言語過程説
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言語過程説(げんごかていせつ)とは、日本の国語学者・時枝誠記が唱えた「言語=(主体による聯合の)継起的過程」という言語観である。
注釈
- ^ 鈴木一彦によると、以下の論文が時枝誠記 1940に関係しているという[11]。
「鈴木朖の国語学史上に於ける位置」『国語と国文学』第4巻1号、1927年
「本居宣長及び富士谷成章のてにをは研究に就いて」『国語と国文学』第5巻2号、1928年
「伊藤慎吾君著近世国語学史を評す」『国語と国文学』第6巻3号、1929年
「古典注釈に現れた語学的方法:特に万葉仙覚抄に於ける」『京城帝大法文学会論纂:日本文化叢考』、1931年
「万葉用字法の体系的組織に就いて」『国語と国文学』第9巻5号、1932年
「契沖の文献学の発展と仮名遣説の成長及びその交渉について」『佐佐木信綱博士還暦記念論文集:日本文学論纂』、1932年 - ^ 単行本(時枝誠記 1940)ではなく、岩波講座「日本文学」所収のもの(時枝誠記 1932)であり、執筆態度が異なっている[12]。
- ^ 大まかに述べると以下の3つである[15]。
(1)言語が人間の精神活動である。
(2)解釈に基づく言語の考察ということが、言語研究において実践的かつ重要な立場である。
(3)文意の理解と文法体系との間に、必然的な繋がりがあるべきであろう。 - ^ この論文の全文は、『国語学原論』に収録されているが、少しばかり部分的な修正が加えられている[15]。
出典
- ^ 『一般言語学講義』Cours de linguistique générale フェルディナン・ド・ソシュール著、小林英夫訳、岩波書店、1972年。
- ^ 「言語構成観より言語過程観へ」(時枝誠記 2007a, pp. 104–112)による。
- ^ a b c 山東功 2020, pp. 35–36.
- ^ 時枝誠記 1976, p. 2.
- ^ 時枝誠記 1976, pp. 5–6.
- ^ 山東功 2001, pp. 9–11.
- ^ 山東功 2002, pp. 27–34.
- ^ 山東功 2007, pp. 84–85.
- ^ 山東功 2011, pp. 76–77.
- ^ a b c 山東功 2020, p. 35.
- ^ 鈴木一彦 1968, pp. 137–138.
- ^ 鈴木一彦 1968, p. 139.
- ^ 時枝誠記 1933, p. 85.
- ^ 『文学』第5巻3号、岩波書店、1937年。
- ^ a b 鈴木一彦 1968, p. 138.
- ^ 『文学』第5巻6号-7号、岩波書店、1937年。
- ^ 時枝誠記 1941, p. 133.
- ^ 鈴木一彦「日本文法概要:三大文法対照」(時枝誠記・吉田精一 1982, p. 2294)
- ^ 「言語に対する主体的な立場と観察的立場」(時枝誠記 1941, pp. 21–38)、「言語過程説の基本的な考え方」(時枝誠記 1955, pp. 7–14)より要約。
- ^ 服部四郎「言語過程説について」「ソスュールのlangueと言語過程説」、後に『言語学の方法』(岩波書店、1960年)再収
- ^ 金田一春彦 1953a、金田一春彦 1953bなど。
- ^ 仁田義雄 & 益岡隆志 1989など。
- ^ 川村湊 1995、イ・ヨンスク 1996、安田敏朗 1997、安田敏朗 2006など。
[続きの解説]
「言語過程説」の続きの解説一覧
- 1 言語過程説とは
- 2 言語過程説の概要
- 3 各分野における言語過程説
- 4 参考文献
- 5 関連項目
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