上代東国方言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/25 12:23 UTC 版)
上代東国方言(じょうだいとうごくほうげん、じょうだいあずまほうげん)は、広義には奈良時代の東国で話されていた上代日本語を指す。
現在[いつ?]の研究では大きく上代遠江=駿河日本語(Töpo-Suruga Old Japanese)、上代中部日本語(Central Old Japanese)、真上代東国語(true Eastern Old Japanese)の三つの言語と、多様な未分類の方言に区分することができることが分かっている[1][2]。
単に東国方言、あずま言葉ともいう[3]。
下位分類
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上代東国方言の文法や発音を現在まで保持しているため、八丈方言は上代東国方言に由来すると考えられている。
概要
確認できる全ての言語での語順はSOV型であり、対格言語であることが知られている。音節構造は(C)Vである[4]。
万葉集の東歌と防人歌の一部から存在が推定でき、12か国(信濃国、遠江国、駿河国、下野国、上野国、武蔵国、相模国、陸奥国(歌は今の福島県域まで)、常陸国、上総国、下総国)での記録と、詠者の出身地の分かっていない数十の歌からの記録が唯一の情報源である。安房国と甲斐国は伝わっていない[5]。
琉球祖語との関係
琉球祖語(Proto-Ryukyuan)との関係が研究されている[6]。
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語彙
中央方言との相違点をあげる[7]。
名詞
東国方言 | 意味 | 国 | 中央方言 |
---|---|---|---|
iku | 息 | 不明 | iki₁ |
imu | 女性の恋人 | 遠江、常陸 | imo₁ |
iNtuma | 余暇 | 遠江 | ito₁ma |
ipa | 家 | 下野、不明、上野、武藏 | ipe₁ |
kaki₁ | 影 | 下総 | kaNke₂ |
kama | 鴨 | 駿河 | kamo₁ |
kaNko₂ | 影 | 遠江 | kaNke₂ |
juru | 百合 | 常陸 | juri |
katu | 門(かど) | 下総 | kaNto₁ |
kaje | 茅 | 遠江 | kaja |
ke₂ | 木 | 駿河、下野 | ko₂, ki₂ |
ko₂ko₂ri | 心 | 下総 | ko₂ko₂ro₂ |
ko₂mo₁ | 鴨 | 上総 | kamo₁ |
kuku | 茎 | 上野、不明 | kuki₂ |
kumu | 雲 | 信濃 | kumo₁ |
ju | 夜 | 常陸 | jo₁ |
jo₂ki₁ | 雪 | 上野 | juki₁ |
jepi₁ | 窓枠 | 不明 | oNpi₁ |
majo₁ | 蚕 | 常陸 | maju |
mi₁Nto₁ | 水 | 不明 | mi₁Ntu |
muma | 馬 | 常陸 | uma |
mi₁ | 妻 | 駿河 | me₁ |
mura | 占い | 上野 | ura |
mi₁ta | ~につれて | 下総 | muta |
nami₂ | 苗 | 不明 | napa, nape₂ |
jasiri | 社 | 下総 | jasiro₂ |
nu | 野 | 下総 | no₁ |
omo₁, omo₂ | 母 | 下総、信濃 | amo₂ |
osi | 磯 | 駿河 | iso₁ |
osu | 磯 | 下総 | iso₁ |
paru | 針 | 武藏 | pari |
pu | 火 | 武藏 | pi₂, po₂ |
pe₁ | 葉 | 不明 | pa |
pi₁ | 辺 | 下総 | pe₁ |
pi₁Nsi | 砂州 | 不明 | pi₁si |
pi₁ta | 一 | 上野 | pi₁to₂ |
saki₁muri | 防人 | 常陸 | saki₁mo₂ri |
siru | 後 | 下総 | siri |
tasi | 太刀 | 武藏 | tati |
to₂ti | 父 | 駿河 | titi |
tuku | 月 | 武藏、常陸、不明 | tuki₂ |
tusi | 土 | 下総、不明 | tuti |
umara | 茨 | 上総 | uNpara |
uno₂ | 海 | 相模 | una |
wosaNki₁ | 兔 | 不明 | usaNki₁ |
jaNte | 枝 | 不明 | jeNta |
juNtu, ju | 弓 | 不明 | jumi₁ |
動詞
語幹と、出現する活用型で示した。
東国方言 | 意味 | 国 | 中央方言 |
---|---|---|---|
ajo₁k(u) | 振 | 下総 | ajo₁ |
isajo₁p(i₁|u) | 躊躇う | 不明 | isajup |
kapi₁r(i) | かえる | 駿河 | kape₁r |
kajup(a) | 往来する | 遠江 | kajo₁p |
kuje | 越える | 常陸 | ko₁je |
ko₁pu | 恋しく思う | 上総 | ko₁pi₂ |
ko₂jo₂ | 越える(連用形) | 信濃 | ko₁je |
panas(i) | 離ち | 上野 | panat |
mo₂s(i) | 持ち | 武藏 | mo₂t |
nuNkan(a), no₁Nkan(a) | 流れる | 不明 | naNkar |
opuse | 責任を与える | 下総 | opose |
oro₂ | 降り | 常陸 | ori |
pakare | 分けられ | 上総 | wakare |
popom(a) | 含む | 下総 | pupum |
pe₁Ntas(i) | 区分し | 上総 | pe₁Ntat |
pi₁ro₂p(a) | 拾う | 信濃 | pi₁rip |
sasako₂ | 捧げ | 遠江 | sasaNke₂ |
suNko₁s(a) | 過ごす | 不明 | suNkus |
tas(i) | 立ち | 下野、常陸 | tat |
timar(i) | 留まる | 常陸 | to₂mar |
to₂no₂Npi₁k(u) | 棚引く | 信濃 | tanaNpi₁k |
to₂werap(i) | 波がうねりたつ | 下総 | to₂worap |
tuk(i₁) | 告げ | 常陸 | tuNke₂ |
to₁r(e) | 照る | 不明 | ter |
wasura | 忘れ | 常陸 | wasure |
jusup(i₁) | 結ぶ | 不明 | musuNp |
mi₁Ntaje | 乱れる | 不明 | mi₁Ntare |
形容詞
東国方言 | 意味 | 国 | 中央方言 |
---|---|---|---|
kupusi | 恋しく思っている | 駿河 | ko₁pi₂si |
ko₁pusi | 恋しく思っている | 武藏 | ko₁pi₂si |
nipu | 新たな | 不明 | nipi₁ |
sa | 無事な | 駿河 | saki₁ |
sake₂, sake₁ | 無事な | 常陸 | saki₁ |
『伊勢物語』の「くた」
『伊勢物語』には「夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる」という歌が登場する。その歌のうち「くたかけ」について、為家本、文暦本、為和本では、「くた=家、かけ=鷄」であると行間に注釈が記されている。ただし、家を「くた」と読んだり呼称したりする例は日本祖語にも日琉祖語にも存在しない。そのため、アレクサンダー・ボビンは、「くた」をアイヌ語の「コタン(村の意)」に由来する上代東国方言であると指摘した。なお、村を表す「コタン」が家を表す「くた」に変化した根拠について、ギリシャ語やゴート語に同例があると説明した[8]。
真上代東国語の文法と音韻
概要
真上代東国語(true Eastern Old Japanese)は、北西部方言(上野国)、北部方言(陸奥国)、中部方言(下野国、常陸国、上総国、武蔵国)、南東部方言(下総国)、南西部方言(相模国)に分かれる。
以下の甲乙の合流が見られる。音仮名の混用が見られる為に実証せられるものである。
- 上野国、下野国、上総国→イ段の甲乙がイ甲類に合流している。
- 上野国、武蔵国、陸奥国、下野国、常陸国、下総国→エ段の甲乙がエ甲類に合流している。
上野国、相模国、相模国、上総国、下総国、陸奥国では、散発的なア段のオ乙類への合流が見られる。この原因は分かっていない。
また、上野国、武蔵国、常陸国、相模国、下総国、上総国では、日琉祖語の母音連続もしくは二重母音である*ui(アレキサンダー・ボビンの表記では*uyであり、上代中央日本語ではイ乙類に反映する。)が、ウ段として反映する。これは遠江=駿河語においても見られるものである。
形態論的な他地域の言語との差違として、
- 「~のように」という意味の接尾語nösuがこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国)
- 指小辞-röがこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国、相模国、常陸国、上総国)
- -nap-[9]という否定形がこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、武蔵国、陸奥国、常陸国)
- -unam-[10]という助動詞が相模、下野で見られる。※遠江=駿河語では-uram-[11]であるが、此の形は用いられることがない。
- 完了形をつくる-ar-はこの言語でのみ見られる。(上野国、下野国、常陸国、上総国)
- aNse, aNtö[12]「なぜ」はこの言語でのみ見られる。
- -siNta「~のとき」という接尾辞が此の言語でのみ見られる。(相模国、下総国)
- tayôra ~ tayura「揺れ動いて安定しないさま」という単語はこの言語でのみ見られる。(相模国、常陸国)
- ipa「家」という単語は此の言語でのみ見られる。(上野国、武蔵国、下野国)
- 共感を表す助詞naと、願望を表す助動詞-ana[13]はこの言語でのみ見られる。(上野国、武蔵国)
北西部方言での独自の改新
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北部方言での独自の改新
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南西部方言での独自の改新
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中部方言での独自の改新
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南東部方言での独自の改新
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上代遠江=駿河日本語の文法と音韻
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上代中部日本語の文法と音韻
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研究史
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脚注
- ^ “OCOJ: Texts”. vsarpj.orinst.ox.ac.uk. 2019年6月15日閲覧。
- ^ KupchikJohn「奈良時代における駿河国の音韻再構成」『古代日本語音韻論ワークショップ』 。[1]
- ^ 「あずま言葉」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』 。コトバンクより2019年6月15日閲覧。
- ^ Kupchik 2011, §1.1.
- ^ Kupchik 2011, §1.
- ^ Makiyama 2015.
- ^ Kupchik 2011, p. 907.
- ^ Alexander, Vovin (2012), “What happened to the rooster? — Another attempt to decipher an enigmatic poem from the Ise monogatari dan XIV —”, Institut für Kultur und Geistesgeschichte Asiens und Institut für Ostasienwissenschaften
- ^ 国語学でいう否定辞「なへ」のことを指す。
- ^ 国語学でいう現在仮想の助動詞「なも」のことを指す。
- ^ 国語学でいう助動詞「らむ」のことを指す。
- ^ 現在の多くの学者はNの後の阻害音を有声音だとみなしており、かなり多くの学者が上代日本語の濁音素は/N/などの前鼻音が重要な要素であったと考えている。詳しくは日琉祖語を参照。
- ^ 国語学でいう未然形ナである。
- ^ Kupchik 2011, pp. 854–856, §10.3.
参考文献
- Kupchik, John (2011). A Grammar of Eastern Old Japanese dialects (Ph.D.). University of Hawaiʻi at Mānoa. hdl:10125/101739。
- Makiyama, Alexander K. (2015). Coincidence or Contact: A Study of Sound Changes in Eastern Old Japanese Dialects and Ryukyuan Languages (Ph.D.).
関連項目
上代東国方言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/16 22:29 UTC 版)
8世紀の時点で、日本語には少なくとも3つの大きな方言が存在したことが知られている。すなわち東部方言(東国方言、Eastern Old Japanese)と中部方言(Central Old Japanese)、西部方言(Western Old Japanese)である。このうち、下記のように確実な資料が残存しているのは西部(奈良付近)の上代日本語と東部方言だけである。 奈良時代の万葉集の東歌・防人歌には、多くの東国方言による歌が載せられている。東国方言は現在の長野県・静岡県から東北南部、すなわち信濃、遠江、駿河、伊豆、上毛野、武蔵、相模、陸奥、下毛野、常陸、下総、上総、甲斐、安房の歌が伝わる。東歌・防人歌から例として4首を挙げる。 筑波嶺(ね)に雪かも降らる否(いな)をかもかなしき児(こ)ろが布(にの)乾さるかも(筑波山に雪が降ったのか。それともいとしいあの児が洗った布を乾したのだろうか)(常陸、3351番) 上毛野(かみつけの)伊香保の嶺(ね)ろに降ろ雪(よき)の行き過ぎかてぬ妹が家のあたり(通り過ぎることのできない妹の家のあたりよ)(上毛、3423番) 昼解けば解けなへ紐のわが夫(せ)なにあひ寄るとかも夜解けやすけ(昼解くと解けない紐がわが背子に逢うからとでもか夜は解けやすい)(未勘国、3483番) 草枕旅の丸(まる)寝の紐絶えば吾(あ)が手と付けろこれの針(はる)持し(草を枕の丸寝をして紐が切れたらこの針で自分の手でお付けなさい)(武蔵の防人の妻、4420番) 万葉集に載せられたこれらの歌が、当時の方言を純粋に反映したものかどうかは明らかでないが、上代東国方言を今に伝えるものとして資料的価値が高い。これらの歌には、方言ごとに異なるが、おおむね中央語との間に次のような違いが見られる(上記4首の下線部分にもある。なお、万葉集などの上代の文献ではイ列・エ列・オ列音の一部に甲乙の書き分けが見られ、なんらかの発音の区別があったとみられる。詳しくは上代特殊仮名遣を参照)。 チがシになる。 イ列音がウ列音になる。 エ列甲類音がア列音になる。完了の「り」(中央語ではエ列に接続)がア列に接続する。 エ列乙類音がエ列甲類音になる。 オ列乙類音とイ列音、エ列乙類音が混同される(ただし長野県・静岡県にみられる) 「なふ」という打ち消しの助動詞を使う。活用は未然形「なは」、連体形「なへ・のへ」、已然形「なへ」で、連用形・命令形を欠く。(例)「あはなふよ」(逢わないよ・3375)、「あはなはば」(逢わないならば・3426)、「あはなへば」(逢わないので・3524)。 一段型動詞の命令形語尾に「ろ」を用いる。(例)「ねろ」(寝よ・3499)、「せろ」(せよ・3465・3517)。 四段・ラ変活用動詞の連体形語尾がオ列甲類音になる。(例)「ゆこさき」(行く先・4385) 形容詞の連体形語尾が「き」ではなく「け」になる。(例)「ながけこのよ」(長きこの夜・4394) 推量に「なむ・なも」を用いる。 1〜10のほとんどは足柄峠以東の関東・東北南部の歌に見られ、長野県・静岡県では方言色は薄い。このうち音韻的な特徴については、上代特殊仮名遣いの甲乙の混同が中央語よりも早く進んでいたものと見られ、エ列の甲類と乙類の区別はすでになくなっている。1については、当時中央で[ti]と発音したチを、東国方言では[ʧi]または[tsi]と発音していたことを表していると見られ、京都では室町時代以降に起こったチの破擦音化が東国ではより早く起きていたことを示す。2は[i]が中舌母音[ï]になっていたものと考えられ、これが現代のズーズー弁に直接つながるものとする説もある が、はっきりしない。3のア列に接続する「り」は、八丈島の過去表現「書から」にその名残がある。 文法的特徴のうち、7は現代東日本方言にそのままつながるもので、命令形の「-よ」と「-ろ」の対立は奈良時代にまでさかのぼることになる。ただし、命令形「-ろ」は現代の九州北西部にもある形で、これについては方言周圏論を適用して奈良時代よりも前に中央で「ろ」から「よ」への変化があったと推定されている。また、6については現代の東日本方言の「ない」に通じるものの可能性があるが、定かではない。一方、8・9・10は八丈島・利島・秋山郷などごく限られた地域に残るのみで、東日本方言のほとんどで平安時代以降に中央語からの同化作用を受けたことになる。現代の東日本方言・西日本方言の違いのうち、断定の助動詞「だ」対「じゃ・や」、動詞・形容詞で起こる音便の違いは、万葉集よりも後の時代に現れたものである。
※この「上代東国方言」の解説は、「日本語の方言」の解説の一部です。
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