滅亡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/04 04:41 UTC 版)
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関連項目
滅亡(1453年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 02:15 UTC 版)
「コンスタンティノープルの陥落」および「トルコクラティア」も参照 1453年4月、オスマン帝国第7代スルタンのメフメト2世率いる10万の大軍勢がコンスタンティノポリスを包囲した。ハンガリー人のウルバン (Orban) が開発したオスマン帝国の新兵器「ウルバン砲」による砲撃に曝され、絶対的に不利な状況下、東ローマ側は守備兵7千で2か月近くにわたり抵抗を続けた。5月29日未明にオスマン軍の総攻撃によってコンスタンティノポリスは陥落、皇帝コンスタンティノス11世パレオロゴスは部下とオスマン軍に突撃して行方不明となり、東ローマ帝国は完全に滅亡する。これによって、古代以来続いてきたローマ帝国の系統は途絶えることになる。通常、この東ローマ帝国の滅亡をもって中世の終わり・近世の始まりとする学説が多い。同年には百年戦争が終結し、この戦いを通じてイギリス(イングランド王国)とフランス(フランス王国)は王権伸長による中央集権化および絶対君主制への移行が進むなど、西ヨーロッパでも大きな体制の変化があった。 1460年にはペロポネソス半島の自治領土モレアス専制公領が、1461年には黒海沿岸のトレビゾンド帝国がそれぞれオスマン帝国に滅ぼされ、地方政権からの再興という道も断たれることとなった。 なお、東欧世界における権威を主張する意味合いから、メフメト2世やスレイマン1世などオスマン帝国の一部のスルタンは「ルーム・カイセリ」(ローマ皇帝)を名乗った。また、1467年にイヴァン3世がコンスタンティノス11世の姪ゾイ・パレオロギナを妻とし、ローマ帝国の継承者(「第3のローマ」)であることを宣言したことから、モスクワ大公国のイヴァン4世などや歴代のロシア(ロシア・ツァーリ国、ロシア帝国)指導者はローマ帝国の継承性を主張している。
※この「滅亡(1453年)」の解説は、「東ローマ帝国」の解説の一部です。
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滅亡
出典:『Wiktionary』 (2021/08/13 10:18 UTC 版)
発音(?)
め↗つぼー
名詞
類義語
対義語
翻訳
動詞
活用
翻訳
「滅亡」の例文・使い方・用例・文例
- 滅亡した都市ソドム
- 文明の滅亡
- 滅亡の危機に瀕した地球を守ろうと、ある基金が設立された。
- 人類は滅亡するだろう。
- 核戦争は人類を滅亡させるだろう。
- 475年はローマ帝国の「衰退」を示す年ではあっても、「滅亡」を意味する年ではありません。
- もう一度戦争があったら、私達は滅亡するだろう。
- かりに核戦争が起こったとすれば、人類は滅亡するだろう。
- 核戦争になったら今のような世界は滅亡するだろう.
- ローマ帝国の滅亡.
- 荒れ果てる, 荒廃する; 滅亡する.
- 核戦争が起これば人類は地上から滅亡するかもしれない.
- 一は不注意のため一は不幸のため、哀れや彼は滅亡に瀕している
- 言うまでもなく家は滅亡した
- あの人は滅亡が眼前に迫らなければ我に帰らぬ
- お蔭をもって当家も滅亡を免れました
- 彼は滅亡を免れぬ
- 滅亡せる霊魂
- 滅亡に到るの道は広し
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