年1月15日)は、日本翻訳家

人物・来歴

東京生まれ。東京商科大学卒。1930年中央公論社入社。文芸家協会、華北綜合調査研究所、一橋大学経済研究所などに勤務[1]文芸評論を志し「知識階級の文学論」、「鴎外と露伴」(『群像』1954年5月号)、「露伴に帰れ」(『群像』1954年8月号)などを発表[1]

また、英米文学の翻訳家としてハーマン・メルヴィル白鯨』、グレアム・グリーン情事の終り』など多くの翻訳を残した。初期の筆名は佐木狷介。白木茂中村能三らと大久保康雄の元で下訳を担当し翻訳工場と呼ばれた[2]

『情事の終り』は映画化の際の邦題だが、田中はあえて『愛の終り』と訳し、そのまま文庫化されたが、その後改題した。

1961年、東京創元社の「世界名作推理小説大系」のために訳した『郵便配達は二度ベルを鳴らす』について、東京創元社がその年に倒産したため、田中はこの翻訳を新潮社に持ち込み1963年同書は新潮文庫の一冊として刊行。そのため、その後のしばらくの間、再建された東京創元社の翻訳の仕事は田中に依頼されなくなった[3]

翻訳

グレアム・グリーン

  • 『愛の終り』(グレアム・グリーン新潮社) 1952、のち新潮文庫、その後『情事の終り』に改題 
  • 『内部の男』(グレアム・グリーン、新潮社、現代イギリス文学叢書)1954
  • 『地図のない旅』(グレアム・グリイン、新潮社) 1954
  • 『おとなしいアメリカ人』(グレアム・グリーン、早川書房) 1956、のちハヤカワepi文庫グレアム・グリーン・セレクション
  • ハバナの男』(グレアム・グリーン、早川書房、グレアム・グリーン選集13) 1959
  • 『燃えつきた人間』(グレアム・グリーン、早川書房) 1961
  • 『コンゴ・ヴェトナム日記』(グレアム・グリーン、早川書房、グレアム・グリーン選集15)1965
  • 『喜劇役者』(グレアム・グリーン、早川書房)1967
  • 『旦那さまを拝借 性生活喜劇十二篇』(グレアム・グリーン、山口午良共訳、早川書房) 1971
  • 『グレアム・グリーン自伝』(グレアム・グリーン、早川書房) 1974

E・S・ガードナー / A・A・フェア

  • 『門番の飼猫』(E・S・ガードナー早川書房、世界探偵小説全集) 1955、のち文庫
  • 『どもりの主教』(E・S・ガードナー早川書房、世界探偵小説全集) 1956
  • 『駈け出した死体』(E・S・ガードナー、早川書房、世界探偵小説全集) 1957、のちハヤカワ・ミステリ文庫
  • ビロードの爪』(ガードナー、中央公論社、世界推理名作全集10)1960、のち嶋中文庫
  • 『おめかけはやめられない』(A・A・フェア、早川書房、世界ミステリシリーズ) 1962

サマセット・モーム

  • 『ラムベスのライザ』(サマセット・モーム、新潮社、サマセット・モーム全集01) 1955
  • 手紙 / 園遊会まで 短篇集 Ⅱ』(サマセット・モーム、新潮社、サマセット・モーム全集16) 1955
    • 『モーム短篇集 第3 手紙・環境の力』『4 園遊会まで』(サマセット・モーム、新潮文庫) 1961
  • 『魔術師』(サマセット・モーム、新潮社、サマセット・モーム全集29) 1958、のち国書刊行会世界幻想文学大系、ちくま文庫
  • 『ジゴロとジゴレット 短篇集 Ⅶ』(サマセット・モーム、新潮社、サマセット・モーム全集30) 1958
    • 『モーム短篇集 第13 ジゴロとジゴレット』『14 人生の実相』(サマセット・モーム、新潮文庫) 1963
  • 『作家の立場から』随想集(サマセット・モーム、新潮社、全集・別巻) 1962

脚注

  1. ^ a b 日外アソシエーツ人物情報
  2. ^ 市川ゆかりの著作家・大久保康雄
  3. ^ 戸川安宣『ぼくのミステリ・クロニクル』

田中西二郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 04:59 UTC 版)

中島敦」の記事における「田中西二郎」の解説

英米文学翻訳者中島第一高等学校時代伯父・関翊一家暮らしていた渋谷岡本武尚邸の別棟寄寓し時に岡本家武夫一高高見順同級)と仲良くなった縁で、田中西二郎と知り合い生涯にわたって親交結んだ田中から送られた本(中島は『妙齢と言っていた)の中にあった大久保康雄南洋小説読んでいた中島は、パラオ南洋庁赴任中のヤルート島意気投合した竹内虎三という役人から、南洋訪れた大久保一昨年1939年頃マーシャル諸島案内した話を聞くという奇遇体験した中島その時点で知っていた大久保短編(のち『孤独の海』所収)を参考南洋作品書いたではないか推察されている。田中中島としばしば書簡交わしていたが、中島死後追想文などは寄せてはいない。

※この「田中西二郎」の解説は、「中島敦」の解説の一部です。
「田中西二郎」を含む「中島敦」の記事については、「中島敦」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「田中西二郎」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「田中西二郎」の関連用語

田中西二郎のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



田中西二郎のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの田中西二郎 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの中島敦 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS