パーリ仏典とは? わかりやすく解説

パーリ仏典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/05 03:40 UTC 版)

パーリ仏典

パーリ仏典パーリ語仏典パーリ聖典Pali Canon)、あるいはパーリ三蔵: Tipiṭaka, ティピタカ三蔵のこと)は、南伝の上座部仏教に伝わるパーリ語で書かれた仏典である。北伝の大乗仏教に伝わる漢語・チベット語の仏典と並ぶ三大仏典群の1つ。パーリ経典パーリ語経典)とも呼ばれることがある。なお、「パーリ」とは聖典の意であり[1]、各経典に関して「〜聖典」(-pāḷi)という表現もよく用いられる。

日本でも戦前に輸入・翻訳され、漢訳大蔵経(北伝大蔵経)、チベット大蔵経に対して、『南伝大蔵経』『パーリ大蔵経』(パーリ語大蔵経)などとしても知られる。

概略

阿含経で現在伝世しているものは、『漢訳阿含経』と、スリランカミャンマータイなどに伝えられている上座部仏教の『パーリ仏典』である[2]。漢訳阿含経では増一四阿含(しあごん)があり、大正蔵では冒頭の阿含部に収録されている。『パーリ仏典』では五部が伝えられている。両者は、伝持した部派や原語は異なるものの、恐らく古代インドでオリジナルの阿含経典群が成立し、それらがそれぞれ漢語とパーリ語に訳されたと推測され、一定の対応関係にある。なお釈迦の母語とされるマガダ語とパーリ語は、言語的にそれほど相違しておらず、語彙をほぼ共有し、文法上の差異もさほどないとするなど、かなり近似的な関係にあったと捉える見解もある[3](すなわち「オリジナルの経典をパーリ語に翻訳した」とする見方を否定する説)。

大乗経典と『漢訳阿含経』とでは、『阿含経』の方が(漢訳される前のオリジナルの経典が)先にインドで成立したというのが通説である[4]。大乗経典の内容に関して、『阿含経』などで説かれる部派仏教の教義を「小乗の教え」と蔑視・批判し、大乗の教義こそが真の仏説(釈迦の教説)であるという思想が教義の根底にあるが、『阿含経』側には大乗思想についての言及や批判が全く見られないため、『阿含経』の方が先に成立し、その後それを批判する形で大乗経典が成立したと説明される(加上説大乗非仏説[5]。なお大乗加上説は、江戸時代の富永仲基が提示し、平田篤胤によって発展を見せた理論だが、現代に至るまで学術的に論破されたことは一度もなく、現代のアカデミックの場(仏教学界)においても定説とされている(すなわち大乗経典は釈迦の直説ではない)[6]

小乗阿含部の経々は、十の中に三つ四つは実に釈迦の口から出たる ままのこともあれど、大乗といふ諸経共は すべて全く後人が、釈迦に託して偽り作ったものに ちがいは無いでござる[7]
平田篤胤『出定笑語』

先に述べた通り、漢訳『阿含経』と『パーリ仏典』とでは内容が一部重複し一定の対応関係にあるため、『パーリ仏典』もまた大乗経典より成立が古いとするのが通説だが[8]、『パーリ仏典』は古い写本が存在せず、来歴も不確かな所があるため、この説に対する懐疑論も存在する。

『パーリ仏典』は釈迦と同時代に存在した思想家サマナ)に関する記述もあり(六師外道)、古代インド哲学の様相を窺い知ることのできる史料ともなっている。

成立

上座部の国々で普及している『パーリ仏典』は、スリランカで5世紀に活躍した仏典注釈者ブッダゴーサが正典と定めた仏典から成っている。正典を定めたブッダゴーサは今後新たに別の仏典をパーリ正典に追加することを禁止した。上座部の国々ではブッダゴーサが定めた正典(『パーリ仏典』)のみを正典として用いているため、聖書クルアーンのように(翻訳されれば言語は異なるが)上座部各国で用いられる仏典の内容は同一のものである[9]

近代以降は、1881年ロンドンに設立されたパーリ聖典協会(Pali Text Society, PTS)の校訂出版本[注釈 1]や、1954年ビルマミャンマー)のヤンゴンラングーン)で行われた第6回結集によって編纂された聖典テキスト(第六回結集本)[注釈 2]等が、共通の底本となっている。

写本の成立年代

タイで作られた、古代様式の写本
樺皮に書かれた仏教写本(ガンダーラ語仏教写本)。大英博物館所蔵

山中行雄が「東南アジア地域においては,現存写本の数自体が膨大である一方,高温多湿の気候,写本の保存体制の不備等から,古写本の保存が極めて困難で,15世紀以前の写本を発見することは,かなり稀である」と論じるように、『パーリ仏典』は古い写本が存在しない[10]

高等批評研究では、『パーリ仏典』は古い写本が存在しないが、『パーリ仏典』収録経典の方が大乗経典より成立が先行するというのが通説である。その理由について、例えば『大般涅槃経』では『パーリ仏典』収録の『大パリニッバーナ経』を改変して、大乗版『大般涅槃経』を創作したと考えると辻褄が合うこと[11][12]、『パーリ仏典』に登場する言語や地名は文献史学的に見て古いと認められることなどが挙げられる。言語学的観点からは『パーリ仏典』のスッタニパータ4・5章は、古代ヴェーダ語の語形が現れることが多いことなどから前田惠學は最古層の仏典であるとする説を唱えた[13]。この説は現在定説となっている[14]。スッタニパータの一部は韻文の形態をとっているが、それは元々口承歌謡(暗唱)によって伝えられてきたものが文字化されたためとされる。そうした理由から他の原始仏教経典では、その内容が釈迦在世中と同じ(釈迦の直説)であったとしても、文字資料としては口承から文字化された時代(成立年代)の文法・言語学的特徴を示すが、スッタニパータではもともと歌謡だったという性質上、古い時代の言語がそのまま歌い継がれたため、古い時代の文法・言語学的特徴をよく残している、と説明される[15]。また現存最古の仏教写本であるガンダーラ語仏教写本からもスッタニパータの「犀角の句」が確認されている[16]

インド学者でパーリ語の専門家であるオスカー・フォン・ヒンヌーバーは、文献学的に見て『パーリ仏典』に収録される『大パリニッバーナ経』の中には、釈迦の生前に近い時期に遡る非常に古風な地名、構文が残っていると指摘し、成立年代を紀元前350年から紀元前320年頃とする説を提示している [11][12]

以上が通説であるが『パーリ仏典』の成立年代を疑う見解がある。とりわけ大乗非仏説を巡る論争で「上座部仏教の優位性」を否定する立場からこの説が唱えられることが多い。

『パーリ仏典』の成立年代を疑う学説としては以下がある。中村元は最古層とされる仏典スッタニパータ四諦などの仏教の基本教義が見えないことを理由に、『パーリ仏典』の教義や戒律などの大部分は釈迦入滅後に段階的に成立したとする説を唱えた。

下田正弘は文献史学(高等批評)研究を踏まえれば、「元々オリジナルの仏説が存在し、それを改編して大乗経典が成立したこと(大乗非仏説)」自体は学術的に正しいと認めているが[17]、漢訳経典(漢訳阿含経・漢訳大乗経典)と『パーリ仏典』を比較したとき、パーリ仏典は古い写本が現存していないこと、伝承の系譜が不明であるパーリ仏典を根拠として紀元前の釈迦の説法を復元推定するのは学問的方法としておかしいと下田は主張した。下田は「K. R.ノーマンおよびO.フォン=ヒニューバによれば,現在利用可能なパーリ語の写本はほとんどが18世紀から19世紀という,きわめて近年のものである(von Hinüber 1983, 78; 1994, 188; Geiger and Norman 1994, XXV).しかもこれらの写本がどのような過程をたどって現在に至ったかほとんど情報がないため,近代以前の足跡は写本自身から知りえない.この点,漢訳の諸経典が古い時代―『道安録』を起点とするなら四世紀以降―より翻訳状況の記録とともに継承されていることに比すると,その歴史資料としての価値にはかなりの限界がある」[18]と述べている。

こうした見解に対して清水俊史は、言語学的にスッタニパータが最古層の仏典であることは認めるが、スッタニパータのような韻文は大衆向けの通俗的なもので仏教の教義を体系的に網羅したものではないので、中村元の「スッタニパータに基本教義が見えないことを理由に、『パーリ仏典』は釈迦入滅後に段階的に成立したとする説」は誤りだとし、『パーリ仏典』に見られる教義や戒律は古くから存在するもので後年に段階的に発展したものではないと論じている[19]。また清水は『パーリ仏典』の写本年代のみに着目するのは適当ではなく、高等批評研究に基づき総合的に勘案すれば『パーリ仏典』の成立年代は大乗経典よりも先行することが明らかであると説明している[19]。また清水は、大乗経典に基づいてブッダを探求することは、グノーシス派が創作した外典福音書に基づいてイエスを探求するようなもので不適当であると説明している[20]

パーリ仏典の古写本が少ないことは、学術的な研究上のネックにはなるものの、信仰の対象としての価値を減ずるものではない。そもそも上座部仏教の教義では、聖典の本質は、書写された経巻そのものにあるのではなく、それが有情によって記憶・実践・暗誦されていることにこそある(清水2018[21]pp.26-27)とされてきたことにも注意すべきである。

言語学的観点から

パーリ仏典は、部派仏教時代に使われていたプラークリット(俗語)の1つであり、(釈迦が生きた北東インドのマガダ地方の方言ではなく)西インド系[1]の、より具体的にはウッジャイン周辺で用いられたピシャーチャ語の一種であると推定されるパーリ語で書かれている[22]。第1回-第3回の結集や、後代における仏典サンスクリット化からも分かる通り、仏典はその歴史の過程で編纂・増広・翻訳が繰り返されており、パーリ仏典はその歴史過程における、インド部派仏教時代の形態を強く留めている、現存する唯一の仏典だと言える。

上座部仏教では伝統的に、この仏典の言語であるパーリ語が、釈迦が用いたいわゆるマガダ語であると信じられてきたが、学問的知見が広まった今日においてはそうした主張は弱まってきている。ただし、マガダ語とパーリ語は、実際には言語的にそれほど相違しておらず、語彙をほぼ共有し、文法上の差異もさほどないなど、むしろかなり近似的な関係にあったと推定されている[23]

史的ブッダ論

大乗非仏説では、上座部仏教に近い仏教の教義と、『パーリ仏典』などで描かれる「六神通を使う超人的なブッダ像」が紀元前の間に既に確立していたが、それを改変して大乗仏教が派生したと捉える(キリスト教で例えるならば後世に派生しトマスの福音書ユダの福音書などを新たに創作したグノーシス派のような存在と捉える)[24]。大乗仏説論者(大乗非仏説に反対する論者)からはこの論理に破綻または明確な矛盾があり大乗非仏説は誤りであるという論理が立てられる。

紀元前に成立していたと見られる、『パーリ仏典』などで描かれる「六神通を使う超人的なブッダ像」に関しても、神足通で空を飛ぶ、他心通で相手の思考を全て読み取るなどの釈迦の逸話は非科学的であるとして、紀元前の間に創作されたとする見解があり(上座部仏教も非仏説論)、中村元高等批評研究によって神話的要素を全て排除した「史的ブッダ」の復元を試みていた。しかし現在ではこうした研究は下火になっている。その理由については以下による。

  • リグ・ヴェーダ』など釈迦在世時より成立が遡ると見られる史料は存在するものの、釈迦と同時代で釈迦を客観的に記録した一次史料が皆無である。一次史料が皆無な状況で仏伝(釈迦の伝記)から単に神話的要素を削ぎ落しても客観的な考察が不可能であり、結局歴史学者の主観や願望が入ったフィクションの「史的ブッダ」が創出されるだけで、かえって史的研究にとって有害だと見なされている[25]
  • 「釈迦が説いたのは、いかなる思想家・宗教家でも歩むべき真実の道である。ところが後世の経典作者は(中略)仏教という特殊な教えをつくってしまったのである」と仏教を説明した中村元の学説に代表されるように、「釈迦は教えを説いた哲学者のような人物で宗教家ではなかったが、死後に神格化されて上座部仏教大乗仏教が成立した」という非仏説論がかつて存在したが、古代インドの宗教観、聖者信仰を踏まえれば、釈迦は何らかの宗教行為(輪廻からの解脱など)を目指しており在世中から既に神格化されていたと考える方が適当だとして、この非仏説論は現在否定されている為。よって紀元前の間に超人的逸話が加上された可能性はあるものの、神話的要素を完全に排した「常人ブッダ」という概念は成立しない[26]

上記の理由から原始仏教研究では敢えて「史的ブッダ」を探求せず、信仰の問題(信じるか信じないか)は別にして「超人的なブッダ像」のまま研究を行うことが現在のスタンダードになっている。大谷大学教授の新田智通は次のように説明している。

実際に仏典を紐解いてみると、最初期のものと思われる文献においても、一個人としての「人間ゴータマ(釈迦)」はまったく説かれていないし、また一般的に保守的な見解に立っていたとされる上座部の文献を見ても(略)そこに描かれているゴータマの姿というのは一貫して神話的、超越的なのである[27]
平川彰の「純粋に”人間仏陀”の伝記は現在としては再現不可能である。仏陀の事蹟はすべて神話的に色づけられているからである」という言葉に端的に表されているように、ゴータマの脱神話化は結局不可能な試みなのである[27]

構成

漢訳仏典、チベット語訳仏典と同じく、律蔵(Vinaya Piṭaka(ヴィナヤ・ピタカ))、経蔵(Sutta Piṭaka(スッタ・ピタカ))、論蔵(Abhidhamma Piṭaka(アビダンマ・ピタカ))の三蔵(Tipiṭaka(ティピタカ))から成る。順序としては、律蔵が軽視されて後回しにされる漢訳とは異なり、チベット仏典と同じく、律蔵が最初に来る。

律蔵

経蔵

論蔵

  • 論蔵(Abhidhamma Piṭaka(アビダンマ・ピタカ)):解説・注釈
    • 法集論(Dhammasaṅgaṇī
    • 分別論(Vibhaṅga
    • 界論(Dhātukathā
    • 人施設論(Puggalapaññatti
    • 論事(Kathāvatthu
    • 双論(Yamaka
    • 発趣論(Paṭṭhāna

注釈・復注釈

また、パーリ仏典には、

と呼ばれる注釈文献群が付属しており、パーリ仏典の内容解釈に際して参照される。

ちなみに、下掲する日本語訳の中では、大蔵出版片山一良訳 『パーリ仏典』シリーズが、これら注釈文献を参照した日本語訳として知られている[29]

南伝アビダンマの綱要書である『アビダンマッタサンガハ』はティーカー(復注釈書)に含まれる。

その他

その他の付属・関連文献(Anya アニヤと表現される)としては、ブッダゴーサの『清浄道論』や、レディ・サヤドーの文献等がある。

南伝大蔵経

南伝大蔵経
編集者 高楠順次郎
訳者 上田天瑞
発行日 1936年1月8日
発行元 大蔵出版
ジャンル 仏教聖典
日本
言語 日本語
形態 聖典、仏典
公式サイト インターネットアーカイブnandendaizokyovol01
[ ウィキデータ項目を編集 ]
テンプレートを表示

パーリ語仏典の日本語翻訳(全訳)は、1935年から1941年にかけて南伝大蔵経全65巻70冊として刊行・出版された。パーリ聖典協会(Pali Text Society, PTS)の校訂出版本を底本とし、漢訳仏典の集成である『大正新脩大蔵経』(1923年-1934年、全88巻)を手がけた高楠順次郎らによってなされた[30]

パブリックアクセス問題

国立国会図書館は、「近代デジタルライブラリー」事業の一環として、2007年7月からは『大正新脩大蔵経』の大正期刊行分を、2013年2月からは『大正新脩大蔵経』の昭和期刊行分と『南伝大蔵経』を、著作権切れの刊行物としてインターネット公開を始めたが、2008年からこれらを出版物として扱っている大蔵出版から抗議を受けるようになった。それに対して国立国会図書館は、2013年5-6月より、それらのインターネット公開を一時停止し、抗議内容を検討した。

2014年1月、半年間の検討期間を経て、国立国会図書館は、『大正新脩大蔵経』のインターネット公開は再開するが、『南伝大蔵経』は当分の間は館内公開に留め、インターネット公開は行わないと発表した[31]。この「南伝大蔵経問題」の一連の経緯は、図書館の「無料原則」「民業圧迫の回避」や著作権問題と合わせて様々な議論を巻き起こした[32]

国立国会図書館は、この件における経緯と対応について、「インターネット提供に対する出版社の申出への対応について」という文書をインターネット上に発表している[33]

日本語訳

全訳

  • 『南伝大蔵経』(全65巻70冊) 大蔵出版
    • 『律蔵』(5巻5冊)
    • 『経蔵』(39巻42冊)
    • 『論蔵』(14巻15冊)
    • 『蔵外』(7巻8冊)

部分訳

経蔵長部

経蔵長部 全訳

サーマンニャパラ経(沙門果経)

マハーパリニッバーナ経(大般涅槃経)

  • 『ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経』中村元訳 岩波文庫

経蔵中部

経蔵中部 全訳

  • 『原始仏典 中部経典1-4』(第4-7巻)中村元監修 春秋社
  • 『パーリ仏典 中部(マッジマニカーヤ)』(全6巻)片山一良訳 大蔵出版

マハー(大)ハッティパドーパマ経(象跡喩大経)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「象の足跡のたとえ」中央公論社

チューラ(小)マールキヤ経(摩羅迦小経)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「毒矢のたとえ」中央公論社

アングリマーラ経(鴦掘摩経)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「兇賊の帰依」中央公論社

アッサラーヤナ経(阿摂惒経)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「階級の平等」中央公論社

バフダートゥカ経(多界経)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「種々の界」中央公論社

経蔵相応部

経蔵相応部 全訳

  • 『原始仏典II 相応部経典』(全6巻)中村元監修 春秋社
  • 『パーリ仏典 相応部(サンユッタニカーヤ)』(全10巻既刊9巻[34])片山一良訳 大蔵出版

有偈篇 全訳

  • 『ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1 』中村元訳 岩波文庫
  • 『ブッダ悪魔との対話――サンユッタ・ニカーヤ2 』中村元訳 岩波文庫

デーヴァター相応(諸天相応)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「サミッディの出家」中央公論社

ブラフマ相応(梵天相応)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「説法の要請(梵天勧請)」中央公論社

サッチャ相応(諦相応)

  • 『世界の名著〈1〉バラモン教典, 原始仏典 』「はじめての説法(初転法輪)」中央公論社

経蔵増支部

  • 『原始仏典III 増支部経典』(全8巻)中村元監修 春秋社

経蔵小部

経蔵小部 全訳

  • 『小部経典』 全10巻、正田大観、Evolving/Kindle 2015年
  • 『小部経典』 全16巻、中村 元 監修・訳、春秋社、2023年から刊行中[35]

ダンマパダ(法句経)

  • 『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳 岩波文庫

スッタニパータ(経集)

  • 『ブッダのことば―スッタニパータ』中村元訳 岩波文庫
  • 『スッタニパータ [釈尊のことば] 全現代語訳』 荒牧典俊・本庄良文・榎本文雄、講談社学術文庫 2015年

テーラガーター(長老偈経)

  • 『仏弟子の告白―テーラガーター』中村元訳 岩波文庫

テーリーガーター(長老尼偈経)

  • 『尼僧の告白―テーリーガーター』中村元訳 岩波文庫
  • 『パーリ文『テーリー・ガーター』翻訳語彙典』(植木雅俊法蔵館、2023年)

ジャータカ(本生経)

  • 『ジャータカ全集』(全10巻)中村元監修 春秋社

ミリンダパンハ(弥蘭陀王問経)

ペータヴァットゥ(餓鬼事)

  • 『餓鬼事経 死者たちの物語』藤本晃訳 サンガ

ヴィマーナヴァットゥ(天宮事)

  • 『天宮事経 天界往生の物語』藤本晃訳 サンガ

その他

脚注

注釈

  1. ^ 『南伝大蔵経』や、中村元らの翻訳本は、これを底本としている。
  2. ^ 現在、大蔵出版から刊行され続けている片山一良訳の『パーリ仏典』シリーズは、これを底本としている。

出典

  1. ^ a b パーリ語とは - 世界の主要言語がわかる事典/講談社/コトバンク
  2. ^ 馬場紀寿 2018, pp. 56–59.
  3. ^ 『バウッダ [佛教]』 中村元 講談社学術文庫 p.101
  4. ^ 菅野博史『富永仲基と平田篤胤の仏教批判』2015年
  5. ^ 平川彰『平川彰著作集[5]大乗仏教の教理と教団』1989年 p.68
  6. ^ 菅野博史『富永仲基と平田篤胤の仏教批判』2015年
  7. ^ 菅野博史『富永仲基と平田篤胤の仏教批判』2015年
  8. ^ 平川彰『平川彰著作集[5]大乗仏教の教理と教団』1989年 p.68
  9. ^ 佐々木閑「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争1」「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争2」「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争3」
  10. ^ 山中行雄「東南アジアおよび南アジアにおけるパーリ語文献の写本伝承」印度學佛教學研究 65 (2), 757-756, 2017 NII論文ID 130006314815
  11. ^ a b オスカー・フォン・ヒンヌーバー "Hoary past and hazy memory. On the history of early Buddhist texts", in Journal of the International Association of Buddhist Studies, Volume 29, Number 2: 2006 (2008), pp.198-206
  12. ^ a b see also: Michael Witzel, (2009), "Moving Targets? Texts, language, archaeology and history in the Late Vedic and early Buddhist periods." in Indo-Iranian Journal 52(2-3): 287-310.
  13. ^ 前田惠學 『原始仏教聖典の成立史研究』 山喜房仏書林 1964
  14. ^ 並川孝儀 『スッタニパータ 仏教最古の世界』 岩波書店 2008
  15. ^ 中村 1984, p. 435.
  16. ^ Salomon, Richard (1999). Ancient Buddhist Scrolls from Gandhara: The British Library Kharosthi Fragments. University of Washington Press. pp. 141-155 
  17. ^ 佐々木閑『下田正弘とグレゴリー・ショペン』2012年
  18. ^ 下田 正弘「「正典概念とインド仏教史」を再考する――直線的歴史観からの解放――」印度學佛教學研究 68 (2), 1043-1035, 2020-03-20  NII論文ID 130007899192
  19. ^ a b 清水俊史『上座部仏教における聖典論の研究』(大蔵出版、2021)p40-50
  20. ^ 清水俊史『ブッダという男 ――初期仏典を読みとく』筑摩書房、2023年、196頁。ISBN 978-4480075949 
  21. ^ 清水俊史「パーリ上座部における正法と書写聖典」、『佛教大学仏教学会紀要 23』pp.19-41, 2018-03-25
  22. ^ 『バウッダ [佛教]』 中村元 講談社学術文庫 p.100
  23. ^ 『バウッダ [佛教]』 中村元 講談社学術文庫 p.101
  24. ^ 竹村牧男『インド仏教の歴史』2004年、p126
  25. ^ 桂ほか 2013, p. 85-86.
  26. ^ 桂ほか 2013, p. 92.
  27. ^ a b 桂ほか 2013, p. 85-86,98-100.
  28. ^ 増一阿含経
  29. ^ パーリ仏典 片山良一訳 - 大蔵出版
  30. ^ 南伝大蔵経とは - ブリタニカ国際大百科事典/コトバンク
  31. ^ 全文表示|著作権切れ書籍データのネット公開停止 出版社側からの抗議に国会図書館が折れる : J-CASTニュース”. 2015年11月9日閲覧。
  32. ^ 湯浅俊彦編著「電子出版と電子図書館の最前線を創り出す」(出版メディアパル、2015)、pp.201-203。
  33. ^ インターネット提供に対する出版社の申出への対応について”. 2018年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月9日閲覧。 国立国会図書館、2014年1月
  34. ^ ☆ シリーズ最新刊!! ☆パーリ仏典 3-9相応部(サンユッタニカーヤ)大篇Ⅰ”. www.daizoshuppan.jp. 大蔵出版. 2023年6月20日閲覧。
  35. ^ 春秋社 (2023年7月14日). “小部経典 第一巻”. webcache.googleusercontent.com. www.shunjusha.co.jp. 2023年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月1日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク


パーリ仏典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 17:31 UTC 版)

四諦」の記事における「パーリ仏典」の解説

パーリ語経典は、釈迦はこの四諦それぞれを示(これこそ苦であるなどと四諦それぞれ示すこと)・勧(苦は知るべきものであるなどと四諦修行勧めること)・証(私はすでに苦を知ったなどと四諦証したことを明らかにすること)の三転から説き三転十二行相)、如実知見得たので、神々と人間を含む衆生の中で「最上の正し目覚め」に到達した宣言する至ったとする。 パーリ語経典長部『沙門果経』では、四諦は、沙門出家修行者比丘・比丘尼)が、戒律具足戒波羅提木叉順守によって清浄な生活を営みながら、止観瞑想修行精進し続けることで得られる六神通最終段階「漏尽通」に至って、はじめてありのままに知ることができると述べられている[要検証ノート]。 仏教学者三枝充悳は、スッタニパータはじめとする詩句表現するパーリ語には異同見られるとし、調査によって、①苦集滅道のみで四諦の語がない→②苦集滅道四諦の語もある→③四諦の語のみあり、の順に発展して四諦の語が広く知られてからは、とくに苦集滅道説く必要性消えた推測している。

※この「パーリ仏典」の解説は、「四諦」の解説の一部です。
「パーリ仏典」を含む「四諦」の記事については、「四諦」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「パーリ仏典」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「パーリ仏典」の関連用語

パーリ仏典のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



パーリ仏典のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのパーリ仏典 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの四諦 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS