皇室 構成

皇室

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 16:15 UTC 版)

構成

新天皇即位を祝う一般参賀に姿を見せる皇室の構成員たち。ただし、上皇明仁上皇后美智子は出席していない。
2019年(令和元年)5月4日、宮殿東庭から長和殿を撮影。

2022年(令和4年)1月1日現在の皇室の構成員は、以下の17名(天皇1名、上皇1名、皇族15名)である。

内廷

天皇及び皇后、敬宮愛子内親王皇居内に常時の住居である御所を構える。上皇明仁及び上皇后美智子は赤坂御用地内の「仙洞御所」を住居としている。

宮内庁には、内部部局である「侍従職」が天皇及び皇后とその未婚の子女に関する事務を扱う機関として、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に基づいて「上皇職」が上皇及び上皇后に関する事務を扱う機関として、「皇嗣職」が皇嗣とその家族に関する事務を扱う機関として、それぞれ設置される。

天皇・皇后及び皇子女

構成員3名。

身位 御名 読み 御称号 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から
見た続柄
摂政
就任順位
天皇
(第126代天皇)
徳仁 なるひと ひろのみや
浩宮
陛下 男性 1960年昭和35年)
2月23日
62歳 本人/
上皇第一皇男子
(二男一女のうち第一子)
皇后
(第126代天皇后)
雅子 まさこ 陛下 女性 1963年(昭和38年)
12月9日
58歳 妻(配偶者)
旧姓:小和田(おわだ)
第3位
内親王 愛子 あいこ としのみや
敬宮
殿下 女性 2001年平成13年)
12月1日
20歳 第一皇女子
(一女のうち第一子)
第5位
出典[20]
上皇・上皇后

構成員2名。

身位 御名 読み 御称号 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から
見た続柄
摂政
就任順位
上皇[21]
(第125代天皇)
明仁 あきひと つぐのみや
継宮
陛下 男性 1933年(昭和8年)
12月23日
88歳 父帝/
昭和天皇第一皇男子
(二男五女のうち第五子)
上皇后[21]
(第125代天皇后)
美智子 みちこ 陛下 女性 1934年(昭和9年)
10月20日
87歳 母后
旧姓:正田(しょうだ)
第4位
出典[22]

宮家

宮家(みやけ)とは、日本において、宮号を賜った皇族の一家のことである。親王およびの家を指すこともある。現在、4つの宮家がある。

宮(みや)とは、元々、天皇および皇族の邸の事を指し、転じて住んでいる皇族のことを指すに至った。さらに、親王の身位とともに「○○宮」との称号(宮号)を世襲することが認められる例が生じ、これが「宮家」と呼ばれるものであり、個別には宮号に応じて「○○宮家」と呼ばれることがある。ただし、現行法上はいずれも法的な根拠を持つものではない。「○○宮」の称号は宮家の当主たる(あるいは生前当主であった)親王・王個人の称号であり、その家族は用いない。

宮家 読み 現当主 創設 創設者 現人数 備考
秋篠宮 あきしの 文仁親王 1990年(平成02年)06月29日 上皇(第125代天皇明仁)第二皇男子文仁親王 4人 直宮家
常陸宮 ひたち 正仁親王 1964年(昭和39年)09月30日 昭和天皇第二皇男子正仁親王 2人 直宮家
三笠宮 みかさ 崇仁親王妃百合子 1935年(昭和10年)12月02日 大正天皇第四皇男子崇仁親王 4人 直宮家
高円宮 たかまど 憲仁親王妃久子 1984年(昭和59年)12月06日 崇仁親王第三男子憲仁親王 2人

秋篠宮家

秋篠宮家(あきしののみやけ)は、上皇所生の直宮家、筆頭宮家。構成員4名。天皇の弟宮である当主の秋篠宮文仁親王は、皇嗣皇位継承順位1位)。皇室典範による皇位継承権たる皇族男子を2名以上有する宮家である。

2021年令和3年)に眞子内親王(小室眞子)が婚姻により皇籍を離脱した(皇室典範第12条による)。

宮邸は、東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内に所在。1997年平成9年)3月からは、旧秩父宮邸を使用している。

御名 読み 御称号 身位 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から
見た続柄
皇位
継承順位
摂政
就任順位
文仁
ふみひと あやのみや
礼宮
親王 殿下 男性 1965年(昭和40年)
11月30日
56歳 皇弟/
上皇第二皇男子
(二男一女のうち第二子)
第1位(皇嗣 第1位
紀子
きこ 親王妃
(秋篠宮妃)
殿下 女性 1966年(昭和41年)
9月11日
55歳 義妹
旧姓:川嶋(かわしま)
佳子 かこ 内親王 殿下 女性 1994年(平成6年)
12月29日
27歳 皇姪 /上皇皇孫
文仁親王第二女子
(一男二女のうち第二子)
第6位
悠仁 ひさひと 親王 殿下 男性 2006年(平成18年)
9月6日
15歳 皇甥 /上皇皇孫
文仁親王第一男子
(一男二女のうち第三子)
第2位
出典[23]

常陸宮家

常陸宮家(ひたちのみやけ)は、昭和天皇所生の直宮家、上皇の弟宮。構成員2名。

宮邸は、東京都渋谷区(旧・常磐松町)の常盤松御用邸。

御名 読み 御称号 身位 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から見た続柄 皇位
継承順位
摂政
就任順位
正仁 まさひと よしのみや
義宮
親王 殿下 男性 1935年(昭和10年)
11月28日
86歳 皇叔父 /
昭和天皇第二皇男子
(二男五女のうち第六子)
上皇の実弟
第3位 第2位
華子 はなこ 親王妃
(常陸宮妃)
殿下 女性 1940年(昭和15年)
7月19日
81歳 義叔母(上皇の義妹)
旧姓:津軽(つがる)
出典[24]

三笠宮家

三笠宮家(みかさのみやけ)は、大正天皇所生の直宮家、昭和天皇の弟宮。構成員4名。

当主であった崇仁親王は、すでに薨去し故人である。男子の宮家後継者が不在のため、妃の崇仁親王妃百合子が宮家の当主を務める。

寬仁親王妃信子及び彬子女王瑤子女王は、寬仁親王家として皇室経済法で宮家としての扱いを受けていたが、寛仁親王の薨去に伴い合流となった[25][26]

宮邸は、東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内の三笠宮・宮邸。

御名 読み 身位 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から見た続柄 摂政
就任順位
百合子 ゆりこ 親王妃(三笠宮妃) 殿下 女性 1923年大正12年)
6月4日
98歳 義大叔母(昭和天皇の義妹)
旧姓:高木(たかぎ)
信子 のぶこ 親王妃(寬仁親王妃) 殿下 女性 1955年(昭和30年)
4月9日
67歳 義従叔母(上皇の義従妹)
旧姓:麻生(あそう)
彬子 あきこ 女王 殿下 女性 1981年(昭和56年)
12月20日
40歳 皇再従妹/ 大正天皇皇曾孫
/寬仁親王第一王女子
(二女のうち第一子)
第7位
瑤子 ようこ 女王 殿下 女性 1983年(昭和58年)
10月25日
38歳 皇再従妹/ 大正天皇皇曾孫
/寬仁親王第二王女子
(二女のうち第二子)
第8位
出典[27]

高円宮家

高円宮家(たかまどのみやけ)は、崇仁親王第三男子(三男二女のうち第五子)の憲仁親王が創設した宮家。構成員2名。

憲仁親王は既に薨去した故人であり、男子の宮家後継者が不在のため、妃の憲仁親王妃久子が宮家の当主を務める。

2014年(平成26年)に典子女王(千家典子)、2018年(平成30年)に絢子女王(守谷絢子)が婚姻により皇籍を離脱した(いずれも皇室典範第12条による)。

宮邸は、東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内の高円宮・宮邸。

御名 読み 身位 敬称 性別 生年月日 現年齢 天皇から見た続柄 摂政
就任順位
久子 ひさこ 親王妃高円宮妃) 殿下 女性 1953年(昭和28年)
7月10日
68歳 義従叔母(上皇の義従妹)
旧姓:鳥取(とっとり)
承子 つぐこ 女王 殿下 女性 1986年(昭和61年)
3月8日
36歳 皇再従妹/ 大正天皇の皇曾孫
/憲仁親王第一王女子
(三女のうち第一子)
第9位
出典[28]

系図

[29]

太字が現在の構成員。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大正天皇
 
貞明皇后
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和天皇
 
香淳皇后
 
 
 
秩父宮
雍仁親王
 
雍仁親王妃
勢津子
 
 
 
 
高松宮
宣仁親王
 
宣仁親王妃
喜久子
 
 
 
三笠宮
崇仁親王
 
崇仁親王妃
百合子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上皇
明仁
 
上皇后
美智子
 
常陸宮
正仁親王
 
正仁親王妃
華子
 
五女[30]
 
寬仁親王
 
寛仁親王妃
信子
 
桂宮
宜仁親王
 
高円宮
憲仁親王
 
憲仁親王妃
久子
 
二女[31]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天皇
徳仁
 
皇后
雅子
 
皇嗣
秋篠宮
文仁親王
 
皇嗣妃
文仁親王妃
紀子
 
黒田清子
 
彬子女王
 
瑶子女王
 
 
 
 
承子女王
 
千家典子
 
守谷絢子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
敬宮愛子
内親王
 
小室眞子
 
佳子内親王
 
悠仁親王
 

現行皇室典範下で誕生した皇室の子女

誕生 年齢 性別 続柄 皇位継承順位 摂政就任順位 班位
1948年(昭和23年)02月11日 桂宮宜仁親王 (故人) 男子 三笠宮崇仁親王第2王男子(3男2女のうち第3子) - - -
1951年(昭和26年)10月23日 容子内親王(千容子) 70歳 女子 三笠宮崇仁親王第2王女子(3男2女のうち第4子) - - -
1954年(昭和29年)12月29日 高円宮憲仁親王 (故人) 男子 三笠宮崇仁親王第3王男子(3男2女のうち第5子) - - -
1960年(昭和35年)02月23日 徳仁 62歳 男子 上皇明仁第1皇男子(2男1女のうち第1子) (第126代天皇) - -
1965年(昭和40年)11月30日 秋篠宮文仁親王 56歳 男子 上皇明仁第2皇男子(2男1女のうち第2子) 第1位 第1位 第3位
1969年(昭和44年)04月18日 紀宮清子内親王(黒田清子) 53歳 女子 上皇明仁第1皇女子(2男1女のうち第3子) - - -
1981年(昭和56年)12月20日 彬子女王 40歳 女子 寬仁親王第1王女子(2女のうち第1子) - 第7位 第12位
1983年(昭和58年)10月25日 瑶子女王 38歳 女子 寬仁親王第2王女子(2女のうち第2子) - 第8位 第13位
1986年(昭和61年)03月08日 承子女王 36歳 女子 高円宮憲仁親王第1王女子(3女のうち第1子) - 第9位 第15位
1988年(昭和63年)07月22日 典子女王(千家典子) 33歳 女子 高円宮憲仁親王第2王女子(3女のうち第2子) - - -
1990年(平成02年)09月15日 絢子女王(守谷絢子) 31歳 女子 高円宮憲仁親王第3王女子(3女のうち第3子) - - -
1991年(平成03年)10月23日 眞子内親王(小室眞子) 30歳 女子 秋篠宮文仁親王第1王女子(1男2女のうち第1子) - - -
1994年(平成06年)12月29日 佳子内親王 27歳 女子 秋篠宮文仁親王第2王女子(1男2女のうち第2子) - 第6位 第7位
2001年(平成13年)12月01日 敬宮愛子内親王 20歳 女子 今上天皇第1皇女子(1女のうち第1子) - 第5位 第5位
2006年(平成18年)09月06日 悠仁親王 15歳 男子 秋篠宮文仁親王第1王男子(1男2女のうち第3子) 第2位 - 第6位

注釈

  1. ^ 延べ面積。
  2. ^ 兆域の重複を勘案。
  3. ^ 内閣紋章は七五桐。

出典

  1. ^ NHK特設サイト『平成から令和へ 新時代の幕開け』 「新しい皇室の姿」
  2. ^ 「上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例による。」(天皇の退位等に関する皇室典範特例法第3条第3項)
  3. ^ 岡田英弘「第五章 最初の王朝」(『倭国』中央公論社,1977, pp.147-183)、「神話が作った大和朝廷」(『日本史の誕生』筑摩書房,2008)pp.245-267。
  4. ^ 平凡社, “神武天皇”, 『百科事典マイペディア』, VOYAGE GROUP・朝日新聞社, https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87-82633#E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.E3.83.9E.E3.82.A4.E3.83.9A.E3.83.87.E3.82.A3.E3.82.A2 2018年3月6日閲覧。 
  5. ^ 国史大辞典吉川弘文館
  6. ^ 新田英治, “両統迭立”, 『日本大百科全書(ニッポニカ)』, VOYAGE GROUP・朝日新聞社, https://kotobank.jp/word/%E4%B8%A1%E7%B5%B1%E8%BF%AD%E7%AB%8B-150055#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29 2018年8月18日閲覧。 
  7. ^ VOYAGE GROUP朝日新聞社, “南北朝時代”, 『コトバンク』, VOYAGE GROUP・朝日新聞社, https://kotobank.jp/word/%E5%8D%97%E5%8C%97%E6%9C%9D%E6%99%82%E4%BB%A3-108982 2015年5月24日閲覧。 
  8. ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際大百科事典』14巻、ティビーエス・ブリタニカ、1993年、第2版改訂版、9頁。全国書誌番号:74006385
  9. ^ 芦部信喜『憲法』p86
  10. ^ 憲法(1) 第3版(有斐閣)野中俊彦 中村睦男 高橋和之 高見勝利 216頁 / 憲法 新版補訂版(岩波書店)芦部信喜 86頁 / 憲法学(2)人権総論(有斐閣)芦部信喜 106頁 115頁 / 憲法 第3版(弘文堂)伊藤正己 199頁 / 憲法 第3版(青林書院)佐藤幸治 415頁 / 体系・戸籍用語辞典(日本加除出版)114頁
  11. ^ “皇族の「人権」どこまで? 目につく「不自由さ」”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2020年1月20日). https://www.asahi.com/articles/ASN196K0KN19UPQJ00R.html 2020年12月7日閲覧。 
  12. ^ 倉山満 (2019年4月1日). “皇族に人権はない。当たり前の事実を、日本人は忘れてしまったのか?”. 日刊SPA! (扶桑社). https://nikkan-spa.jp/1562553 2019年5月4日閲覧。 
  13. ^ “Kさん 「皇室のしきたり」を破り記者は顔色を変えた”. NEWSポストセブン (小学館). (2018年8月10日). https://www.news-postseven.com/archives/20180810_737674.html?DETAIL 2020年12月7日閲覧。 
  14. ^ “佳子さまICU志望”で考えた 皇室とキリスト教はどんな関係? 〈週刊朝日〉”. AERA dot.. 朝日新聞出版 (2014年10月30日). 2019年5月5日閲覧。
  15. ^ 元「天皇の料理番」に聞いてみた!天皇陛下は普段のお食事で何を召し上がっているの?”. テレビドガッチ. プレゼントキャスト (2019年2月10日). 2020年12月7日閲覧。
  16. ^ 皇族のプライベート 私生活や食事はどうなっているのか?禁止事項や買い物・テレビについて”. 皇室の話題 (2015年3月5日). 2015年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月7日閲覧。
  17. ^ “皇族の買い物事情 百貨店の外商が主流、Amazonもご利用”. NEWSポストセブン (小学館). (2017年5月27日). https://www.news-postseven.com/archives/20170527_558842.html/2 2019年5月5日閲覧。 
  18. ^ 里見, pp. 499–501.
  19. ^ 里見, p. 501.
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  21. ^ a b 天皇の退位等に関する皇室典範特例法に基づく身位。
  22. ^ 上皇上皇后両陛下 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
  23. ^ 秋篠宮家 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
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  25. ^ “寛仁親王家廃止、5宮家に=1年前にさかのぼり-ご一家、三笠宮家でお世話・宮内庁”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年6月10日). オリジナルの2020年5月20日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/tHfDM 2013年6月10日閲覧。 
  26. ^ “寛仁親王家廃し三笠宮家に合流 逝去1年、当主決まらず”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2013年6月10日). オリジナルの2020年5月20日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/46Ae7 2013年6月10日閲覧。 
  27. ^ 三笠宮家 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
  28. ^ 高円宮家 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
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  30. ^ 東久邇成子(昭和天皇第1子、照宮成子内親王)、久宮祐子内親王(同第2子)、鷹司和子(同第3子、孝宮和子内親王)、池田厚子(同第4子、順宮厚子内親王)、島津貴子(同第7子/末子、清宮貴子内親王)
  31. ^ 近衞甯子(三笠宮崇仁親王第1子、やす子内親王)、千容子(同第4子、容子内親王)
  32. ^ 主要祭儀一覧 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
  33. ^ 山本淳, 小幡純子 & 橋本博之 2003, p. 23-24.
  34. ^ 予算 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
  35. ^ 『週刊ダイアモンド 2016 9/17 36号』 ダイヤモンド社
  36. ^ 皇室の経済”. 宮内庁 (2019年9月6日). 2019年9月15日閲覧。
  37. ^ 皇室用財産 - 宮内庁”. 宮内庁. 2021年12月24日閲覧。
  38. ^ 陵墓地形図集成 縮小版 & 2014年, pp. 5–6.
  39. ^ a b c d 吉田孝 『日本の誕生』 岩波書店<岩波新書>、1997、ISBN 4004305101
  40. ^ 吉村武彦 「倭の五王の時代」 『古代史の基礎知識』 角川書店<角川選書>、2005、ISBN 4047033731
  41. ^ 熊谷公男 『日本の歴史03 大王から天皇へ』 講談社 2001年 ISBN 4-06-268903-0 p.237.
  42. ^ 岸俊男 『日本の古代6 王権をめぐる戦い』 中央公論社 1986年 ISBN 4-12-402539-4 p.53.
  43. ^ 『新視点 日本の歴史2 古代編Ⅰ』 p.314.
  44. ^ 同『日本の歴史03 大王から天皇へ』 p.237.
  45. ^ 森田悌 『推古朝と聖徳太子』 岩田書院 2005年 ISBN 4-87294-391-0 p.145.
  46. ^ 同『推古朝と聖徳太子』 p.145.
  47. ^ 同『推古朝と聖徳太子』 p.146.
  48. ^ 王仲殊 西嶋定生監訳 桐本東太訳 『中国からみた古代日本』 学生社 1992年 ISBN 4-311-20181-8 p.145.
  49. ^ 皇室会議議員名簿 - 宮内庁”. 宮内庁. 2019年5月3日閲覧。
  50. ^ a b 警察法 第29条
  51. ^ 皇宮警察本部
  52. ^ 皇宮警察本部とは
  53. ^ 平成25年警察白書 P201「皇宮警察本部の活動」





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