二見敬三とは? わかりやすく解説

二見敬三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/09 08:39 UTC 版)

 二見敬三 七段
名前 二見敬三
生年月日 (1932-02-20) 1932年2月20日
没年月日 (1980-08-02) 1980年8月2日(48歳没)
プロ入り年月日 1948年(15歳または16歳)
棋士番号 51
出身地 大阪府
所属 日本将棋連盟(関西)
師匠 木見金治郎九段
段位 七段
棋士DB 二見敬三
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
順位戦最高クラス B級2組
2017年8月23日現在
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二見 敬三(ふたみ けいぞう、1932年2月20日 - 1980年8月2日)は、将棋棋士、七段。木見金治郎九段門下。棋士番号は51。大阪府の生まれ。

棋歴

戦時中、木見の弟子となり、1948年に若くしてプロとなる。記録が残っておらず四段昇段日が確定していないため、日本将棋連盟は年少での四段昇段記録の列に二見を加えていない[1]

第5期順位戦C級乙組(C級2組、1950年度)で1位となり次期C級1組に昇級。これにより、飛び昇段で六段となる[2]

第6期順位戦C級1組(1951年度)は、成績順に次期のB級をB級1組と2組に二分する影響で、C級1組1位は次期B級1組に昇級、C級1組2位および3位は次期B級2組に昇級となるところ、二見はC級1組3位となりB級2組へ昇級[3]

1960年、第4回古豪新鋭戦で優勝[4]

他の棋戦と比べると、二見は順位戦との相性が悪く、1970年度、6月から年度末まで休場(第25期順位戦は0勝12敗、うち不戦敗11、1つ目の降級点)[5]。休場明けの翌第26期順位戦1971年度)を4勝4敗の五分の成績とする[6]第28期順位戦は年度休場とし[7]、休場明けの第29期順位戦は1勝9敗で2つ目の降級点[8]第30期順位戦C級2組で3つめの降級点を喫し順位戦から陥落となった[9]

名人戦・順位戦が1年間の中断[注釈 1]から再開となる1977年度から長期休場。

1980年、肝硬変により現役七段のまま48歳で死去[10][11]

棋風

ほぼ居飛車党であり、時折、定跡にとらわれない力戦調の将棋が見られる。

攻めの棋風で、攻めが筋に入ると強い。しかし、攻め切れずに受けに回ると脆く、また、相手の大駒を攻めている間に自分の玉を攻められてしまうパターンもある。

昇段履歴

  • 1944年00月00日 : 入門
  • 1948年00月00日 : 四段 = プロ入り(四段昇段日 未確定)
  • 1951年04月01日 : 六段(飛び昇段、順位戦C級1組昇級)[2]
  • 1974年11月03日 : 七段(贈七段 = 「表彰感謝の日」表彰)[12]
  • 1980年08月02日 : 現役死去(享年48)[13]

主な成績

棋戦優勝

在籍クラス

順位戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[14]
名人 A級 B級 C級 0
1組 2組 1組 2組
1949 4 C2 西組3-3
1950 5 C2 8-4
1951 6 C115 9-3
1952 7 B209 5-6
1953 8 B207 2-9
1954 9 C101 6-5
1955 10 C107 7-6
1956 11 C105 5-6
1957 12 C105 7-5
1958 13 C104 7-5
1959 14 C102 3-6
1960 15 C106 6-4
1961 16 C103 7-4
1962 17 C101 5-6
1963 18 C105 6-5
1964 19 C106 4-8
1965 20 C109 4-6
1966 21 C109 7-5
1967 22 C104 7-5
1968 23 C105x 2-10
1969 24 C117*x 2-10
1970 25 C202x 0-12
1971 26 C217* 4-4
1972 27 C211* 6-4
1973 28 C206* (休場)
1974 29 C2張17*x 1-9
1975 30 C219**x 1-9
第31-35期は回次省略/第30期の次期は第36期
1976 36 順位戦陥落/休場
1978 37 順位戦陥落/休場
1979 38 順位戦陥落/休場
1980 39 順位戦陥落/休場
1980年8月2日 現役死去
順位戦の 枠表記 は挑戦者。
右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位
( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )

脚注

注釈

  1. ^ 順位戦の主催社が朝日新聞社から毎日新聞社に移行した関係で中断。

出典

  1. ^ 新四段誕生のお知らせ *藤井聡太(史上最年少四段)・大橋貴洸」『日本将棋連盟』2016年9月3日。オリジナルの2017年3月12日時点におけるアーカイブ。2018年4月11日閲覧。
  2. ^ a b 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、187頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  3. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、211頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  4. ^ a b 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、759頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  5. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、594頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  6. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、613頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  7. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、594頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  8. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、676頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  9. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、699頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  10. ^ 平成21~30年 将棋年鑑棋士名鑑10年分』527頁。 - google books
  11. ^ 平成21~30年 将棋年鑑棋士名鑑10年分』527頁。 - google books
  12. ^ 山本武雄『将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年、663頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  13. ^ 写真でつづる将棋昭和史』毎日コミュニケーションズ、1987年、248頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション収蔵
  14. ^ 名人戦・順位戦」『日本将棋連盟』。

関連項目

外部リンク





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