神皇正統記とは? わかりやすく解説

じんのうしょうとうき〔ジンワウシヤウトウキ〕【神皇正統記】

読み方:じんのうしょうとうき

南北朝時代史論書。北畠親房著。延元4=暦応2年(1339)成立興国4=康永2年(1343)改訂日本建国由来から後村上天皇までの事跡示し南朝正統性論じたもの。


神皇正統記

読み方:ジンノウショウトウキ(jinnoushoutouki)

南北朝時代歴史書北畠親房著。


神皇正統記


神皇正統記〈上中下/〉

主名称: 神皇正統記〈上中下/〉
指定番号 1380
枝番 00
指定年月日 1936.05.06(昭和11.05.06)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 書跡・典籍
ト書
員数 3冊
時代区分 室町
年代
検索年代
解説文: 室町時代作品
重要文化財のほかの用語一覧
書跡・典籍:  神楽歌  神歌抄  神皇正統記  神皇正統記  神護寺如法執行問答  神護寺略記  禅院額字

神皇正統記

読み方:シンノウショウトウキ(shinnoushoutouki), ジンノウショウトウキ(jinnoushoutouki)

分野 歴史書

年代 南北朝時代

作者 北畠親房


神皇正統記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/01 09:14 UTC 版)

神皇正統記』(じんのうしょうとうき)は、南北朝時代南朝公卿北畠親房が著した歴史書神代から延元4年/暦応2年8月15日1339年9月18日)の後村上天皇践祚までを書く。奥書によれば、「或童蒙」という人物のために、老筆を馳せて、延元4年/暦応2年(1339年)秋に初稿が執筆され、興国4年/康永2年(1343年)7月に修訂が終わったという[1]慈円の『愚管抄』と双璧を為す、中世日本で最も重要な歴史書[2]、または文明史・史論書・神道書・政治実践書・政治哲学書と評される[3]。『大日本史』を編纂した徳川光圀を筆頭に、山鹿素行新井白石頼山陽ら後世の代表的な歴史家・思想家に、きわめて大きな影響を与えた[2]


注釈

  1. ^ ひとつの例として神功皇后の項において「『後漢書』に倭国の女王の使者が来朝したと記載されている」と書かれているが、実際に邪馬台国の女王卑弥呼の遣使について記載があるのは『魏志倭人伝』である。
  2. ^ 廃帝とは仲恭天皇のこと[要出典]
  3. ^ 鏡は一物を蓄えず、私の心無くして、万象を照らすに是非善悪の姿現れずということなし。その姿に従いて感応するを徳とす、これ正直の本源なり。玉は柔和善順を徳とす、慈悲の本源なり。剣は剛利決断を徳とす、知恵の本源なり。(この『神皇正統記』の部分は、丸山真男「神皇正統記に現れたる政治観」/丸山真男著『戦中と戦後の間 1936-1957』みすず書房 1976年 80ページ)から引用した。)
  4. ^ 近代日本の評論家の大町桂月もまた、これを「この一節、仁政を力説す。頼朝・泰時は虚にして、仁政は実なり。親房の頼朝・泰時を褒むるは、即ち仁政を褒むる也。千古の公論なり」と云っている。
  5. ^ 宋史』巻四九一 外國伝 日本國 此島夷耳 乃世祚遐久其臣亦繼襲不絶 蓋古之道也 中國自唐李之亂縣分裂梁周五代享歴尤促 大臣世冑鮮能嗣續 朕雖德慙往聖常夙夜寅畏講求治本不敢暇逸建無窮之業 可久之範 亦以爲子孫之計 使大臣之後世襲禄位朕之心焉

出典

  1. ^ a b c 窪田 2002, p. 6.
  2. ^ a b c d e f 大隅 1997.
  3. ^ a b 我妻 1973c, pp. 13–15.
  4. ^ 丸山真男「神皇正統記に現れたる政治観」(丸山真男著『戦中と戦後の間 1936-1957』みすず書房 1976年 78-79ページ)
  5. ^ a b 窪田 2002, pp. 5–11.
  6. ^ 窪田 2002, pp. 4–11.
  7. ^ a b c d e f g 岡野 2009, pp. 176–189.
  8. ^ a b 窪田 2002, p. 7.
  9. ^ 我妻 1973c.
  10. ^ 我妻 1973d.
  11. ^ 我妻 1973c, p. 13.
  12. ^ 我妻 1973d, pp. 109–115.
  13. ^ 我妻 1973d, pp. 102–103.
  14. ^ 我妻 1973d, p. 104.
  15. ^ a b 我妻 1973c, p. 15.
  16. ^ a b c 我妻 1973c, pp. 10–11.
  17. ^ a b c d e 窪田 2002, pp. 8–9.
  18. ^ a b 窪田 2002, p. 9.
  19. ^ a b c d 岡野 2009, p. 178.
  20. ^ 窪田 2002, pp. 9–10.
  21. ^ a b c d e f g 窪田 2002, pp. 13–15.
  22. ^ a b c d e 窪田 2002, pp. 15–16.
  23. ^ a b 窪田 2002, pp. 12–13, 16–17.
  24. ^ 窪田 2002, pp. 12–13.
  25. ^ 窪田 2002, pp. 10.
  26. ^ a b c d e f g h i 窪田 2002, pp. 16–17.
  27. ^ a b c d e f g 窪田 2002, p. 2.
  28. ^ a b シロニー 2003, pp. 22–24.
  29. ^ Ryusaku Tsunoda, Wm. Theodore de Bary, Donald Keene, eds., Sources of Japanese Tradition. New York: Columbia University Press, 1958, p.279.『神皇正統記』現代思潮社、1983年、27~29頁。
  30. ^ 『日本思想全史』清水正之132頁
  31. ^ a b c 窪田 2002, pp. 1–4.


「神皇正統記」の続きの解説一覧



神皇正統記と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「神皇正統記」の関連用語

1
余党 デジタル大辞泉
100% |||||

2
討ず デジタル大辞泉
100% |||||

3
円規 デジタル大辞泉
100% |||||

4
デジタル大辞泉
100% |||||

5
尸禄 デジタル大辞泉
100% |||||

6
幽契 デジタル大辞泉
100% |||||

7
晦朔 デジタル大辞泉
100% |||||

8
デジタル大辞泉
100% |||||

9
二輪 デジタル大辞泉
100% |||||

10
母儀 デジタル大辞泉
100% |||||

神皇正統記のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



神皇正統記のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
文化庁文化庁
Copyright (c) 1997-2024 The Agency for Cultural Affairs, All Rights Reserved.
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの神皇正統記 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS