谷川浩司 エピソード・人物

谷川浩司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/16 08:47 UTC 版)

エピソード・人物

  • 1972年5月5日、NHK教育テレビで将棋界初のカラー放送が行われ、この中で女流アマ準名人で中学2年の兼田睦美と小学4年生の谷川が対局した[29]
  • 羽生善治が優勝、森内俊之が3位となった第7回(1982年度)小学生将棋名人戦で、谷川は解説役であった。当時、谷川はA級八段になり、20歳を迎える頃で、羽生と森内は小学校6年生での出場であった。優勝した羽生に対して谷川は「これから勉強していけばプロも夢じゃない」と話しており、映像としても残っている。
  • 対局中の姿勢・所作について、原田泰夫九段はこれを評して「礼儀作法も実力のうちといいますが、谷川君の立ち居振る舞いは実にきちっとしている。ノブレス・オブリージュ(高い地位に伴う義務)を具現していますよ」と語っている[30]
  • 第25回(2000年度)小学生将棋名人戦で優勝した都成竜馬(1990年1月17日生)は谷川の弟子として奨励会に入会、2007年7月に三段昇段、第44期(2013年度)新人王戦藤森哲也四段との決勝3番勝負を制し、奨励会三段として史上初の優勝を遂げた。なおその後、第58回奨励会三段リーグ戦(2015年10月 - 2016年3月)で1位となり、2016年4月1日付けで四段プロデビューを果たすことになった。
  • 初めて名人在位していた頃の十段リーグ戦で、対戦相手の加藤一二三前名人が先に入室して上座に座っていた。谷川は頭に血が上ったが、手洗いに行って頭を冷やした後、黙って下座に就き、さらに対局開始から初手を指すまで10分を使って冷静さを取り戻した結果、勝利を収めた[31][注 15]。そして後日、『将棋世界』誌(日本将棋連盟)の自戦記及び、自著『中学生棋士』で遠回しに非難した。ちなみに、漫画・テレビドラマ『月下の棋士』で谷川をモデルとする滝川「名人」が大原「十五世名人」と「名人戦」で対決する。その第1局で大原は故意に上座に座り滝川の心を乱すことに成功するが、滝川は自室に戻り、自らへの戒めとして腕の皮膚を噛み千切る、というシーンがある。一方で、将棋の最年少タイトルを獲得したばかりの藤井聡太二冠との順位戦B級2組4回戦では早く対局場に入り、すぐに下座に着席する気遣いをみせた[32]

谷川将棋への評価

  • 初代永世竜王資格者となった渡辺明は、プロになった頃に谷川の将棋を並べていたと答えている[33]

詰将棋

  • 詰将棋作家としての一面がある。詰将棋専門誌『詰将棋パラダイス』が主催する「看寿賞」の1997年度特別賞を受賞した。
  • 詰将棋作家の若島正が主催する「詰将棋解答選手権」に2007年から参加し、40代でありながら果敢に挑戦している。
  • 2008年に、初の詰将棋作品集『光速の詰将棋』を刊行した。
  • 2011年に、永世名人としては225年ぶりの図式集百番『月下推敲』を刊行した。2012年、本作が、第24回将棋ペンクラブ大賞特別賞を受賞する。

神戸人として

  • 実家は真宗高田派専修寺第15世門主の堯朝の妻高松院(藤堂高虎の娘)の位牌寺院を起源とする浄土真宗本願寺派高松寺[34]阪神・淡路大震災で被災し再建、現在は親戚が継いでいる[35][36]
  • 本願寺出版社が発行する門徒向けの雑誌『大乗』に「将棋道場」という記事を連載している[37]
  • 私立滝川高校(神戸市)卒業。
  • 坂田三吉の曾孫弟子にあたる。坂田の弟子・藤内金吾一門の流れを汲む一人であり、内藤國雄、森安兄弟(正幸、秀光)、若松政和(谷川の師匠)ら藤内一門は「神戸組」(藤内の将棋道場が神戸市の三宮にあった)とも呼ばれ、将棋界に一大勢力を築いた。
  • 熱心な阪神タイガースファンであり、2008年1月にはタイガースの練習場に足を運び将棋盤と駒をプレゼントし、さらに岡田彰布監督にアマチュア三段の免状を授与している[38](ただし免状の署名は、米長邦雄会長・森内俊之名人・渡辺明竜王・内藤國雄九段で、谷川の署名はない)。また、今岡誠(2004年アマ二段)とも交流がある[39]NHK-BS2で2000年1月に放送された『羽生善治の新春 大逆転五番勝負』で、藪恵壹(当時・阪神タイガース)を応援するために、法被姿でビデオ出演した。弟弟子(飲み仲間でもある)の井上慶太は谷川以上に熱烈なタイガースファンであり「その思いは井上には負ける」と谷川を特集した『情熱大陸』(毎日放送)で語っている。他球団では、兵庫県出身で元東京ヤクルトスワローズ古田敦也(アマ三段[40])とも親交があり共著[41]も出している。
  • 1997年6月17日、神戸市から「神戸文化栄誉賞」を授与された[42]
  • 1997年6月23日、兵庫県「誉」賞受賞(十七世名人資格獲得による)。同賞の受賞者は、スポーツの世界大会優勝者など錚錚たる顔ぶれである[43]。2000年には内藤國雄九段も受賞している(公式戦1000勝)。谷川の次の受賞者(1年半後)は、奇しくも同じ名前の伊東浩司(陸上短距離)である。
  • 2005年6月18日、神戸市の神戸大使を委嘱された[44]
  • 2007年11月7日、平成19年度の「兵庫県文化賞」を受賞[45]

理事・会長として

  • 2011年5月、日本将棋連盟の理事選挙に出馬し、当選。専務理事として、渉外部を担当[46]
  • 2012年12月、米長邦雄逝去を受け、第二次世界大戦後15人目となる日本将棋連盟会長に就任した[47][48]。現任理事の任期満了となる2013年5月まで務めた後、翌月に行われた総会と理事会を経て会長に再任された[49]。2015年6月、再任[50]
  • 新規Webメディアについて、株式会社シンクロ[51]との業務提携を決定し、2016年7月11日、将棋会館(東京都渋谷区)にて調印式(シンクロ・西井社長、日本将棋連盟・谷川会長、青野専務理事)が実施された[52]
  • 2016年9月には、「日本将棋連盟公式Webサイト」の仕様が変更された[53]藤倉勇樹安西勝一の名前が画像ごと抹消されるなど問題点が多く、将棋ファンの意見を募った上野裕和窪田義行らが、2016年9月の月例報告会で問題提起したことを受け [54]、 Webに謝罪が掲載された[55]が、2016年12月現在、不具合と間違いが未だ残っている。
  • 同年10月11日、谷川ら理事たちは、常務会において三浦弘行九段に「将棋ソフト不正使用」の疑惑ありとし説明を求めた。この常務会において三浦は不正を否定したものの、翌12日に、三浦を年内12月31日までの公式戦出場停止処分とし、竜王戦の挑戦者を丸山忠久九段に変えるとの決定事項が発表された[56]。(将棋ソフト不正使用疑惑
  • 同年12月26日、日本将棋連盟が調査を委嘱した第三者委員会は、三浦九段の疑惑について処分の根拠とされていた電子機器を使用した形跡、離席の事実ともになく、一致率は根拠となり得ず、不正行為に及んでいた証拠はないとの発表があった[57]。谷川は連盟会長として、三浦九段への疑惑のきっかけは「7月の関西の報告会での久保利明九段の発言」が発端だった事[58]を公表し、27日に記者会見で謝罪した[59]
  • 2017年1月18日、将棋ソフトの不正使用疑惑での第三者委員会からの報告を熟慮し三浦九段や関係各位に対し誠意を伝えるには会長職を辞するのが一番ではないかと結論付け辞任を発表した[60]

その他

  • 血液型はO型。
  • 1971年東急将棋まつりで小学生高学年の部で小学3年生の身分で優勝、中学生の部門では兄の俊昭が優勝している。
  • 幼い頃から将棋に没頭してきたため自転車に乗れない。
  • 藤井猛は1998年度の竜王戦七番勝負で谷川と対決する直前に囲碁・将棋ジャーナルに出演したが、番組の司会であり、同じ西村一義門の姉弟子でもある山田久美女流から、「谷川竜王はカニが苦手だそうです」とのことで、カニの絵が描かれた扇子をプレゼントされた。
  • 食べ物ではカニ以外にエビも苦手[61]。本人によれば「体質的に子どもの頃、小学生の時に食べて当たったことがある」ことが原因で、現在は「食べても大丈夫だが、対局時は万が一を考えて避けている」とのこと[62]
  • 2006年、NHK将棋講座『谷川浩司の本筋を見極める』の中の「将棋ワンポイントクリニック」のコーナーで、谷川が医師の扮装、アシスタントの島井咲緒里女流が看護婦姿、というコスプレで登場したことが1度だけある。
  • 名人戦で、加藤・中原・羽生・佐藤康・丸山・森内の名人在位時に挑戦者として対局した。谷川の名人在位時に挑戦者となった米長も含めると、7人の名人経験者と名人戦の舞台で戦ったことになる。
  • 2014年11月、紫綬褒章を受章[63]

注釈

  1. ^ 2018年現在も、中学2年でのプロ入りを達成したのは、谷川と藤井聡太の2名のみ。
  2. ^ a b 名人位を獲得すると、規定により九段に昇段する。谷川の最年少九段の記録は2021年藤井聡太王位・棋聖がタイトル3期獲得による九段昇段(18歳11か月)によって破られた。既に2005年に渡辺明竜王によって破られていたが、谷川が初の名人位を獲得した当時の規定では、名人就位翌年の4月1日が九段昇段日とされていた。その規定が適用されたのは谷川が最後であり、その後に新名人になった者(佐藤康光以降)は、名人位奪取の日付で九段昇段している。仮に、谷川が新名人になった日に九段昇段していたとすると、谷川は21歳2か月で九段、渡辺明は21歳7か月で九段であり、記録は破られなかった。さらには、竜王戦昇段規定も飛び昇段を認めるなどの変更がされたことにより、渡辺明は僅か2か月の間に3つ昇段して九段になった。
  3. ^ 「全日本プロ将棋トーナメント」は2001年度をもって発展解消して「朝日オープン将棋選手権」に移行した。そのため、同棋戦では谷川の優勝回数歴代1位が確定している。
  4. ^ 第23期十段リーグ(1984年8月3日)にて、自玉が王手がかからない穴熊であることを生かし、71手目に▲3二飛成と切って‘乱暴に’谷川玉を寄せて勝利。
  5. ^ 2020年現在、タイトル戦が7つになった以降に7タイトル(新設タイトル8番目の叡王戦を除く)を各1回以上獲得した棋士は、他には中原誠羽生善治のみである。ただし、竜王戦創設後では谷川が最初である(中原は竜王戦の前身の十段戦ではタイトルを獲得しているものの、竜王の獲得経験はない)。
  6. ^ 前年に竜王を獲得したことも、当年の賞金額に寄与している。竜王戦七番勝負登場は、2つの年にまたがって高い収入をもたらす。
  7. ^ 2013年と2017年は渡辺明が1位。
  8. ^ これ以降も名人や竜王のタイトルを失冠して無冠になった後に段位を称する棋士が続いた事情もあり、2020年に前竜王と前名人の称号が廃止された。
  9. ^ 三浦弘行が藤井システムの対策として考案
  10. ^ 2年後に森内俊之、5年後には深浦康市も‘達成’している。
  11. ^ 2019年5月24日時点において、公式戦で谷川が羽生に勝利した対局は、このプレーオフが最後となっており、この後、谷川は羽生に公式戦16連敗をしている。
  12. ^ 歴代1位は大山康晴で、2位は升田幸三。詳細は将棋棋士の在籍クラス を参照。
  13. ^ 2012年8月17日に羽生善治が史上最速の1200勝を41歳10か月・四段昇段後26年8か月で達成している。
  14. ^ 1300勝は、谷川より先に羽生善治が2014年11月20日に41歳10か月・四段昇段後28年11か月で達成しており、また、1400勝も羽生が2018年4月12日に47歳6か月・四段昇段後32年3か月で達成している。
  15. ^ 十段リーグ内の順位は加藤の方が上位だった。
  16. ^ たとえば、朝日杯将棋オープン戦の前身の前身は全日本プロ将棋トーナメント。タイトル戦では竜王戦の前身は十段戦

出典

  1. ^ 新棋士会発足について|将棋ニュース|日本将棋連盟
  2. ^ 「棋士会」役員変更のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟
  3. ^ a b 光より速く(第2回柏将棋フェスティバル)
  4. ^ 日本経済新聞 1997年10月14日夕刊”. 2012年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月27日閲覧。
  5. ^ 中平邦彦『名人谷川浩司』(池田書店)91頁
  6. ^ a b c d ホリデーインタビュー “負けず嫌い”を貫く〜プロ棋士・谷川浩司〜”. gooテレビ番組(関東版). goo. 2015年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月27日閲覧。
  7. ^ グランドチャンピオン2回・読売日本一・アマ王将3回・ 朝日アマ挑戦者 ・レーティングチャンピオン2回・学生王将・よい子名人中学生の部優勝リコー将棋部員 プロフィール
  8. ^ a b 谷川俊明さんインタビュー - マイナビ将棋情報局・2016年5月16日
  9. ^ 「週刊将棋」1988年12月28日号
  10. ^ a b c d e 別冊宝島380『将棋王手飛車読本』谷川浩司著『中学生棋士』
  11. ^ 『第四十二期将棋名人戦全記録』(毎日新聞社
  12. ^ 「米長邦雄の本」(日本将棋連盟)。
  13. ^ 将棋世界」(日本将棋連盟)2000年1月号付録
  14. ^ 将棋マガジン』(日本将棋連盟)1996年3月号「米長邦雄のタイトル戦教室」
  15. ^ 日本将棋連盟書籍編『谷川vs羽生100番勝負-最高峰の激闘譜!』日本将棋連盟、2000年。ISBN 978-4819702102
  16. ^ a b 将棋マガジン』(日本将棋連盟)1996年4月号「同時進行ドキュメント」
  17. ^ 「7七の地点が光って見えた」谷川浩司九段が語る、2100局以上の公式戦史上最高の一手とは?|将棋コラム|日本将棋連盟” (日本語). www.shogi.or.jp. 2019年4月12日閲覧。
  18. ^ 2009年11月28日放送の「囲碁・将棋ジャーナル
  19. ^ 谷川浩司JT覇者が東京都・大阪市に盤駒寄贈|将棋ニュース|日本将棋連盟
  20. ^ 谷川浩司九段が1200勝を達成!|将棋ニュース|日本将棋連盟
  21. ^ 谷川浩司九段、A級陥落…連続在籍32期”. 読売新聞社. 2014年1月11日閲覧。
  22. ^ 谷川九段 初のA級陥落 十七世名人、将棋連盟会長”. 産経新聞社. 2014年1月11日閲覧。
  23. ^ 谷川浩司九段、通算1300勝を達成!”. 日本将棋連盟 (2018年10月1日). 2018年11月21日閲覧。
  24. ^ 谷川浩司九段、通算1309勝で単独4位 将棋”. 産経新聞社 (2019年2月8日). 2019年2月15日閲覧。
  25. ^ 谷川浩司九段が歴代単独3位の1325勝”. 産経新聞社 (2019年9月13日). 2019年9月13日閲覧。
  26. ^ 『日本将棋用語事典』p.71 斜体部は当該ページより引用。ママ。
  27. ^ 第35回将棋の日 次の一手名人戦の解説において
  28. ^ NIKKEI NET 将棋王国
  29. ^ 将棋世界1972年6月号
  30. ^ 日本経済新聞2001年12月25日夕刊
  31. ^ 『集中力』谷川浩司著(角川書店)
  32. ^ 藤井二冠 憧れの谷川九段を破り順位戦4連勝…谷川九段は先に入室し下座に(デイリースポーツ) 2020年9月9日
  33. ^ 「渡辺明五段に聞く 3年目で開眼、「プロらしい将棋」に」日経ネット 2003年6月23日
  34. ^ Suma Cafe ~すまカフェ(vol.22)神戸市須磨区
  35. ^ 中外日報 平成7年1月21日付
  36. ^ 光速ノート 1472008年10月3日
  37. ^ 定期刊行物:大乗(本願寺出版社)
  38. ^ 『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)2008年6月30日号「5年目岡田野球の変貌」
  39. ^ 阪神・今岡選手に二段免状贈呈!(関西将棋会館)
  40. ^ ヤクルト古田捕手に参段免状贈呈(NIKKEI NET 将棋王国)
  41. ^ 『心を読み、かけひきに勝つ思考法』(PHP研究所)および『「勝負脳」を鍛える』(PHP研究所)
  42. ^ 平成9年フォトニュース(神戸市)
  43. ^ 「誉」賞・スポーツ優秀選手特別賞(兵庫県)
  44. ^ 神戸大使(神戸市)
  45. ^ 谷川浩司九段が「兵庫県文化賞」を受賞|将棋ニュース|日本将棋連盟
  46. ^ 日本将棋連盟新役員のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟
  47. ^ 日本将棋連盟、新会長に谷川専務理事を選出 朝日新聞 2012年12月25日閲覧
  48. ^ 谷川浩司専務理事、新会長に|将棋ニュース|日本将棋連盟
  49. ^ 日本将棋連盟新役員のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟
  50. ^ 日本将棋連盟新役員のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟
  51. ^ シンクロ(所在地:東京都品川区、代表取締役社長:西井敏恭)
  52. ^ 将棋ニュース(2016年07月19日)
  53. ^ エキサイトニュース 「加藤一二三が「Kato, one hundred twenty-three」将棋連盟公式サイト」(2016年09月14日)など)
  54. ^ [Twitter@hirokazuueno(2016.9.16)][Twitter@YoshiyukiKubota(2016.9.26)]など)
  55. ^ 「公式Webサイトに関するお詫びとお知らせ」(2016年09月27日 20:06)
  56. ^ 第29期竜王戦七番勝負挑戦者の変更について”. 日本将棋連盟 (2016年10月12日). 2016年10月12日閲覧。
  57. ^ ソフト使用疑惑「不正の証拠ない」 第三者委”. 毎日新聞 (2016年12月26日). 2016年12月26日閲覧。
  58. ^ 日本将棋連盟web(将棋ニュース「第三者委員会調査結果を受けて」2016年12月27日 18:55)
  59. ^ 朝日新聞DIGITALニュース「離席発言「真偽の調査を怠った」 将棋連盟の説明詳細」(2016年12月28日2時4分)
  60. ^ 会長の辞任に関するお知らせ”. 日本将棋連盟 (2017年1月18日). 2017年1月18日閲覧。
  61. ^ 棋士、それぞれの海外旅行 - 将棋ペンクラブログ・2013年1月17日
  62. ^ 第32回近鉄将棋まつり
  63. ^ 谷川浩司九段が紫綬褒章を受章|将棋ニュース|日本将棋連盟
  64. ^ 第34回将棋大賞決まる!|将棋ニュース|日本将棋連盟





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