ウッジャインとは? わかりやすく解説

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ウッジャイン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 04:06 UTC 版)

ウッジャイン
उज्जैन

街の様子
位置
ウッジャイン
ウッジャイン (インド)
ウッジャイン
ウッジャイン (マディヤ・プラデーシュ州)
座標 : 北緯23度11分0秒 東経75度47分0秒 / 北緯23.18333度 東経75.78333度 / 23.18333; 75.78333
行政
インド
  マディヤ・プラデーシュ州
 市 ウッジャイン
人口
人口 (2011年現在)
  市域 515,215 [1]
その他
等時帯 IST (UTC+5:30)
公式ウェブサイト : http://ujjain.nic.in/

ウッジャインヒンディー語: उज्जैन ヒンディー語発音: [ʊd͡ːʒɛːn]英語: Ujjain)は、インドマディヤ・プラデーシュ州、ウッジャイン県の都市。ウッジャイニー(Ujjayini)とも呼ばれる。 ヒンドゥー教の聖地でもあり、クンブ・メーラ開催地のひとつである。

この都市は、サンスクリットで Ujjayani、パーリ語で Ujjeni である。

歴史

前6世紀、十六大国の一つアヴァンティ国の首都であった。

伝説によればヴィクラマーディティヤ王はこの地の王であった。紀元前57年に王がサカ族を破ったのがヴィクラマ紀元の由来であるという。ただし史実とは考えられていない。

その後、西クシャトラパグプタ朝の支配下に置かれたが、その後はムスリム勢力の支配を受けるなどして衰退していった。

18世紀マラーター王国の諸侯シンディア家の支配下に置かれ、再建された。その後、拠点はグワーリヤルと行き来した。

1800年7月、シンディア家とホールカル家がウッジャインで激突し、ホールカル家が勝利、シンディア家は多大な犠牲を被った(ウッジャインの戦い)。

1810年シンディア家の当主ダウラト・ラーオ・シンディアはグワーリヤルの新区画ラシュカルに遷都した。

人口

2011年の人口は、515,215人[2]

出典・脚注

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