大田広域市とは? わかりやすく解説

大田広域市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/23 10:30 UTC 版)

大田広域市
略称: Daejeon;대전;テジョン
上から:エキスポ科学公園から見下ろす市街地、エキスポ科学公園のハンビッ塔、政府大田庁舎、甲川にかかるエキスポ
大田広域市の旗
大田広域市の紋章
位置
地図
各種表記
ハングル: 대전광역시
漢字: 大田廣域市
日本語読み仮名: たいでんこういきし
片仮名転写: テジョン=グァンヨクシ
ローマ字転写 (RR): Daejeon-Gwangyeoksi
英語表記: Daejeon Metropolitan City
統計(2025年
面積: 540.1 km2
総人口: 1,440,682[1]
男子人口: 718,010 人
女子人口: 722,672 人
人口密度: 2,670 人/km2
世帯数: 694,868 世帯
行政
国:  大韓民国
下位行政区画: 5区
ISO 3166-2: KR-30
行政区域分類コード: 25
大田広域市の木: マツ
大田広域市の花: モクレン
大田広域市の鳥: カササギ
自治体公式サイト: 大田広域市
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大田広域市(テジョンこういきし、: 대전광역시; : Daejeon Metropolitan City)は、大韓民国中西部に位置する広域市忠清道地方)。

人口規模は大韓民国の都市の中で5位。首都圏ではない広域市の中でソウル特別市と最も近いため、多くの研究機関と政府機関が位置している地域で、地域住民の中では研究員と公務員の割合がかなり高い。

概説

大田国際博覧会1993年に開催されたほか、市内の儒城区にハイテク団地「大徳研究団地」を有するなど科学技術都市として知られる。1973年に研究学園団地として指定された大徳研究団地は、韓国科学技術院(KAIST)や韓国電子通信研究院(ETRI)など政府・民間の研究所100以上が集中しており、原子力宇宙開発生命工学などの研究を行っている。また特許庁統計庁など首都機能の一部が大田に分散されており、韓国水資源公社 (K-WATER) の本社と韓国鉄道公社(KORAIL)の本社も置かれている。

大田は日本とかなり関係の深い地域で、1904年に鉄道が建設されてから交通の要衝となり発展し始めた。1914年の統計では地域に住む日本人が3,435人に対し朝鮮人が1,556人であり、またその後も1925年に3770人、1937年には9278人と日本人人口は増加していた[2][3]。また当時の移民には特に名古屋などの中京圏の出身者が多かったことが分かっており、2023年11月には大田に文学館を建てるという話を聞きつけて「寄付金100万円と自己所有の図書600冊余りを寄贈したい」という内容の手紙を大田市長に送ったかつて大田に居住していた愛知県江南市在住の男性に対し大田広域市より感謝状が送られている[4]。また大田の組分けゲームの名前の「우에시다리(ウエシダリ)」が日本語の「上」と「下」から来ていると推測されている[5]

行政

  • 市長:李荘雨(이장우、2022年7月1日 - )
歴代市長については大田広域市長を参照。
第5期大田市議会党派別議席数
合計 内訳
共に
民主党
自由韓国党
合計 22 4 18
内訳 地域区 19 3 16
比例代表 3 1 2
出典:“大田広域市選挙管理委員会ホームページ”を参照(2023年12月9日閲覧)。

読みは大韓民国の地方行政区画参照

歴史

古来より近郊の儒城温泉が知られていたが大きな町はなく、公州所属の農村地帯に過ぎなかった。 大田とは「大きな」を意味する固有語であるハンバッ(한밭、Hanbat)を漢字化した語が由来である[6]日本統治下に入ってからの自治体統廃合による大田郡の成立で郡庁がそれまでの懐徳邑から大田へ移転されたことや京釜線湖南線といった鉄道路線の開通によって交通の要衝となり急速に発展、現在の元となる都市となった[7]

  • 古代 - 百済の雨述郡・真峴県・奴斯只県・所比浦県
  • 統一新羅時代 - 比豊郡・鎮嶺県・儒城県・赤鳥県
  • 高麗時代 - 公州牧の懐徳県・鎮岑県・儒城県・徳津県
  • 李氏朝鮮時代 - 忠清道懐徳郡・鎮岑郡
  • 1914年
  • 1926年3月1日 - 外南面の一部(外川里・蘇堤里の各一部および大洞里・新大里・連孝里)を編入。
  • 1928年6月20日 - 大田駅新築落成式
  • 1931年4月1日 - 大田面が大田邑に昇格。[9]
  • 1934年 - 上水道供給
  • 1935年10月1日 - 大田郡大田邑が大田府に昇格。大田郡は大徳郡に改称。
  • 1939年 - 大田 - ソウル間の複線列車運行開始
  • 1940年11月1日 - 大徳郡外南面・柳川面の各一部を編入。
  • 1949年 - 大田府が大田市に改称。
  • 1963年1月1日 - 大徳郡柳川面および懐徳面・山内面の各一部を編入。
  • 1977年 - 東区中区を設置。(2区)
  • 1983年2月15日 (2区)
    • 大徳郡儒城邑および九則面・炭洞面・杞城面・鎮岑面の各一部が中区に編入。
    • 大徳郡懐徳面が東区に編入。
  • 1987年 - 大徳郡鎮岑面の一部が東区に編入。(2区)
  • 1988年1月1日 - 中区の一部が西区として分離。(3区)
  • 1989年1月1日 - 忠清南道大田市が大田直轄市に昇格。(5区)
    • 忠清南道大徳郡東面および山内面の一部が東区に編入。
    • 忠清南道大徳郡山内面の一部が中区に編入。
    • 忠清南道大徳郡杞城面が西区に編入。
    • 西区の一部と大徳郡九則面・炭洞面および鎮岑面の一部をもって儒城区を設置。
    • 東区の一部と大徳郡新灘津邑をもって大徳区を設置。
  • 1993年 - 大田国際博覧会を開催。
  • 1995年 - 大田直轄市が大田広域市に改称。(5区)
  • 2004年 - KTX(韓国高速鉄道)開業。

軍事

儒城区の紫雲台には教育司令部や陸海空各軍の大学があるほか、周囲に国防科学研究所、軍需司令部が集中する。鶏竜台(陸海空三軍統合本部)のある鶏龍市は儒城区に隣接する。太平洋戦争時には、日本軍は南朝鮮半島が戦場となる際には17方面軍の司令部を移すことも決定しており、壕を作っていたという[10]

経済

産業構造別比重はサービス業が76.6%を占め、製造業18.2%、建設業3.9%、電気ガス蒸気水道事業1.1%、農林漁業0.1%。製造業の割合は2010年16.5%、2011年17.9%、2012年18.2%と増加の傾向にある。

交通

大田市街風景

空港

市内に空港はないが、清州国際空港忠清北道清州市(旧清原郡)にあり、韓国の時刻表では「清州/大田」と表記されている。

鉄道

大田駅にはKTXSRTおよび東大邱駅釜山駅方面のITX-セマウルムグンファ号が、西大田駅には一部の湖南高速鉄道の列車および湖南線全羅線方面へのITX-セマウル・ムグンファ号が停車する。忠北線清州駅方面の列車の多くも大田駅を始発駅としている。

この他、市内には韓国鉄道公社の大田操車場があり、京釜線と湖南線の分岐点となっている。大田線は旅客列車の運行を行っていない。

バス

高速道路

国道

気候

ケッペンの気候区分によると、大田広域市の気候温帯夏雨気候(Cwa)に属する。寒暖の差が大きく気温年較差日較差が大きい顕著な大陸性気候である。

平均気温は13.1℃である。平年値では最暖月である8月の日最高気温が30.3℃、日最低気温は22.5℃、最寒月である1月の日最高気温が4.1℃、日最低気温は-5.5℃となっている。

年平均降水量は1351.2mmである。

年平均日照時間は2253.7時間である。

極値[11] 観測値 観測年月日
日最高気温 39.4℃ 2018年8月15日
日最低気温 -19.0℃ 1969年2月6日
大田広域市(大田地方気象庁)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 16.6
(61.9)
22.6
(72.7)
26.1
(79)
30.4
(86.7)
33.3
(91.9)
35.7
(96.3)
37.7
(99.9)
39.4
(102.9)
33.2
(91.8)
31.2
(88.2)
25.5
(77.9)
18.4
(65.1)
39.4
(102.9)
平均最高気温 °C°F 4.1
(39.4)
7.0
(44.6)
12.7
(54.9)
19.4
(66.9)
24.5
(76.1)
27.9
(82.2)
29.6
(85.3)
30.3
(86.5)
26.3
(79.3)
20.8
(69.4)
13.5
(56.3)
6.2
(43.2)
18.5
(65.3)
日平均気温 °C°F −1.0
(30.2)
1.4
(34.5)
6.6
(43.9)
13.0
(55.4)
18.5
(65.3)
22.7
(72.9)
25.5
(77.9)
26.0
(78.8)
21.2
(70.2)
14.6
(58.3)
7.7
(45.9)
1.0
(33.8)
13.1
(55.6)
平均最低気温 °C°F −5.5
(22.1)
−3.6
(25.5)
1.1
(34)
6.9
(44.4)
12.8
(55)
18.1
(64.6)
22.2
(72)
22.5
(72.5)
17.0
(62.6)
9.4
(48.9)
2.8
(37)
−3.4
(25.9)
8.4
(47.1)
最低気温記録 °C°F −18.6
(−1.5)
−19.0
(−2.2)
−10.7
(12.7)
−2.9
(26.8)
3.1
(37.6)
8.1
(46.6)
13.0
(55.4)
12.3
(54.1)
4.2
(39.6)
−2.9
(26.8)
−11.4
(11.5)
−17.7
(0.1)
−19.0
(−2.2)
降水量 mm (inch) 25.5
(1.004)
37.2
(1.465)
51.6
(2.031)
81.6
(3.213)
91.8
(3.614)
167.3
(6.587)
306.9
(12.083)
299.8
(11.803)
152.5
(6.004)
59.3
(2.335)
48.0
(1.89)
29.7
(1.169)
1,351.2
(53.197)
平均降水日数 (≥0.1 mm) 8.0 7.0 8.3 8.3 8.2 9.9 16.4 14.8 9.1 6.1 8.5 9.3 113.9
平均降雪日数 9.8 6.0 2.8 0.2 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.1 2.1 7.9 28.9
湿度 65.3 60.3 57.9 56.9 62.4 69.8 79.1 78.2 75.3 71.8 69.3 67.9 67.9
平均月間日照時間 168.2 176.2 207.7 220.5 239.8 198.5 155.5 177.0 180.3 205.1 162.4 162.5 2,253.7
出典:韓国気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1969年-現在)[12][13]

教育

大学

国立
私立

高等学校

研究施設

観光

エキスポ科学公園と甲川(カプチョン)にかかる橋
鶏足山(423m)から見た大田市街地

スポーツ

種目 チーム名 創立年度 ホーム競技場
KBOリーグ ハンファ・イーグルス 1985年 大田ハンバッ運動場野球場
Kリーグ 大田シチズン 1997年 大田ワールドカップ競技場
WKリーグ 大田スポーツTOTO 2011年 大田ハンバッ運動場補助競技場
Vリーグ男子 大田三星火災ブルーファングス 1995年 忠武体育館
Vリーグ女子 大田正官庄レッドスパークス 1988年 忠武体育館

メディア

姉妹都市


脚注

出典

  1. ^ 주민등록 인구통계 - 행정안전부”. 行政安全部. 2025年8月2日閲覧。
  2. ^ 20세기 초 일본인들의 이주, 식민도시 대전의 탄생과 성장”. Redian (2019年2月1日). 2025年10月28日閲覧。
  3. ^ [한일교류와 공존] 고향은 대전, 국적은 일본… 식민지조선의 지워진 그들”. 中道新聞 (2022年11月18日). 2025年10月28日閲覧。
  4. ^ [기고]세대를 이은 어느 일본인의 대전사랑”. 中道新聞 (2023年11月30日). 2025年10月28日閲覧。
  5. ^ 동북아 바다…인문학으로 항해하다 <34> 놀이문화 속 일제잔재”. 国政新聞 (2019年9月10日). 2025年10月28日閲覧。
  6. ^ 대전의 지명”. 大田市立博物館 (2005年5月12日). 2025年10月28日閲覧。
  7. ^ 安斎霞堂. “忠清南道発展史”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 湖南日報社. 2025年10月28日閲覧。
  8. ^ 朝鮮総督府令第111号(1913年12月29日)
  9. ^ 朝鮮総督府令第103号(1930年12月29日)
  10. ^ 「迫る:韓国に残る旧日本軍遺構(その2)」『毎日新聞』2025年11月30日、朝刊。
  11. ^ 韓国気象庁(기상청)
  12. ^ 우리나라 기후평년값(1991~2020) 대전(133)”. 韓国気象庁. 2021年3月25日閲覧。
  13. ^ 순위값 - 구역별조회 대전(133)”. 韓国気象庁. 2021年10月2日閲覧。
  14. ^ 国立中央科学館”. 韓国観光公社. 2020年6月15日閲覧。
  15. ^ 国立中央科学館(大田)リニアモーターカー”. 2427junction.com. 2020年6月15日閲覧。

関連項目

外部リンク

公式
その他

座標: 北緯36度21分04秒 東経127度23分06秒 / 北緯36.351度 東経127.385度 / 36.351; 127.385


大田広域市 (대전광역시)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 08:17 UTC 版)

広域市」の記事における「大田広域市 (대전광역시)」の解説

1989年1月1日直轄市として成立。元は忠清南道属した2012年まで同道道庁所在地であった人口147万人5区からなる

※この「大田広域市 (대전광역시)」の解説は、「広域市」の解説の一部です。
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