日本語 日本語話者の意識

日本語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/20 02:23 UTC 版)

日本語話者の意識

変化に対する意識

日本語が時と共に変化することはしばしば批判の対象となる。この種の批判は、古典文学の中にも見られる。『枕草子』では文末の「んとす」が「んず」といわれることを「いとわろし」と評している(「ふと心おとりとかするものは」)。また、『徒然草』では古くは「車もたげよ」「火かかげよ」と言われたのが、今の人は「もてあげよ」「かきあげよ」と言うようになったと記し、今の言葉は「無下にいやしく」なっていくようだと記している(第22段)。

これにとどまらず、言語変化について注意する記述は、歴史上、仮名遣い書や、『俊頼髄脳』などの歌論書、『音曲玉淵集』などの音曲指南書をはじめ、諸種の資料に見られる。なかでも、江戸時代の俳人安原貞室が、なまった言葉の批正を目的に編んだ『片言(かたこと)』(1650年)は、800にわたる項目を取り上げており、当時の言語実態を示す資料として価値が高い。

近代以降も、芥川龍之介が「澄江堂雑記」で、「とても」は従来否定を伴っていたとして、「とても安い」など肯定形になることに疑問を呈するなど、言語変化についての指摘が散見する。研究者の立場から同時代の気になる言葉を収集した例としては、浅野信『巷間の言語省察』(1933年)などがある。

第二次世界大戦後は、1951年に雑誌『言語生活』(当初は国立国語研究所が監修)が創刊されるなど、日本語への関心が高まった。そのような風潮の中で、あらゆる立場の人々により、言語変化に対する批判やその擁護論が活発に交わされるようになった。典型的な議論の例としては、金田一春彦「日本語は乱れていない」[218][219]および宇野義方の反論[220]が挙げられる。

いわゆる「日本語の乱れ」論議において、毎度のように話題にされる言葉も多い。1955年の国立国語研究所の有識者調査[221]の項目には「ニッポン・ニホン(日本)」「ジッセン・ジュッセン(十銭)」「見られなかった・見れなかった」「御研究されました・御研究になりました」など、今日でもしばしば取り上げられる語形・語法が多く含まれている。とりわけ「見られる」を「見れる」とする語法は、1979年のNHK放送文化研究所「現代人の言語環境調査」で可否の意見が二分するなど、人々の言語習慣の違いを如実に示す典型例となっている。この語法は1980年代には「ら抜き言葉」と称され、盛んに取り上げられるようになった。

「言葉の乱れ」を指摘する声は、新聞・雑誌の投書にも多い。文化庁の「国語に関する世論調査」では、「言葉遣いが乱れている」と考える人が1977年に7割近くになり、2002年11月から12月の調査では8割となっている。人々のこのような認識は、いわゆる日本語ブームを支える要素の一つとなっている。

若者の日本語

若者特有の用法は批判の的になってきた。近代以降の若者言葉批判の例として、小説家・尾崎紅葉が1888年に女性徒の間で流行していた「てよだわ体」[注釈 48]を批判するなど、1900年前後に「てよだわ体」は批判の的となった[222]1980年代ごろから単なる言葉の乱れとしてではなく、研究者の記述の対象としても扱われるようにもなった[注釈 49]

若者言葉

いわゆる「若者言葉」は種々の意味で用いられ、必ずしも定義は一定していない。井上史雄の分類[223]に即して述べると、若者言葉と称されるものは以下のように分類される。

  1. 一時的流行語。ある時代の若い世代が使う言葉。戦後の「アジャパー」や1970年代の「チカレタビー」など。
  2. コーホート語(同世代語)。流行語が生き残り、その世代が年齢を重ねてからも使う言葉。次世代の若者は流行遅れと意識し、使わない。
  3. 若者世代語。どの世代の人も、若い間だけ使う言葉。「ドイ語」(ドイツ語)や「代返」などの学生言葉(キャンパス用語)を含む。
  4. 言語変化。若い世代が年齢を重ねてからも使い、次世代の若者も使うもの。結果的に、世代を超えて変化が定着する。ら抜き言葉鼻濁音の衰退など。

上記は、いずれも批判にさらされうるという点では同様であるが、1 - 4の順で、次第に言葉の定着率は高くなるため、それだけ「言葉の乱れ」の例として意識されやすくなる。

上記の分類のうち「一時的流行語」ないし「若者世代語」に相当する言葉の発生要因に関し、米川明彦は心理・社会・歴史の面に分けて指摘している[224]。その指摘は、およそ以下のように総合できる。すなわち、成長期にある若者は、自己や他者への興味が強まるだけでなく、従来の言葉の規範からの自由を求める。日本経済の成熟とともに「まじめ」という価値観が崩壊し、若者が「ノリ」によって会話するようになった。とりわけ、1990年代以降は「ノリ」を楽しむ世代が低年齢化し、消費・娯楽社会の産物として若者言葉が生産されているというものである。また、2007年頃からマスメディアが「場の空気」の文化を取り上げるようになってきてから、言葉で伝えるより、察し合って心を通わせることを重んじる者が増えた[225]。これに対し、文化庁は、空気読めない (KY) と言われることを恐れ、場の空気に合わせようとする風潮の現れではないかと指摘している[226]

若者の表記

若者の日本語は、表記の面でも独自性を持つ。年代によりさまざまな日本語の表記が行われている。

丸文字

1970年代から1980年代にかけて、少女の間で、丸みを帯びた書き文字が「かわいい」と意識されて流行し、「丸文字」「まんが文字」「変体少女文字(=書体の変わった少女文字の意)」などと呼ばれた。山根一眞の調査によれば、この文字は1974年までには誕生し、1978年に急激に普及を開始したという[227]

ヘタウマ文字

1990年頃から、丸文字に代わり、少女の間で、金釘流に似た縦長の書き文字が流行し始めた。平仮名の「に」を「レこ」のように書いたり、長音符の「ー」を「→」と書いたりする特徴があった。一見下手に見えるため、「長体ヘタウマ文字」などとも呼ばれた。マスコミでは「チョベリバ世代が楽しむヘタウマ文字」[228]「女高生に広まる変なとんがり文字」[229]などと紹介されたが、必ずしも大人世代の話題にはならないまま、確実に広まった。この文字を練習するための本[230]も出版された。

ギャル文字

携帯メールやインターネットの普及に伴い、ギャルと呼ばれる少女たちを中心に、デジタル文字の表記に独特の文字や記号を用いるようになった。「さようなら」を「±∋ぅTょら」と書く類で、「ギャル文字」としてマスコミにも取り上げられた[231]。このギャル文字を練習するための本も現れた[232]

顔文字

コンピュータの普及と、コンピュータを使用したパソコン通信などの始まりにより、日本語の約物に似た扱いとして顔文字が用いられるようになった。これは、コンピュータの文字としてコミュニケーションを行うときに、文章の後や単独で記号などを組み合わせた「(^_^)」のような顔文字を入れることにより感情などを表現する手法である。1980年代後半に使用が開始された顔文字は、若者へのコンピュータの普及により広く使用されるようになった。

絵文字

携帯電話に絵文字が実装されたことにより、絵文字文化と呼ばれるさまざまな絵文字を利用したコミュニケーションが行われるようになった。漢字や仮名と同じように日本語の文字として扱われ、約物のような利用方法にとどまらず、単語や文章の置き換えとしても用いられるようになった[233]

小文字

すでに普及した顔文字や絵文字に加え、2006年頃には「小文字」と称される独特の表記法が登場した。「ゎたしゎ、きょぅゎ部活がなぃの」のように特定文字を小字で表記するもので、マスコミでも紹介されるようになった[234]

日本語ブーム

人々の日本語に寄せる関心は、第二次世界大戦後に特に顕著になったといえる[235]。1947年10月からNHKラジオで「ことばの研究室」が始まり、1951年には雑誌『言語生活』が創刊された。

日本語関係書籍の出版点数も増大した。敬語をテーマとした本の場合、1960年代以前は解説書5点、実用書2点であったものが、1970年代から1994年の25年間に解説書約10点、実用書約40点が出たという[236]

戦後、最初の日本語ブームが起こったのは1957年のことで、金田一春彦『日本語』(岩波新書、旧版)が77万部、大野晋『日本語の起源』(岩波新書、旧版)が36万部出版された。1974年には丸谷才一日本語のために』(新潮社)が50万部、大野晋『日本語をさかのぼる』(岩波新書)が50万部出版された[注釈 50]

その後、1999年の大野晋『日本語練習帳』(岩波新書)は190万部を超えるベストセラーとなった(2008年時点)[237]。さらに、2001年に齋藤孝『声に出して読みたい日本語』(草思社)が140万部出版された頃から、出版界では空前の日本語ブームという状況になり、おびただしい種類と数の一般向けの日本語関係書籍が出た[238]

2004年には北原保雄編『問題な日本語』(大修館書店)が、当時よく問題にされた語彙・語法を一般向けに説明した。翌2005年から2006年にかけては、テレビでも日本語をテーマとした番組が多く放送され、大半の番組で日本語学者がコメンテーターや監修に迎えられた。「タモリのジャポニカロゴス」(フジテレビ 2005〜2008)、「クイズ!日本語王」(TBS 2005〜2006)、「三宅式こくごドリル」(テレビ東京 2005〜2006)、「Matthew's Best Hit TV+・なまり亭」(テレビ朝日2005〜2006。方言を扱う)、「合格!日本語ボーダーライン」(テレビ朝日 2005)、「ことばおじさんのナットク日本語塾」(NHK 2006〜2010)など種々の番組があった。

日本語特殊論

「複雑な表記体系」「SOV構造」「音節文字」「敬語」「男言葉と女言葉」「擬態語が豊富」「曖昧表現が多い」「母音の数が少ない」などを根拠に日本語特殊論がとなえられることがある。

もっとも、日本語が印欧語との相違点を多く持つことは事実である。そのため、対照言語学の上では、印欧語とのよい比較対象となる。また、日本語成立由来という観点からの研究も存在する(『日本語の起源』を参照)。

肯定的な意見

日本語特殊論は、近代以降しばしば提起されている。極端な例ではあるが、戦後、志賀直哉が「日本の国語程、不完全で不便なものはないと思ふ」として、フランス語国語に採用することを主張した[239]国語外国語化論)。また、1988年には、国立国語研究所所長・野元菊雄が、外国人への日本語教育のため、文法を単純化した「簡約日本語」の必要性を説き、論議を呼んだ[注釈 51]

動詞が最後に来ることを理由に日本語を曖昧、不合理と断ずる議論もある。例えばかつてジャーナリスト森恭三は、日本語の語順では「思想を表現するのに一番大切な動詞は、文章の最後にくる」ため、文末の動詞の部分に行くまでに疲れて、「もはや動詞〔部分で〕の議論などはできない」と記している[240]

複雑な文字体系を理由に、日本語を特殊とする議論もある。計算機科学者の村島定行は、古くから日本人が文字文化に親しみ、庶民階級の識字率も比較的高水準であったのは、日本語は表意文字(漢字)と表音文字(仮名)の2つの文字体系を使用していたからだと主張する[103]。ただし、表意・表音文字の二重使用は、他に漢字文化圏では韓文漢字女真文字など[241]、漢字文化圏以外でもマヤ文字ヒエログリフなどの例がある。一方で、カナモジカイのように、数種類の文字体系を使い分けることの不便さを主張する意見も存在する。

日本語における語順や音韻論、もしくは表記体系などを取り上げて、それらを日本人の文化や思想的背景と関連付け、日本語の特殊性を論じる例は多い。しかし、大体においてそれらの説は、手近な英語や中国語などの言語との差異を牧歌的に列挙するにとどまり、言語学的根拠に乏しいものが多い(サピア=ウォーフの仮説も参照)。一方、近年では日本文化の特殊性を論する文脈であっても、出来るだけ多くの文化圏を俯瞰し、総合的な視点に立った主張が多く見られるという[242]

日本語を劣等もしくは難解、非合理的とする考え方の背景として、近代化の過程で広まった欧米中心主義があると指摘される[243][244]。戦後は、消極的な見方ばかりでなく、「日本語は個性的である」と積極的に評価する見方も多くなった。その変化の時期はおよそ1980年代であるという[244]。いずれにしても、日本語は特殊であるとの前提に立っている点で両者の見方は共通する。

日本語特殊論は日本国外でも論じられる。E. ライシャワーによれば、日本語の知識が乏しいまま、日本語は明晰でも論理的でもないと不満を漏らす外国人は多いという。ライシャワー自身はこれに反論し、あらゆる言語には曖昧・不明晰になる余地があり、日本語も同様だが、簡潔・明晰・論理的に述べることを阻む要素は日本語にないという[245]。共通点の少なさゆえに印欧系言語話者には習得が難しいとされ、学習に関わる様々なジョークが存在するバスク語について、フランスバイヨンヌにあるバスク博物館では、「かつて悪魔サタンは日本にいた。それがバスクの土地にやってきたのである」と挿絵入りの歴史が描かれているものが飾られている。これは同じく印欧系言語話者からみて習得の難しいバスク語と日本語を重ね合わせているとされる[246]

否定的な意見

今日の言語学において、日本語が特殊であるという見方自体が否定的である。例えば、日本語に5母音しかないことが特殊だと言われることがあるが、クラザーズの研究によれば、209の言語のうち、日本語のように5母音を持つ言語は55あり、類型として最も多いという。また語順に関しては、日本語のように SOV構造を採る言語が約45%であって最も多いのに対して、英語のようにSVO構造を採る言語は30%強である(ウルタン、スティール、グリーンバーグらの調査結果より)。この点から、日本語はごく普通の言語であるという結論が導かれるとされる[243]。また言語学者の角田太作は語順を含め19の特徴について130の言語を比較し、「日本語は特殊な言語ではない。しかし、英語は特殊な言語だ」と結論している[247]

村山七郎は、「外国語を知ることが少ないほど日本語の特色が多くなる」という「反比例法則」を主張したという[248]。日本人自らが日本語を特殊と考える原因としては、身近な他言語(英語など)が少ないことも挙げられる。







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