現代日本語文法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/14 18:37 UTC 版)
現代日本語文法(げんだいにほんごぶんぽう)は、現代(狭義には近代と区別して戦後)の、母語話者によって使われている日本語の文法である。
日本語は膠着語の性質を持ち、主語+目的語+動詞(SOV)を語順とする構成的言語である。言語分類学上、日本語はほとんどのヨーロッパ言語とはかけ離れた文法構造をしており、句では主要部終端型、複文では左枝分かれの構造をしている。このような言語は多く存在するが、ヨーロッパでは希少である。主題優勢言語である。
歴史
文語文法に対してと同様、いわゆる四大文法(山田文法、松下文法、橋本文法、時枝文法の4つ)が、現代日本語文法において重要な位置を占めてきた。四大文法のうち松下文法を除くものは、国学の流れの中での日本語研究を受け継いでいるが、統語論と意味論の区別は明確でなく、助詞や助動詞の用法についての研究が大部分を占める[1][2][3]。これに対し松下文法は、独自の視点から言語一般の理論を志向している[4]。なお、時枝文法は渡辺実、北原保雄、鈴木重幸らによって根本的な批判・修正を受けつつも継承されている[5]。
他方、アメリカ構造主義言語学の方法論による現代日本語文法として、バーナード・ブロックやサミュエル・マーティンなどの研究が挙げられる。ブロックの文法は言語学的な整合性の高いものであり、アメリカ軍の言語教育プログラムであるASTPにも応用されている[注 1]。
文科省の国語教育の文法は、橋本文法をベースとする学校文法である[2]。外国人向けの日本語教育には馴染まないとされており、現状では後述の「にっぽんご」などが参考にされている。
ヨーロッパの言語学(特にヴィクトル・ヴィノグラードフらのソビエト・ロシア言語学)の影響を受け、言語を対立と統一からなる体系として捉えることを重視した奥田靖雄や、その指導・影響下にある鈴木重幸、鈴木康之、高橋太郎、工藤真由美ら言語学研究会の研究がある[6]。彼らは述語の活用について、本居春庭より連なる伝統を批判し、活用形についての重要な考察を多く提示した。中でもロシア語の研究を踏まえたアスペクト研究については、金田一春彦の研究をついで大きく発展させた[7][8]。言語学研究会は、民間教育研究団体である教育科学研究会国語部会(教科研国語部会)に対して指導的立場にあり、言語教育のテキスト(副読本)「にっぽんご」シリーズ(むぎ書房)の編集を指導した[6]。その文法論は「教科研文法」と呼ばれることもある[要出典]。「にっぽんご」シリーズは中国・韓国・ロシアなどでも日本語に関する重要文献とされており、日本語教育においても参考にされている[要出典]。
生成文法の枠組みにおいては、統語論と意味論の区別が明確にされ、様々な現象が掘り起こされた。最も早い研究としては井上和子の研究があり、その後奥津敬一郎、黒田成幸、久野暲、柴谷方良、原田信一、神尾昭雄などにより重要な研究がなされた。格、態、スコープの研究は生成文法の方法論によって促進され、現在に至っている。
以上のほか、特定の方法論に属するというよりも、それらに目配りをしつつ独自の研究を行った者に三上章、南不二男、寺村秀夫などがいる。三上は主語論や敬語論などの領域において、様々な構文現象を取り上げながら分析した[9]。寺村はアメリカで構造主義言語学や生成文法を学んだほか、三上章との交流から大きな影響を受け[10]、国語学の知見も取り入れながら日本語教育の実践も通して、質の高い記述文法を提示した[11]。その性格は特定の理論に依拠せず、網羅的かつ実用的であるといえる一方で、理論的研究との境界も明確ではなくなってきており、学際的になってきている[11]。
現代日本語の文章構造における特徴
語順:主要部終端型+左分岐
ジョーゼフ・グリーンバーグによる構成素順(「語順」)の現代理論は、言語によって、句が何種類か存在することを認識している。それぞれの句には主要部があり、場合によっては修飾語が同句に含まれる。句の主要部は、修飾語の前(主要部先導型)か後ろ(主要部終端型)に位置する。英語での句の構成を例示すると以下のようになる(太字はそれぞれの句の主要部)。
- 属句(例:他の名詞によって修飾された名詞)― "the cover of the book"、"the book's cover"など
- 接置詞に支配された名詞 ― "on the table"、"underneath the table"
- 比較 ー "[X is] bigger than Y"、例:"compared to Y, X is big"
- 形容詞によって修飾された名詞 ― "black cat"
主要部先導型と主要部終端型の混合によって、構成素順が不規則である言語も存在する。例えば、上記の句のリストを見ると、英語では大抵が主要部先導型であるが、名詞は修飾する形容詞後の後に位置している。しかも、属句では主要部先導型と主要部終端型のいずれも存在し得る。これとは対照的に、日本語は主要部終端型言語の典型である。
- 属句:「猫の色」
- 接置詞に支配された名詞:「日本に」
- 比較:「Yより大きい」
- 形容詞によって修飾された名詞: 「黒い猫」
日本語の主要部終端型の性質は、複文などの文章単位での構成においても見られる。文章を構成素とした文章では、従属節が常に先行する。これは、従属節が修飾部であり、修飾する文が統語的に句の主要部を擁しているからである。例えば、英語と比較した場合、次の英文「the man who was walking down the street 」を日本語に訳す時、英語の従属節(関係代名詞節)である 「(who) was walking down the street」を主要部である 「the man」 の前に位置させなければ、自然な日本語の文章にはならない。
また、主要部終端型の性質は重文でも見られる。他言語では、一般的に重文構造において、構成節の繰り返しを避ける傾向にある。例えば、英語の場合、「Bob bought his mother some flowers and bought his father a tie」の文を2番目の「bought」を省略し、「Bob bought his mother some flowers and his father a tie」とすることが一般的である。しかし、日本語では、「ボブはお母さんに花を買い、お父さんにネクタイを買いました」であるところを「ボブはお母さんに花を、お父さんにネクタイを買いました」というように初めの動詞を省略する傾向にある。これは、日本語の文章が常に動詞で終わる性質を持つからである。(倒置文や考えた後での後付け文などは除く。)
脚注
注釈
出典
参考文献
- 単行本
- 益岡隆志『三上文法から寺村文法へ:日本語記述文法の世界』くろしお出版、2003年11月。ISBN 9784874242902。
- 論文
- 田上正立「渡辺文法の性格:時枝文法より渡辺文法へ」『国語国文研究と教育』第9号、熊本大学、1981年1月、158-173頁。
- 須田義治「アスペクト研究」『国文学:解釈と鑑賞』第69巻第1号、至文堂、2004年1月、162-172頁。
- 工藤真由美「新日本語学者列伝:奥田靖雄」『日本語学』第32巻第2号、明治書院、2013年2月、72-78頁。
- 斎藤倫明「山田孝雄」『日本語学』第35巻第4号、明治書院、2016年4月、112-115頁。
- 肥爪周二「橋本進吉」『日本語学』第35巻第4号、明治書院、2016年4月、120-123頁。
- 益岡隆志「松下大三郎」『日本語学』第39巻第1号、明治書院、2020年3月、10-13頁。
- 山東功「時枝誠記」『日本語学』第39巻第1号、明治書院、2020年3月、34-37頁。
- 庵功雄「三上章」『日本語学』第39巻第1号、明治書院、2020年3月、42-45頁。
- 山田敏弘「寺村秀夫」『日本語学』第39巻第1号、明治書院、2020年3月、118-121頁。
関連文献
- 斎藤純男・田口善久・西村義樹編『明解言語学辞典』三省堂、2015年8月。ISBN 9784385135786。
- 森山卓郎・渋谷勝己編『明解日本語学辞典』三省堂、2020年5月。ISBN 9784385135809。
関連項目
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