スッタニパータとは? わかりやすく解説

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スッタニパータ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/31 22:10 UTC 版)

パーリ仏典 > 経蔵 (パーリ) > 小部 (パーリ) > スッタニパータ

スッタニパータ: Sutta Nipāta)は、セイロン(スリランカ)に伝えられた、上座部仏教パーリ語経典(原始仏典)の小部第五巻に収録された。スッタニパータは釈迦の語録集・説法集・対話篇などの内容で構成される。スッタニパータの第4,5章は、現在伝世している全ての仏典の中で最古層に属すると考えるのが定説である。

概略

「スッタ」(Sutta)はパーリ語で「」の意[注 1]、「ニパータ」(Nipāta)は「集まり」の意、あわせて『経集』の意となり、『南伝大蔵経』のようなパーリ語経典日本語訳の漢訳題名でも、この名が採用されている[1]

文字通り古い経を集めたものである。第4章と第5章に対する註釈として、サーリプッタ舎利弗)の作と伝承される同じく小部に収録されている『義釈』がある[2]。1世紀から3世紀に書かれたとされるガンダーラ語仏教写本にもスッタニパータ収録の「犀の角経」(Khaggavisana Sutta)が含まれていることが確認されている[3]

スッタニパータの一部に対応する漢訳経典としては三国時代の支謙が漢訳した『義足経』(大正蔵198)がある[4]。ただし漢訳されたのは第4章『八つの詩句の章』のみである。『義足経』という名称について、本来は『義経』という名称であったが、伝世するうちに誤字で『義経』になったとする説がある[5]

成立

スッタニパータを含め『パーリ仏典』はパーリ語で著されているが、釈迦の母語とされるマガダ語とパーリ語は、全く同じではないが言語的にそれほど相違しておらず、文法上の差異も少なかったとされ、かなり近似的な関係にあったとされる[6]。スッタニパータにはパーリ語の文法に対応しないインド東部の方言と推測されるマガダ語のものと見られる文法・語彙が含まれていることから、近現代の仏教学界では、数ある仏典の中でもスッタニパータを最古層経典に位置づけている。しかし既述の『義足経』を除いて、スッタニパータは東アジアの大乗仏教圏諸国には伝播しなかった。現代日本では日本語訳として『南伝大蔵経』の中におさめられている。

『スッタニパータ』の注釈書として、文献学的に『スッタニパータ』と同時代に成立したと考えられている『ニッデーサ』(義釈)が伝えられている。『スッタニパータ』の第4章と第5章のそれぞれに大義釈と小義釈が存在することから、この部分がもっとも古く、元は独立した経典だったと考えられている。小義釈にはスッタニパータ第1章の「犀の角経」(Khaggavisana Sutta)に対する注釈も含まれる。

第4,5章最古層説

スッタニパータの一部は韻文の形態をとっているが、それは元々口承歌謡(暗唱)によって伝えられてきたものが文字化されたためとされる。そうした理由から他の原始仏教経典では、その内容が釈迦在世中と同じ(釈迦の直説)であったとしても、文字資料としては口承から文字化された時代(成立年代)の文法・言語学的特徴を示すが、スッタニパータではもともと歌謡だったという性質上、古い時代の言語がそのまま歌い継がれたため、古い時代の文法・言語学的特徴をよく残している、と説明される[7]

20世紀前半にリス・デイヴィッズ[8]や、Bimala Churn Law[9] は、スッタニパータの中でも4,5章は特に古いと考えた。中村元も同様に考えている。以下の理由による。

  • 小部内の注釈書義釈(ニッデーサ)はほぼ4,5章のみの注釈である。1-3章はその後にまとめられた可能性がある。
  • パーリ仏典中で、「アッタカヴァッガ(八つの詩句)」「パーラーヤナ(彼岸に至る道)」というスッタニパータの章名の言及はあるが、「スッタニパータ」という経名の言及はない。パーリ仏典中で「スッタニパータ」という経名の言及は『ミリンダ王の問い』が唯一である。しかしその漢訳である『那先比丘経』には対応する経名の言及がない。つまり『ミリンダ王の問い』の中で言及される「スッタニパータ」という経名は、何者かが後世に追記した可能性が高い[10]

前田惠學は4,5章について、

  • マガダ語のほか、古代ヴェーダ語の語形が現れることが多い。
  • 使われているヴァッタという韻律は古い。

の点からも4,5章はスッタニパータの中でも最古層であると主張した[11]。この説はその後、1-3章と4,5章に使われる述語の違いなどからも確認され、現在定説となっている[10]。なお4章と5章のどちらが古いかについては定説はない。

構成

『スッタニパータ』は、以下の全5章から成る。

  • 第1章 - 蛇の章(Uraga-vagga)
  • 第2章 - 小なる章(Cūḷa-vagga)
  • 第3章 - 大なる章(Mahā-vagga)
  • 第4章 - 八つの詩句の章(Aṭṭhaka-vagga)
  • 第5章 - 彼岸に至る道の章(Pārāyana-vagga)

内容

ダンマパダ』は初学者が学ぶ入門用テキストであるのに対し、『スッタニパータ』はかなり高度な内容を含んでいるため、必ずしも一般向けではない。

有名な「犀の角のようにただ独り歩め」というフレーズは、ニーチェにも影響を与えた[12]。南方の上座部仏教圏では、この経典のなかに含まれる「慈経」、「宝経」、「勝利の経」などが、日常的に読誦されるお経として、一般にも親しまれている。

現代の事情にそぐわない内容も含まれているが悩み相談に応用可能な内容も多い[13][14]として、2021年に京都大学こころの未来研究センターの熊谷誠慈准教授(仏教学)はスッタニパータをAIに学習させた「ブッダボット」を発表した[14][15][13]

ビンギヤが尋ねた。

「私は年をとったし、力もなく、容貌も衰えています。眼もはっきりしませんし、耳もよく聞こえません。私が迷ったまま死ぬことのないようにして下さい。どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるのですか。その理(ことわり)を説いてください。それを私は知りたいのです。」

師(釈迦)は答えた 「ビンギヤよ。物質的な形態があるが故に人々は害され、物質的な形態があるが故に人々は病などに悩まされる。ビンギヤよ。それ故に、あなたは怠ることなく、物質的形態を捨てて、再び生存状態に戻らないようにせよ。」

「四方と上と下と、これらの十方の世界において、あなたに見られず、聞かれず、考えられず、また認識できないものもありません。どうか理法を説いてください。それを私は知りたいのです。─どうしたらこの世において(輪廻転生せず)生と老いとを捨て去ることができるかを。」

師は答えた 「ビンギヤよ。人々は妄執に陥って苦悩を生じ老いに襲われているのをあなたは見ているのだから、それ故にビンギヤよ、あなたは怠ることなく励み妄執を捨てて再び迷いの生存状態に戻らないようにせよ。」

『スッタニパータ』彼岸に至る道の章、Piṅgiyamāṇavapucchā

(釈迦の発言)

生まれによって賤しい人となるのではない。生まれによってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなる。

チャンダーラ族の子で犬殺し(屠殺を生業とした階級)のマータンガという人は、世に知られた令名の高い人であった。マータンガはまことに得がたい最上の名誉を得た。多くの王族やバラモンたちは彼のところに来て奉仕した。彼は(死後)神々の道、塵汚れを離れた大道を登って、情欲を離れて、ブラフマー梵天)の世界(天界)に赴いた。

ヴェーダ読誦者の家に生まれ、ヴェーダの文句に親しむバラモンたちも、しばしば悪い行為を行っているのが見られる。そうすれば現世においては非難せられ、来世においては悪いところに生まれる。
『スッタニパータ』蛇の章、Vasala Sutta(抄)

内容を巡る議論

スッタニパータの経典の中で、釈迦は現世の欲や執着を絶って輪廻から解脱し、二度と生まれ変わることなく涅槃に至るのが至高だと説いている(上座部仏教の教義では、釈迦は「輪廻からの解脱、すなわち死後に天界を含めて二度と生まれ変わらないこと」を目指していたと説明される)。経典の中の釈迦は古代インドの宗教観に基づき輪廻転生天界の存在、天界の神々(バラモン教の神々)の存在を認めている。天界の神々は釈迦を敬い、釈迦と会話をする場面も多々あるが、大乗仏教で見られる浄土という概念が釈迦によって説かれることはなく、釈迦以外のブッダ大日如来阿弥陀如来薬師如来など)は一切登場しない。

『スッタニパータ』の中で釈迦の説く教説は古代インドの価値観やバラモン教の色彩が強いもので大乗仏教の教義とは著しくかけ離れており、それゆえ大乗仏教の教義(浄土の教義や、大日如来阿弥陀如来薬師如来などの他の仏の教義)は後世の創作であるとする大乗非仏説の論拠にされることが多い。大乗仏教の僧や熱心な信徒は、「スッタニパータは釈迦の直説ではない」と主張する者も少なくない。

日本仏教学院の長南瑞生は自身の運営する「仏教ウェブ入門講座」のサイトで、以下を論拠として、大乗非仏説と「スッタニパータは釈迦の直説に最も近い経典である」という説に対して反論している[16][17][18]

  • 編纂時期の問題

現在私たちが目にするパーリ仏典の形は、5世紀の僧ブッダゴーサによって編集・体系化されたものであり、釈迦が亡くなってから約1000年後のことである。

  • 他の経典との比較

漢訳の『中阿含経』や『増一阿含経』の方が、パーリ経典よりも成立が古いものがあり、パーリ仏典だけを特別視できない。

  • 編纂の恣意性

ブッダゴーサはスリランカでシンハラ語の伝承をパーリ語に翻訳・再構成した。その際、分別説部という自分の属する学派の立場から、内容の編纂を行っている。

  • 言語的な隔たり

釈迦はマガダ国の東方方言(マガダ語)を話していたとされている。一方、パーリ語はインド西部系統の言語である。つまり、パーリ仏典はすでに「翻訳された外国語の経典」であり、漢訳経典と本質的に同じ立場にある。

『スッタニパータ』と同様の事案としてキリスト教の『Q資料』がある。『Q資料』は『マタイによる福音書』と『ルカによる福音書』の執筆の際に両福音書に共通の源泉となったと考えられる、仮説上のイエスの言葉資料である。存在が事実だったとしても散逸している訳であるが高等批評研究で概ねの類推が可能である、とされる。『Q資料』を研究しているバートン・L・マックは『Q資料』として復元されるイエスの説法とキュニコス派哲学の近似性に着目し、著書『失われた福音書-Q資料と新しいイエス像』でイエスは元来ユダヤ教の影響下にあったキュニコス派の哲学者であり、イエスに関する奇跡や復活については実際の歴史とは別に創作されたフィクションであるという説を提示したが、熱心なキリスト教信徒らはその見解に反発し物議を醸した(キュニコス派#キリスト教との関連)。

ジャイナ教側に伝わる史料との比較

安楽によって得られた安楽は絶対の安楽に他ならない。苦しんで得られる苦しみに私が合することがないように、とブッダ・阿羅漢聖仙であるサーリプッタが語った。 快い食物を食して、快い坐臥所を享受して、快い家の中で比丘は心を統一して禪思する。不快な食物を食して、不快な坐臥所を享受して、不快な家の中で比丘は苦しみを念ずる。そのような多数の事物を捨てて、賢者、知慧ある人は他のものを貪らない。これが諸々のブッダの教えである。(以下略)
イシバーシヤーイム英語版[19]

仏教と同時期に成立したジャイナ教側に残る史料のうち、言語学的に見て最古層に属する経典のうちの一つとして『イシバーシヤーイム英語版』(聖仙語録)がある。その内容はジャイナ教の比丘に限らず、古代インドの聖者の語録を集めたものである。その中でサーリプッタの教説も掲載されているが、仏教側の最古層経典とされる『スッタニパータ』で説かれる内容との類似性が見られることから、中村元は「ジャイナ教徒の伝えるサーリプッタの説と原始仏教聖典のうちの最古層の説とがかなり一致し、あるいは符合するということは、両者の所伝が相当の程度に歴史的事実を伝えていることを証するものであろう」と説明している[20]。しかし重大な問題が一つあり、『イシバーシヤーイム』には釈迦に関することが一切書かれておらず、サーリプッタがブッダとして紹介されていることである。これについて何らかの誤記でなければ「仏教の開祖はサーリプッタ」だとジャイナ教側は認識していたことになるが、その理由について中村元は、釈迦の教えを具体的に体系化したのがサーリプッタであったか、現在釈迦の教えとして伝わっている教説の一部または大部分が実はサーリプッタの教説であったという可能性も払しょくできないとしている[21]

日本への伝来

スッタニパータ全体の漢訳は存在しないため、日本に伝来することもなかった。近代に入り以下の翻訳がある。

刊行書誌

日本語訳

スッタニパータ
Sutta Nipata
訳者 中村元ほか
発行日 1984-05-16
発行元 岩波書店など
ジャンル 聖典
言語 パーリ語
形態 文庫本など
コード ISBN 4-00-333011-0
ISBN 4-00-007007-X
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関連文献

英訳

パーリ語原典

脚注

注釈

  1. ^ パーリ語の「スッタ」(sutta)、サンスクリットの「スートラ」(sūtra)、そして漢語の「経」も、全て原義は「縦糸」という意味である。

出典

  1. ^ WEB南伝大蔵経目録 p.12
  2. ^ 『パーリ上座部の経蔵に収載される “声聞の所説”の権威性を巡って』 - 清水俊史
  3. ^ Salomon, Richard (1999). Ancient Buddhist Scrolls from Gandhara: The British Library Kharosthi Fragments. University of Washington Press. pp. 141-155 
  4. ^ 原始仏教聖典資料による釈尊伝の研究 - 中央学術研究所
  5. ^ 水野弘元「Arthapada Sutra (義足經) につい て」1952年
  6. ^ 『バウッダ [佛教]』 中村元 講談社学術文庫 p.101
  7. ^ 中村 1984, p. 435.
  8. ^ Rhys Davids "Buddhist India" G.P. Putnam's Sons, New York 1903 (中村了昭訳『仏教時代のインド』大東出版社 1984)
  9. ^ B.C.Law "A History of Pali Literature" Trubner, London 1933
  10. ^ a b 並川孝儀 『スッタニパータ 仏教最古の世界』 岩波書店 2008
  11. ^ 前田惠學 『原始仏教聖典の成立史研究』 山喜房仏書林 196
  12. ^ 川鍋征行「ニーチェの仏教理解」『比較思想研究 』第8巻 p.44
  13. ^ a b ブッダで悩みを解決、仏教対話AI「ブッダボット」の開発 -伝統知と人工知能の融合-”. 京都大学. 2022年7月10日閲覧。
  14. ^ a b 株式会社インプレス (2021年3月29日). “京都大ら、仏教を学習したAIが助言してくれる「ブッダボット」”. PC Watch. 2022年7月10日閲覧。
  15. ^ 悩みに答えるAIブッダ、幸せのヒントに…京大など開発中:地域ニュース”. 読売新聞オンライン (2021年8月4日). 2022年7月10日閲覧。
  16. ^ テーラワーダ(上座部)仏教とは?(日本仏教学院)”. 長南瑞生. 2025年9月7日閲覧。
  17. ^ スッタニパータ(経集)全文の現代語訳・名言も解説(日本仏教学院)”. 長南瑞生. 2025年9月7日閲覧。
  18. ^ 原始仏教・初期仏教とは?(日本仏教学院)”. 長南瑞生. 2025年9月7日閲覧。
  19. ^ 中村元「サーリプッタに代表された最初期の佛教」『印度學佛教學研究』1966年、p.455
  20. ^ 中村元「サーリプッタに代表された最初期の佛教」『印度學佛教學研究』1966年、p.463
  21. ^ 中村元「サーリプッタに代表された最初期の佛教」『印度學佛教學研究』1966年、p.463
  22. ^ 再編訳著に『今日を生きるブッダのことば 『スッタニパータ』篇』春秋社、2008年。ISBN 4-393-13365-X

関連項目

外部リンク


スッタニパータ

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般若」の記事における「スッタニパータ」の解説

アジタ(人名)よ、命ある者における煩悩流れせき止めるものは、気づきsati)である。それが煩悩流れ堰き止める、とわたしは説く般若によって、それら(煩悩流れ)は塞がれる。 — スッタニパータ1035

※この「スッタニパータ」の解説は、「般若」の解説の一部です。
「スッタニパータ」を含む「般若」の記事については、「般若」の概要を参照ください。

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