木村義徳とは? わかりやすく解説

木村義徳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/20 13:37 UTC 版)

木村 義徳(きむら よしのり、1935年昭和10年)5月2日 - 2021年(令和3年)6月29日[2])は、将棋棋士東京府(現:東京都)出身。加藤治郎名誉九段門下。棋士番号82。父は木村義雄十四世名人


  1. ^ a b 女流3級時代の田中は木村門下で、木村の没後に研修会からLPSAでプロ入りしてからは大野八一雄が師匠。
  2. ^ a b c 訃報 木村義徳九段|将棋ニュース|日本将棋連盟
  3. ^ 現行の三段リーグ編入制度に基づくものではない。
  4. ^ 『ボクは陽気な負け犬』(ベストセラーズ)裏表紙
  5. ^ 土佐は当時十段戦で難関の予選を通過しリーグ入りするなど有望視されていた若手であった。
  6. ^ この経験を著書『弱いのが強いのに勝つ法』にまとめている。同書によると、それまで木村が得意としていた振飛車戦法は、必然的に長期戦となるため(大山康晴のような)「強者」が勝つための戦法だという。「弱者」が「強者」に勝つには、短期決戦となるべく急戦を仕掛けるべきだとし、実際この「連続昇級」の際には振飛車党から居飛車党に棋風を改造したという。
  7. ^ 清水康二「「庶民の遊戯である将棋」考
  8. ^ a b 『株は大局観 元手を100倍にする読みと定跡』より
  9. ^ 東公平『近代将棋のあけぼの』(河出書房新社)P.195


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