譲位とは? わかりやすく解説

じょう‐い〔ジヤウヰ〕【譲位】

読み方:じょうい

[名](スル)天皇君主がその位を譲ること。


譲位

読み方:ジョウイjoui

在位中に皇位を譲ること。

別名 譲国


譲位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/20 16:36 UTC 版)

譲位(じょうい、旧字体: 讓位)は、君主が存命中の間に、その地位を後継者へ譲り渡す行為である。


  1. ^ 「退位」と「譲位」の使い分けは? 天皇陛下めぐる報道
  2. ^ 産経「譲位」に用語変更 朝日も「生前退位」不使用 他社は表記の混乱も
  3. ^ a b c 『週刊ダイヤモンド 2016 9/17 第104巻36号』ダイヤモンド社 61ページ
  4. ^ 日本書紀』によれば最初の譲位は継体天皇(第26代)から安閑天皇(第27代)であるが、継体天皇は即日に崩御したとされるため、譲位例に数えない場合もある。
  5. ^ 最初の譲位をした皇極天皇は、譲位後に皇祖母尊(すめみおやのみこと)という特別な尊号が定められている
  6. ^ ただし、この時代には天皇の在位中の崩御は禁忌とされていたため、新天皇への譲位・践祚の儀式が終わった後に、旧主(上皇)としての葬儀が行われている(井原今朝男『中世の国家と天皇・儀礼』校倉書房〈歴史科学叢書〉、2012年、168頁。ISBN 9784751744307NCID BB11267692全国書誌番号:22265921 
  7. ^ 伊藤博文 著 『皇室典範義解』 第十条
  8. ^ 坂本一登 著 『伊藤博文と明治国家形成―「宮中」の制度化と立憲制の導入』:180頁(文庫版:248頁) 「しかし、伊藤井上毅の意見を無視し、君位を君主の個人的な意思に委ねないという見地から、天皇の譲位それ自体を明白に否定したのである。」 (大久保啓次郎. “明治国家形成期における井上毅の事績~福澤諭吉の時代から井上毅の時代へ~” (PDF). 2014年7月16日閲覧。
  9. ^ 「高輪会議」における『皇室典範再稿(柳原前光内案)』逐条審議、伊藤決裁[第十二条(譲位)、第十五条(太上天皇)] : 皇室典範、皇族令、草案談話要録 (秘書官伊東巳代治、明治20年3月20日) は、小林宏・島善高編著『明治皇室典範〔明治22年〕上 : 日本立法資料全集本巻 16』(1996年5月26日発行、信山社出版)、梧印文庫研究会編著『梧陰文庫影印−明治皇室典範制定本史-』(1986年8月1日発行、國學院大學)、国立国会図書館憲政資料室所蔵「憲政史編纂会収集文書」に所収。
  10. ^ 島善高五味均平旧蔵「日本帝国皇室典範」について」『早稲田社會科學研究』第43巻、早稲田大学社会科学部学会、1991年10月、383-405頁、ISSN 0286-1283NAID 120000792979 
  11. ^ a b 自発的退位(譲位)の問題については、 [兵藤守男「皇位の継承」『法政理論』第40巻第2号、新潟大学法学会、2007年12月、125-160頁、ISSN 02861577NAID 110009004834 ] が詳しい。日本国憲法下において、譲位を認めるべきであるという意見は、皇室典範制定当初から現在に至るまで、様々な観点や理由から出されている。制定審議の代表例としては、第91回帝国議会貴族院本会議(昭和21年12月16日)での南原繁による質問演説(2016年7月18日閲覧)が挙げられる。
  12. ^ 明治の元勲・伊藤博文はなぜ譲位容認案を一蹴したのか? 「本条削除すべし!」 明治天皇に燻る不満「朕は辞表は出されず」 産経ニュース
  13. ^ 皇室典範 第四條
  14. ^ 幣原復員庁総裁・国務大臣答弁[貴族院]、金森国務大臣(憲法担当)答弁[衆議院貴族院]、田中文部大臣答弁[貴族院]。皇室典範案会議録一覧 - 国立国会図書館、日本法令索引。
  15. ^ 皇室典範に規定する事項に関する試案(金森国務大臣) - 国立公文書館 デジタルアーカイブ
  16. ^ 林(修) 法制局長官答弁 「これは一言で申しまして、天皇には私なく、すべて公事であるという考え方も一部にあるわけであります。やはり公けの御地位でございますので、それを自発的な御意思でどうこうするということは、やはり非常に考うべきことである。そういうような結論から、皇室典範のときに、退位制は認めなかったのであるということを、当時の金森国務大臣(註.第91回帝国議会衆議院本会議/昭和21年12月5日)はるるとして述べておられます。この問題は、実は皇室典範の審議されたときの帝国議会においては、皇室典範の論議の半分ぐらいを占めております。」 衆議院会議録情報 第31回国会 内閣委員会 第5号 昭和34年2月6日”. 国立国会図書館「国会会議録検索システム」. 2016年7月16日閲覧。
  17. ^ a b 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)
  18. ^ 以上、石村貞吉『有職故実(上)』1987年。
  19. ^ 歴史上の実例」 宮内庁。
  20. ^ 重祚して斉明天皇として再即位した際は崩御まで在位した。
  21. ^ 重祚して称徳天皇として再即位した際は崩御まで在位した。
  22. ^ 実際は廃位
  23. ^ 実際は廃位。
  24. ^ 実際は廃位。
  25. ^ 実際は廃位。
  26. ^ 読売新聞朝刊2016年8月9日特別面p12
  27. ^ 「5月から検討加速 宮内庁幹部ら5人」毎日新聞2016年7月14日 15時00分
  28. ^ 天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議
  29. ^ 読売新聞 2016年12月1日
  30. ^ 天皇退位の特例法が成立 200年ぶりの生前退位へ - BBC 2017年6月9日
  31. ^ a b c 「天皇」有識者会議 摂政論には無理がある 毎日新聞2016年11月21日 東京朝刊
  32. ^ a b 陛下はなぜ「摂政」を望まれないのか 過去64例、設置理由「幼少」が最多
  33. ^ 天皇陛下退位ヒアリング 2回目の議事録公表
  34. ^ 石川健治「人間七十年」『法学教室』2016年10月号巻頭言参照
  35. ^ 天皇の生前退位 反対論者に共通するのは政治混乱への危惧
  36. ^ 天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議最終報告 参考資料」23ページ。
  37. ^ a b 皇室典範どこまで変えるべきか - 木村草太(首都大学東京教授)



譲位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 03:35 UTC 版)

フアン・カルロス1世 (スペイン王)」の記事における「譲位」の解説

フアン・カルロスは「ぜいたく好き」とも見なされており、2007年8月29日には左派政党から公金使詳細公表求められていることを受け、監査人指名した(#人物参照)。2011年10月スペイン政府調査では、フアン・カルロス1世対す支持率50%を割っている。 2012年非公式訪れていたボツワナで、アフリカゾウスポーツハンティング中に腰の骨を折る大怪我負った当時スペイン経済的な苦境にあり(スペイン経済危機)、失業率20%超える状況にあり、国王といえど贅沢が許されるような状況になかったこと、また国王自身世界自然保護基金名誉総裁の職にあったにもかかわらずレッドリスト掲載されている動物対象スポーツハンティング行ったことについて世界的な批判を受けることとなり、名誉総裁解任されるに至った(ただし、同国での象狩り違法ではない)。この事件以降国民の支持落ちており、『エル・ムンド』の2013年世論調査では、約45%が長男フェリペ王太子王位を譲るよう求めていた。中道左派系の新聞エル・パイス』が同年3月行った世論調査発表4月)では、国王職務遂行ぶりについて回答者42%が「支持する」、53%が「支持しない」と答えた2012年12月時点では「支持する」が「支持しない」を21ポイント上回っており、数ヶ月国王支持率急落している。この頃には高齢なことから健康問題抱えており、2012年11月には人工股関節埋め込む手術行っている。 2014年6月2日午前マリアーノ・ラホイ・ブレイ首相フアン・カルロスの譲位決定発表した。ただし、この時点スペインには国王の譲位に関する法的規定がなく、ラホイ首相新国王の即位向けた手続きのため、特別閣議3日招集した後、憲法などの改正案国会提出した。この発表に対して一部左派政党により王制についての国民投票実施求め声明発表された。またSNSにて反王室デモ呼びかけられ、2日午後8時(現地時間)に反王室派により君主制維持是非を問う国民投票実施訴え大規模なデモが、首都マドリードをはじめ各地起こされた。そのような情勢の中、6月18日上院下院とも圧倒的多数で「国王退位に関する法律」を可決し国王退位文書署名した。この法律発効する19日未明に、自動的にファン・カルロスは退位し新国フェリペ6世即位した。 なお、譲位時にスペイン行われた世論調査によれば王室存続を問う国民投票実施されたら、49%がフェリペ王太子即位支持36%が共和制への移行投票する回答している。

※この「譲位」の解説は、「フアン・カルロス1世 (スペイン王)」の解説の一部です。
「譲位」を含む「フアン・カルロス1世 (スペイン王)」の記事については、「フアン・カルロス1世 (スペイン王)」の概要を参照ください。


譲位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 04:56 UTC 版)

ジグミ・シンゲ・ワンチュク」の記事における「譲位」の解説

2006年12月9日に王令を出し14日第一男子ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク譲位した。 現在、国王退位し自由に行動できるようになったことで、民衆の生活を自らの目で見るため、国内巡り歩いているという。

※この「譲位」の解説は、「ジグミ・シンゲ・ワンチュク」の解説の一部です。
「譲位」を含む「ジグミ・シンゲ・ワンチュク」の記事については、「ジグミ・シンゲ・ワンチュク」の概要を参照ください。


譲位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 21:53 UTC 版)

アルベール2世 (ベルギー王)」の記事における「譲位」の解説

2013年7月3日国民向けのテレビ演説において、高齢健康状態理由退位する意向表明建国記念日である同月21日に、長男ブラバント公フィリップ譲位した退位後も「ベルギー国王アルベール2世陛下」の称号尊称維持される生前退位行ったベルギー王は、1951年退位したレオポルド3世次いで2人目である。 退位理由として、年齢や健康問題の他に、ベルギー王室には豪華なヨット購入相続税逃れ疑惑浮上し国民の不満が高まっており、これから逃れるためという説もある。また、2013年6月にはアルベール2世の「隠し子」だと主張する女性ブリュッセル裁判所訴訟起こすという騒動発生しており、これらの批判をかわすという側面指摘されている。また、後継者フィリップ国王として才覚欠けるとの評価もあり、2014年予定されている選挙前にフィリップ政治経験を積む期間を設けるためであったとの説もある。

※この「譲位」の解説は、「アルベール2世 (ベルギー王)」の解説の一部です。
「譲位」を含む「アルベール2世 (ベルギー王)」の記事については、「アルベール2世 (ベルギー王)」の概要を参照ください。


譲位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 15:08 UTC 版)

宇多天皇」の記事における「譲位」の解説

宇多寛平9年7月3日897年8月4日)に突然皇太子敦仁親王元服させ、即日譲位し太上天皇となる。この宇多の突然の譲位は、かつては仏道専心するためと考えるのが主流だったが、近年では藤原氏からの政治的自由確保するためこれを行った、あるいは前の皇統連なる皇族から皇位継承要求が出る前に実子譲位して己の皇統正統性示したなどとも考られている(後述『大鏡』にある陽成上皇の言がその暗示考えられている)。譲位にあたって書かれた『寛平御遺誡』には右大臣源能有死に強い衝撃受けたことが書かれており、これを譲位と結びつける見方もある。 新たに即位した醍醐には自らの同母為子内親王正妃立て藤原北家嫡流外戚となることを防ごうとした。また譲位直前除目菅原道真権大納言任じ大納言太政官最上席だった時平次席としたうえで、時平道真双方内覧命じ朝政二人で牽引するよう命じた。しかしこの人事は権門公家には不評で、公卿職務拒むという事件に発展した道真宇多願ってかかる公卿らに出仕命じてもらい、ようやく新政スタートした

※この「譲位」の解説は、「宇多天皇」の解説の一部です。
「譲位」を含む「宇多天皇」の記事については、「宇多天皇」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「譲位」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「譲位」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「譲位」の関連用語

譲位のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



譲位のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの譲位 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのフアン・カルロス1世 (スペイン王) (改訂履歴)、ジグミ・シンゲ・ワンチュク (改訂履歴)、アルベール2世 (ベルギー王) (改訂履歴)、宇多天皇 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2024 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2024 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2024 GRAS Group, Inc.RSS